ep.05:信仰値200%の朝が来た
──翌朝。
どれくらい眠ったのかは分からないけれど、
気づけば玉座の上で目を覚ましていた。
( ……あれ、昨日は確かスライムを炙って…… )
脳裏に浮かぶのは、火柱と歓声と、粘液の輝き。
それに続く「潤いの儀を継続せよ!」の大合唱。
( ……すごい……。
うっすら悪夢みたいな記憶 )
上体を起こすと、目の前に整然とした机があった。
上には分厚い書類の束。
表紙には、美しい筆致で見知らぬ文字が並んでいる。
前世で学んだ文字のどれにも当てはまらない造形であるが、
内容が読める……というか、分かるのは最早ご都合主義だろう。
分厚い書類の一番上には、こう書かれていた。
《第一回 潤いの儀 公式報告書》
「……うん。正式名称ついちゃった」
思わず天を仰ぐと、ちょうど音もなく部屋の扉が開いた。
すっと一歩進み出てきたのは、あの悪魔族──いや、ルシファーだった。
「お目覚めになりましたか、魔王様」
「お、おはよう……えっと、なんでこんな書類が?」
転生してまだ三日。
目覚めた先に病院の真っ白な天井があることを願わないわけではない。
それでも目の前で巻き起こる出来事全て、否定するにはあまりにリアルすぎて。
困惑しながらも目の前の出来事をどうにか咀嚼して飲み込みながら、そう問いかける。
「昨日の儀式の記録と、参加者一覧、及び粘液の献上率の統計でございます」
「粘液の献上率の統計って何!?」
彼は涼しい顔のまま、さらりと説明を続けた。
「沼地一帯のスライム、討伐率は約十四パーセント。
回収された粘液の総量は七百八リットル。
保湿効果に関しては、後日王自らの肌で検証とのことでしたので、
その他の数字を報告書として纏め上げました」
「そんなこと一度もお願いしてないけど???」
いや、まじで誰がそんな報告書出せって言ったん??
頭を抱えていると、ルシファーが書類の一枚を差し出した。
「……それとこちらは、“信仰値”に関する統計でございます」
「信仰値……?」
これまた訳の分からん数字を出し始めましたよ、この人は……。
見たいような見たくないような、複雑な心境でルシファーが差し出す書類を受け取った。
「はい。昨日の儀式により、王への信仰度が二百パーセント上昇しました」
「にひゃく……?」
あまりに大きな数字過ぎて、知らない言葉のように聞こえる。
手元の書類に記載されているグラフも、妙にキラキラしてる。
魔法の光で描かれた曲線が、“上昇”を通り越して垂直に天を突き抜けていた。
「ル、ルシファー……これ、落ち着かせる方法ない?」
「……王の口から“落ち着け”と発せられれば、恐らく信仰は更に高まるかと」
「ん-、待って?」
カリスマ補正が暴走していないか、これ。
いやでも仮にも魔王だし、このくらいのカリスマ性がないと配下が付いてこないのか……?
段々と“常識”がわからなくなってきてしまい、一度思考を放棄することにした。
呆れ半分、笑い半分で肩を落とすと、ルシファーが静かに紅茶を差し出してきた。
「とりあえず、お身体をお休めください。
本日は“潤いの儀 二日目”の準備日となります」
「二日目????
何それ、コミケかなんかなの?
なんでただのスライム狩りが連日開催なの……!」
けれど、湯気の立つ紅茶の香りに、ほんの少しだけ安堵した。
この異世界でも紅茶があることに、妙な親近感を覚える。
ルシファーが静かに微笑んだ。
「……王。改めて申し上げますが、昨日の戦果は見事でした。
沼地のスライム群を一掃し、龍人族からも感謝の書状が届いております」
「……それは、まぁ……」
「“美しく燃える王の姿に、恐怖と尊敬を抱きました”とのことです」
「いや、それ感想バグってない??」
ルシファーは笑みを崩さず、すっと頭を下げた。
「誤解もまた信仰の形でございます」
「誤解で国が成り立っていいの?」
そんな調子で、
今日も魔王城は平和(?)に朝を迎えるのだった。
その時、ピロン、と軽い音が響く。
( ……あ、またステータス動いた )
恐る恐る画面を開くと、
そこには見慣れぬ項目が増えていた。
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【新項目:信仰値】
現在値:200%(上限突破中)
備考:上昇中。止められません。
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「……いや、備考:止められませんって何……」
呆れ声が玉座の間に響き渡り、
ルシファーが嬉しそうに微笑んだ。
「おめでとうございます、魔王様。
本日も信仰、絶好調でございます」




