ep.08:ノエル見守り隊発足
────僧侶、ノエル。
ノエルは所謂“忌み子”であった。
生まれた時から、左右で目の色が違ったのである。
更に、両親とも綺麗な金髪なのに対してノエルは不自然なまでに明るい青髪。
変化を嫌う保守的な田舎の農村で生まれたノエルに未来はなく、生まれてすぐに殺される運命にあった。
しかし、ノエルの死に、異議を唱える者がいた。
それは外でもなく、村長である。
村長は、見たこともない容姿だからと忌み子を殺して、祟りなんぞに遭っては堪らん。
と声高に叫び、せめて孤児として教会に預けようと言ったのである。
村人たちもその意見に概ね賛成の意思を示し、ノエルは生まれて僅か数日で教会の前に捨てられた。
教会としても、青毛だけならまだしも、目の色が違う子を初めて見たこともあり腫物を扱うようにノエルに接し、その存在は秘匿され続けた────
( ……ノエルが八歳になる年に、魔力や才能に応じた職業を神から啓示を受ける“選定の儀”で、ノエルは初めて自身に聖魔法が使えることを知り、僧侶になるのよね )
私は筆のお尻の部分を顎に刺すようにして視線を斜め上へと持ち上げる。
これ、一般的な女子高生がやるならまだしも、終末系ゾンビがやって良い仕草ではないな、と気付いてすぐにやめたから褒めて欲しい。
「魔王様、こちらの報告書にもサインを……
それと、龍人族からの感謝状の確認を。
それから────……」
先日のレイヴンからの報告内容をぼんやりと思い出していた私に、畳みかけるルシファー。
有能。ぐう有能ではあるんだけどね。
そんないっぺんに指示しないで欲しい。
持っているスキル《思考》のおかげで、指示された内容全て覚えられるし、処理できるんだけどね?
心は花の女子高生。
一気にいろんなこと言われると、「イーッ」ってなるのよ。
わかる???
はぁ、と無意識にため息を零すとルシファーが申し訳なさそうに眉尻を下げる。
「ただいま、紅茶をお持ちいたしますね」
そう言うと、ルシファーは執務室から出て行った。
気遣いもできるとか完璧すぎでは?
でも、逆に気遣わせてしまったことを申し訳なく思ってしまうから、女子高生の心は複雑である。
「────魔王様」
「うお、びっくりした。
レイヴン?」
さっきまで女子高生の複雑な乙女心を語っていたとは思えない程、ひっくい声で驚く私に、自分でがっかりするわ。
影からするり、気配なく出てきたレイヴンは神妙な面持ちである。
「例の少年────ノエルについてですが」
「お、最重要事項だね。何か進展が?」
「は。やはり生まれた村では忌み子として蔑まれており、教会へと送られたそうです。
現在、送られた先の教会を調査中でして────……」
レイヴンからの報告を受け、怒りが中からにじみ出る。
「っ、ま、魔王様……っ」
ドンッ、と何かが爆発するような音に加え、視界が赤く光った。
レイヴンは苦し気に表情を歪め、何事かとルシファーが慌てた様子で執務室へと飛び込んでくる。
「魔王様っ、……ち、力を……っ
抑えてくださいっ」
ルシファーさえ苦しそうにする姿に、ハッと我に返った。
すると目の前を赤く染めていた光はシュンッ、と音を立てて消え去り、溢れんばかりの怒りも少し落ち着く。
「ご、ごめん。
レイヴン、大丈夫?」
慌てて傍に倒れたレイヴンへ駆け寄る。
どうやら気を失っているだけで、大きな怪我などはない。
ひとまず、レイヴンを執務室のソファへと運んだ。
( 今のって…… )
私はステータスを開いて確認する。
すると、スキルの項目に《魔王覇気》が増えていた。
恐らく今一瞬で怒りのボルテージが爆上がりして、無意識に発動してしまったのであろう。
「ルシファー、あなたは大丈夫?」
「はい、私は直接浴びたわけではないので……。
レイヴンは近距離で魔王様の覇気を浴びてしまいましたが、
魔王様直属となり上位種へと進化したため、暫くすれば目が覚めると思います。
進化前の下位種族でしたら恐らく、姿形もなく消し飛んでいたでしょう」
え、レイヴンって進化したの?
