ep.11:焦土の中に、
────ピロン、……ピロン、ピロン……
────ピロン
レベルの上がる音が止まない。
目の前には焦土と化した土地。
( ……これで、良かったの……かな )
魔素の濃度に耐えられずに狂暴化してしまったゴブリンたち。
私に助けを求めた手を取ったころには既に遅く……。
その手を──振り払ってしまった。
骨すら残らず、灰だけが風と共に舞い上がる。
赤く染まった空の下、焼け焦げた地平線がただ続いていた。
「ダリオン様、負傷箇所が……」
「いいの。……このくらい、なんてことない」
なんてことない、と言うのと同時に《再生》のスキルが働き負傷した傷はすぐに治った。
崩れかけた家屋の残骸へ歩を進める。
一歩ごとに、灰が靴に絡みついた。
ルシファーが静かに周囲の魔素濃度を測り、眉をひそめる。
「……魔素濃度、臨界を超えています。
この地は、もう……人が踏み入れる場所ではありません」
憤怒の覇王を────魔王のスキルを使用したのだ。
魔素濃度が上がったことなど、今更驚かない。
「そう……」
私はルシファーの報告に一言そう呟いた。
視線を落とせば、灰の中でわずかに光るものがあった。
焦げた木片。
そして、半分だけ残った小さな守護札。
指先でそれを拾い上げる。
熱はもうないのに、なぜか指が震えた。
「あなたたちの……記録だけでも、残してあげないと」
私は小さく呟き、掌に光を集める。
《認識》──空気に残る魔素の記憶を読み取る。
断片的に、笑い声。
食卓を囲む小さな手。
「魔王さまに会えたら、ありがとうって言うんだ」──そんな声。
次の瞬間、それもすべて灰になって消えた。
「……ありがとう、か……」
その声は震えていた。
だが次の瞬間、風が吹き抜け、焦土の匂いを流していく。
静かに、ただ静かに。
世界はまた、ひとつ何かを失った。
「……レイヴン……」
口にした名前は、砂の上に落ちるようにかすれた。
戦闘の最中、結界の外にいた彼の気配が、途中でぷつりと途絶えた。
まだ、いるはず。
あの男が、あのまま消えるわけがない。
「ルシファー、《認識》を最大展開。
モルガント、残留魔素の反応を補助して」
「承知」
「了解しました」
三人の魔力が重なり、焦土に淡い光の網が走る。
その中で、ひときわ深い影が脈打っていた。
(……あそこだ)
私は迷わず駆け出す。
焼けた地面を踏みしめるたび、靴底が溶けるように熱い。
それでも構わず、瓦礫を払いのける。
「レイヴン……ッ! 返事をしなさい!」
沈黙。
次の瞬間、わずかに影が揺れた。
黒い灰の下が僅かに動き、こちらへ手を伸ばしていた。
「……マ、イ……ロード……」
「──見つけたっ!」
思わず声が震えた。
私はすぐに《保護》を重ねる。
崩れかけた影の輪郭が光に包まれ、わずかに息を吹き返した。
「遅くなって、ごめんね」
その声に、レイヴンの瞳──黒曜石のような双眸が、かすかに震えた。
「……お守り、……拾って、くださったのですね……」
その言葉にハッとして、私は手の中の焦げた木札を見下ろす。
「これは、彼らの……」
「ええ……。最後まで……村を……」
レイヴンの声は途切れ途切れだった。
高濃度の魔素にあてられ、その声は辛そうに掠れている。
「しゃべらなくていい。今は休んで」
私は片膝をつき、影を抱きしめるように両手を伸ばす。
「あなたは私の配下で──大切な仲間なんだから」
灰の風の中、わずかに笑う気配がした。
「……マイロード、……その言葉、……何よりの……褒賞です……」
そして、彼の意識はゆっくりと闇に沈んだ。




