ep.06:右腕だけじゃ足りなくて
説明が長くなる説明回になってしまいました…。
「うーん、この個体はセラミドの配分が多いのか」
私は今、色とりどりの試験管に囲まれながらスライムを討伐して得た粘液を確認していた。
その量、報告書が正しければ七百リットル以上……。
スライムの個体はヒアルロン酸、セラミド、トラネキサム酸、ビタミンC誘導体と、美容液に含まれる成分で構成されていることが分かったのだが、個体によりその配分は異なる。
ヒアルロン酸が殆どを占める個体もいれば、セラミドが多い個体もいる。
それぞれの素材から、成分全てを分けて抽出するという地獄のような作業に追われていた。
しかし、魔王生活が一週間ともなれば、この世界の様々なシステムも色々と理解してくる。
どうやら、配下の魔物が得た経験値は自動的に系譜の頂点である魔王にも入ってくるらしく、スライムの討伐は私自らではなく、魔法が使える魔物で編成した部隊を沼地に派遣し、討伐と粘液の採取を命じた。
お陰で研究に没頭しながらも経験値を得ることができるという、自動吸収システムが完成したのである。
「────……魔王様、新たに百三十リットルの粘液が届きました。
討伐報告書と共にこちらに置いておきますね」
そこに入ってきたのは、ルシファーであった。
「ありがとう、ルシファー。
なんだか顔色が良くなったみたいで、安心した」
「そうでしょうか」
「バアルとちゃんと仕事できているみたいだね」
自覚症状がないのか、ルシファーはきょとんとして見せる。
そんなルシファーだが、数日前までは酷い顔色をしていたのだ。
本人には自覚症状がなかったようで、
「────ちょっと、ルシファー。
ちゃんと寝てるの?」
そう心配で声をかけてしまうほどに。
完全に流れではあったがルシファーを自身の秘書的ポジションにつけてしまったのだが、このルシファーがかなり有能で、一言うだけで十理解してくれるタイプだった。
そんなルシファーに頼り切った結果、彼への負担は日々大きくなっていく。
「ええ、二十八時間前に一時間ほど仮眠致しました」
「え、一日って二十四時間なの知ってる?」
「ええ、存じておりますよ」
何処か得意気に言うルシファーに、心配さは増す。
「こんだけあれこれ頼んでいる私が言うのも何だけど……
ちゃんと休んでね」
「いえ、魔王様がお休みになられないのに、私が休むわけにはいきません!
魔王様の“右腕”ですので!」
キラッキラの顔で言いやがるじゃん。
しかし、ルシファーの一言で自身が休息らしい休息をとっていないことを思い出した。
( この体、疲れないんだよねぇ )
ふと思い立ち、ステータスを開く。
どうやらこのステータス画面の内容は自分にしか見えないらしいが、ステータスを確認すること自体は誰もができるようで、ステータスをこまめに確認していても何も不思議には思われない。
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【STATUS】
名前:ダリオン・ラス
種族:悪魔族上位種
ランク:魔王(憤怒)
レベル:7
体力:35 魔力:20
信仰値:上昇中(上限突破)
スキル:
カリスマ補正/未来予知
鑑定/再生/魔力増幅/筋力増強/不眠
思考/調合/労務管理
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なんだか意図せず取得したスキルもありそうだけれど、ひとまずレベル上げもスキルの取得も順調である。
スキルはそのスキル名をタッチすると個別に詳細を見ることが出来た。
例えば《再生》をタッチすると、《 小さな怪我の即時治癒が可能。身体の欠損等は治らない》と言った具合に出るのである。
( それにしても、私って悪魔族だったんだなぁ )
恐らく一般的な悪魔族より上位種ではあるのだろうが、ルシファーが自分を崇拝する理由は種族関係もあるのだと思う。
そして、自分が疲れない、というより正確に言うと、眠くならないのはスキルにある《不眠》の効果なのだろう。ステータスを確認しながら一人納得する。
「私には《不眠》のスキルがあるからね。
ルシファーは不眠のスキル持っていないなら、無理せず休んで欲しい」
「いえ、私以外に魔王様の右腕が務まる者がおりますか?