ってことは何、ルシファーもモルガントも進化してるってこと?
……というか、魔王覇気こっわ。
なんかこう、覇気ってオーラが可視化できる程度の認識だったけど、浴びると消し飛んじゃうの?
( ……ああ、でもそうか )
前作のゲームでは七つの大罪の内「傲慢」の名を冠する魔王がラスボスだった。
魔王の使う「魔王覇気」という技は広範囲技で、離れているパーティメンバーにも均等にダメージが入る厄介な技だったことを思い出す。
( 聖なる結界を展開してメンバー全員にバフをかけておかないと、ダメージがえぐかったの覚えてるわ )
「恐らく、魔王様は”憤怒”をつかさどる王……。
怒りの感情が引き金となって、魔王覇気のスキルを会得したものと思われます」
騒ぎを聞きつけ、執務室に来ていたモルガントがそう説明し、納得がいった。
ノエルの生い立ちはファンブックに《オッドアイが原因で両親から捨てられ、教会で育つ》程度にしか記載されていなかったけれど、現実で彼の生い立ちを目の当たりにするとこんなにも腹立たしいのか、と改めて自分の腹の内で燻る怒りに気付かされる。
「今すっごい腹立ってるもん。
ノエルに狼藉を働いた者は全員淘汰してやりたい」
「それが魔王様の願いであれば、我らはいつでも動きます」
ルシファーから返って来た過激発言に、逆に思考が冷静になっていく。
今、私は曲がりなりにも魔王という立ち位置で、私の一言で人間にも、配下の魔物にも犠牲が出てしまう。
しかもカリスマ補正が発動していることもあり、私の一言がとんでもない方向に誤解されることもあるだろう。
軽く口にして良い言葉ではないのだ、と自分を戒めるように唇を噛む。
「────冗談よ。でも、そうね……
ノエルを見守る部隊は作りたい。
何なら隊長になりたいまである」
「部隊、ですか」
「────……それならば、私にお任せいただけませんか」
「レイヴン……!大丈夫なの?」
会話に入って来たのは、まだしんどそうな様子が伺えるレイヴンだった。
上体を起こして辛そうに表情を歪める彼に「大丈夫?」は愚問だったかもしれない。
「はい、情けない姿を晒してしまい、申し訳ありません。
例の少年を見守る部隊ですが……、
私にお任せいただけませんか」
レイヴンは吸血族。
影の中に潜み、蝙蝠への擬態、憑依も可能。
確かに、こっそり人間界を観察するくらいなら、かなり適材な能力を持っている。
「レイヴンが良いなら、勿論任せるけど」
私の言葉に、レイヴンは表情を輝かせる。
「ほ、本当ですか!
では早速人員を纏めてきます!」
レイヴンはそう言うと、まだ動くのは辛い筈なのに、すぐに影へと潜り消えた。
「大丈夫かな……」
レイヴンの容態を心配する私に、ルシファーが微笑みかける。
「大丈夫ですよ、何せ魔王様直々に命を受けたのです。
大丈夫でなければ、私が屠ります」
お、おおう……
ルシファーってば、見た目は天使みたいなのに言葉選びが悪魔的過ぎるから、ちょっと心臓に悪いんだよね。
そして、そんな簡単に仲間を屠るとか言わないでもらいたい……。
それから数刻後、レイヴンが五人の吸血族を連れて戻るまで、私はルシファーの持ってくる書類の山に埋もれることになるのであった。
────ピロン。
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【STATUS】 名前:ダリオン・ラス
種族:悪魔族
ランク:魔王(憤怒)
レベル:8
体力:40
魔力:20
信仰値:上昇中(上限突破)
役職:ノエルを見守り隊隊長 ⇦ new
スキル: 《カリスマ補正》《鑑定》《再生》《魔力増幅》《筋力増強》《不眠》《思考》《調合》《労働管理》《魔王覇気》⇦ new
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