第11話
首相官邸から黒のリムジンの後部座席に滑り込む。車はすぐ発車する。
今日の閣議は予定より長引いた。
行政改革大臣兼副総理の増山大樹は車内冷蔵庫から栄養ドリンクを取り出し、一気に飲む。
若い頃と違い、四十代半ばになってから疲れやすくなった。疲れたときは栄養ドリンクを飲むのが最近のくせになっていた。
「今日はどちらへ行きますか」
運転手が言う。
「いつものように世田谷の四神会本部に行ってくれ」
増山が言う。
「かしこまりました」
四神会との付き合いはかれこれ10年近くになるだろうか。
増山は窓の景色を眺めながら吐息をつく。
あのころ、まだ国会議員に当選したばかりだっただろうか。
大阪の児童売春専門の風俗店があるとき警察に摘発された。その店は四神会傘下だったが、店長より上の人間、つまり株主はおとがめなしだった。
ところがそれからしばらくして四神会のヤクザが顧客リストを持って、脅迫しにやってきた。
実は増山は常連客ではなかったが、数回、後援会の幹部たちとつき合いでその店で遊んだことがあった。このとき写真や動画が隠し撮りされていた。
政治家が児童売春の店に行ったことが表沙汰になったら、政治生命が終わってしまう。ヤクザたちからそう脅された。
彼らは金は要求してこなかったが、そのかわり政治に口を出してきた。
四神会傘下の企業の多くは合法非合法のグレーゾーンで商売していることが多く、政治家の力でそのへんを助力することを要請してきた。
規制や法案には微妙に抜け道を作り、彼らに有利な仕様にするのが政治家、増山の仕事になった。
鳳会長の話では南野首相は東京ビッグサイトの展示会場で暗殺されるから、その後、臨時で副総理の自分が首相になると聞いていた。
ところが南野首相は生きている。
どんな番狂わせがあったのかわからないが、四神会本部に行くのはいつになく気が重い。
「社長、できました」
曽根宮隆英が言う。三崎より少し若い青年だ。
三崎昇は曽根宮のデスクに近づき、ディスプレイを覗き込む。
ヤエガシ・システムズ社のオフィスは八重樫ビル4階。エイトナインスリー社の向かい側にあった。
PCが置かれたデスクが並び、十数名の社員が作業している。
曽根崎はオーサリングソフトの動画再生ボタンをマウスでクリックする。
ディスプレイには東京ビッグサイトの東展示場がうつり、南野首相が演台から祝辞を述べている。
すると銃声が響く。首相は驚いた表情で直立不動。
数人の警官が、近くにいた祭容疑者を左右両側から取り押さえ、手にしていた銃を取り上げる。
警官は容疑者の両手を後ろに回し、手錠をはめる。
「よくできてるな」
三崎が言う。
「全部AIが作ったCG動画です。音声もAIが作りました」
と曽根宮。
「データのフォーマットはどうなってる」
「はい、MPRG2です。テレビ局にこのまま渡してもすぐ放送できます。
DVDで渡しましょうか。ネットで送った方がいいですか」
「ちょっと待ってくれ」
三崎はそう言って帰っていく。
曽根宮はほくそ笑む。
この会社に入ったばかりだが、自分より技術が高いプログラマーはいないようだな。
だとしたら自分のミッションもやりやすい。尊師に報告しよう。
曽根宮のネクタイピンに朱雀真宗のロゴが光っている。
「若頭、こちらです」
三崎の声が聞こえる。
「若頭はやめて。ヤエガシ・システムズではわたしの肩書は会長よ」
八重樫祥子がやって来る。
曽根宮はもう一度、動画ソフトを再生し、祥子に動画を見せる。
増山が応接室に入って来たのは予定より、30分後だった。
「申し訳ございません。閣議が長引いたもので」
「気にしなさんな」
鳳正太郎が言う。
「増山先生は公務を優先された方がいいでしょう」
筧の音が聞こえる。応接室は洋間だが窓の外に日本庭園がある。
四神会本部は鳳太郎の邸宅だった。
ソファーに座っているのは四人。
鳳正太郎、増山大樹の他、玄武和義と前川吾郎がいた。
前川は大手広告代理店ライジングストリート社の社長だった。
増山は前川とは初対面だった。貧乏ゆすりするこの男は増山は生理的に好きになれなかった。
「ところで増山先生」
玄武が口を切る。
「南野首相は生きてるんですか?」
「ええ、閣議に出席してました」
と増山。
「なにか変わったことはありませんでしたか」
「少し、以前より若返った感じもしますが」
「やはり影武者じゃないでしょうか。本物はわれわれが殺したはずです。偽物がなりすましてるんです」
「どうでしょう。偽物でしたら、難しい政治の話はできないと思いますが、閣議ではいつもと遜色なく答弁してました」
「実は、八重樫組に工作員を潜り込ませておきました。おそらくマルボウの下請けで八重樫組がわれわれの邪魔をしてるようです」
玄武は説明を始めた。
八重樫組の実質的な本部は歌舞伎町の八重樫ビルだがそこに加藤外科というクリニックが入っている。
最近、美容整形の依頼がクリニックに相次いでいるが、特に八重樫組傘下の熟女専ソープランドのソープ嬢がここで美容整形している。彼女はもともと南野首相に顔も体形も似ていた。
彼女が首相に似た顔に整形し、今現在、本物になりすましているかもしれない。
工作員は玄武にそう報告しているとのこと。
「じゃが」
鳳はそこで玄武の説明をさえぎるように口を切る。
「ビッグサイトで殺されたのが影武者の方で、本物の方は生きているとしたらどうじゃ。
閣議が滞りなく行われたことなど、本物の首相が存命かもしれぬ」
「その件ですが」
前川が口をはさむ。
「最近、うちによく総務大臣や官房長官から電話が来るんです。
南野首相が存命であることがわかる動画や写真をマスコミに流せという感じの命令です。
さからったら事業者免許を取り上げるとまで言いませんが、それくらいの圧をかけた物言いです。
玄武さんのご指示通り、祭容疑者はテレビや新聞で取り上げてもらえましたが」
前川が経営する株式会社ライジングストリートは市場シェア80%の大手広告代理店で、日本のマスコミを実効支配していた。
大手新聞や地上波テレビの内容について同社が規制を加えたり、特定の偏向報道を推進させたりすることができた。
このため、四神会は世論操作の目的で同社をよく利用した。やり方は簡単だ。四神会傘下の企業に同社経由で広告を大量発注させればいい。
「では政府が積極的にフェイクニュースを流しているということか」
正太郎が言う。
「その点からも」
増山が口をはさむ。
「殺されたのはソープ嬢の方で本物の首相は生きていると考えるべきです。
情報操作の陣頭指揮を執っているのは首相です。官房長官も総務大臣も彼女にしたがっているだけです。
この他、首相は最近よく警視総監と面談してます。この男がなんらかのブレーンになっているかもしれません」
「しかしですよ、増山先生」
玄武が長々と持論を述べ始め、増山に反論する。
増山はときどき腕時計を見ながら、早くこの場を立ち去りたいと考える。
(つづく)