いないでしょう。ならばやはり私めが────」
「そうか、ルシファーみたいに私の補佐をしてくれる人を増やせば良いのか!」
なるほど、と手のひらを拳で叩いた音は、ぽんくす!くらいの音のつもりだったのに、落雷のような轟音だった。
「お、お待ちを!ま、魔王様の右腕は私だけで十分で────……」
「休息がとれないなら、十分じゃないじゃない」
ルシファーの言葉をぴしゃりと一蹴する。
私の前世では、父親が十時間を超える残業を続けて体を壊していたのだ。
休息の大切さは、分かっているつもりである。
「これは命令です。
ルシファー、知能が高い種族から二、三人、私の補佐に見繕ってきて」
「……は、魔王様の御心のままに……」
ルシファーは渋々と言った感じではあったが忠誠心は本物らしく、頭を下げて部屋から出て行った。
***
────そして数刻後、扉のノックに応えるとルシファーを含めた四人が片膝をつき右手を胸の前に当てる。
「魔王様、仰せの通り、知能の高い者を集めて参りました」
ルシファーの報告を聞き、私は研究の手を止めて四人の前に立った。
向かって左から、ルシファー、ルシファーと同じく悪魔族、その隣に吸血族、不死魔導士と並ぶ。
人型の魔物が並ぶだけで荘厳として見え、一瞬四天王という言葉が脳裏を過り元ゲーマーとしてはわくわくしてしまう。
「うん、ありがとう。
それで、皆は名前あるの?」
この世界には魔界にも人間界にも、目上の者に対し赦しが無ければ話しかけてはいけない、という暗黙のルールが存在する。勝手に自己紹介して、というわけにもいかず、私がそう言葉を促すと、ルシファーの隣にいた悪魔族がどこかで見たような困り顔で私を見上げた。
「名乗りたいのは山々なのですが……。
我らに名前はございません」
「あー、やっぱり?」
この世界の魔物には、名前はないらしい。
私のように魔王レベルの者には名前があるが、それは特例であり、種族名で呼ぶことが一般常識らしい。
( でも、それじゃあ個人を区別できないじゃない )
そう思うが、この世界では当たり前だが“人権”というものは存在しない。
いや、あるのかもしれないけれど、それが魔物に適応されることはない。
個人、という単語すらないのだ。
元人間だから、というのもあるが、私が魔王として君臨している限り、せめて自分の周りにいる人たちには名前があって欲しいし、個人であることを理解してほしいと思う。
「そっか……。
それじゃあ、あなたたちにも名前をつけたいんだけど、良い?」
「!」
私の言葉に、感極まる表情を見せる三人。
あー、この光景も物凄くデジャヴ~。
「魔王様から名前を賜るなど、光栄の極みにございます」
「有難く頂戴したく存じます」
そう言って頭を垂れる。
ネーミングセンスは壊滅的なんだけど、と思いながらピンと来た名前を付けていく。
「悪魔族のあなたは────”バアル”」
「は、しかと名前頂戴いたしました」
確か有名な悪魔にそんな名前のがいたな、程度の名づけだが、バアルは喜びに満ち満ちた表情を見せる。
そんな喜ばれたら、「適当につけた」なんて口が裂けても言えないね。
気を取り直して、バアルの隣に視線を向ける。
「吸血族のあなたは────”レイヴン”」
「は、素晴らしき名前……、我が血肉が湧き躍ります」
レイヴン、と名付けた吸血族は濡れ羽色の髪に漆黒の翼を持っている。
前髪は長く、琥珀色……というより、金色に縦長の瞳孔が特徴的だった。
どこか厨二くさい喋り方もあって、かなり馴染みのある名前になったように思う。
「不死魔導士のあなたは────”モルガント”」
モルガントは昔見た漫画のキャラクターで、目の前の不死魔導士に雰囲気が似ていた。
ただそれだけの理由だけど、モルガントと名付けた不死魔導士も満面の笑みを向ける。
「おぉ……、なんと威厳ある響き……。
その名に恥じぬよう、精進してまいります」
不死族の上位種である不死魔導士は骸骨に近い外見であり、それが要因なのか声帯がない。声というよりも思念に近い形で会話をする様子に、やはりゲーマー魂が疼いてしまう。
「よし、ではそれぞれに役割を与える。
まずルシファーはこれまで通り私の“秘書”として働いて欲しい」
「勿論です!」
役割が変わらないことを喜び、そしてどこか安堵したような表情を見せるルシファー。
そんなに喜んでもらえると、私としても嬉しい。
「バアル、あなたは私の副秘書としてルシファーの補佐をしてほしい。
同じ悪魔族であるならば連携も取りやすいでしょ」
「……は、承知いたしました」
……おお?どこか不服そうだ。
今迄は崇拝的に私の言うことを「是」として反応してくれていた人ばかりだったから、逆に新鮮。
バアルはその鋭い眼光をルシファーに向ける。
あ~、なるほどね????
そんなに仲良くない感じか~。
同じ種族ならって安直に考えちゃったけど、上下関係とかあったのかな……。
( なんか、ごめんね。バアル )
心の中で謝ってから、私はレイヴンを見遣る。
レイヴンは、というよりも吸血族は陽光が苦手であるという特性は世界共通らしい。
レイヴンも例に漏れず陽光を浴びすぎると灼けて灰になってしまうらしいが、その代わりこの世界の吸血族は影の中に潜み、影から影へと移動する”影移動”というスキルを持っているらしい。
他にも眷属である蝙蝠に擬態、若しくは憑依することが可能らしく、そのスキルを使用すれば日中でも外界へ出ることは可能らしい。
影っていう特性がもう、隠密っぽいよねぇ。
わくわくした気持ちをどうにか抑えながら、威厳ある声をわざとらしく作る。
「レイヴンには、諜報活動をしてほしい。
理由も、主に収集して欲しい情報も既にあるんだけど、それはおいおい伝えるからね」
「は、この命を賭してお仕えさせていただきます」
さて、最後はモルガントだ。
モルガントはこの中で唯一”元人間”という特徴がある。
生前の記憶や知識を持っている強みもあるため、モルガントに与える仕事は────……
「モルガント、あなたには私の研究の助手をお願いしたい」
「それは、これ以上ない喜びです」
モルガントは歓喜に震えた。
こうして、それぞれに名付けと仕事を与えるという一仕事を終え、私はルシフェルトが淹れてくれた紅茶をすするのであった。
( ゆくゆくは侍女とか執事とか、身の回りのことを主にやってくれるポジションも作りたいなぁ )
私の野望は、まだまだ続いて行く。




