ep.10:憤怒の覇王
レベルが上がった。
つまり──どこかで配下が経験値を取得しているということ。
ゴブリン村へ偵察に向かったレイヴンたちに、何かが起きたのだろうか。
ざわり、胸の端を嫌な予感が逆撫でしていく。
「レイヴン! レイヴン……!」
自身の影に呼びかけても、返事がない。
( レイヴンたちに、何かあったんだ )
そう判断した私はすぐに、その場で声を張り上げる。
ボイス爆音設定、ここで本領を発揮せよ!
「ルシファー、バアル、モルガント……至急、ゴブリン村へ向かう!」
雷の轟音かと思うほどに、私の声はびりびりと城内の壁を震わせる。
「はっ」
すぐに三人が集結し、ルシファーが地面に魔法陣を描き、展開する。
視界が一瞬、白に塗り潰され──
次の瞬間、鼻を突く鉄錆の匂いと、焼け焦げた空気が肌を刺した。
「……ッ、これは……」
ゴブリン村だったはずの場所は、もはや跡形もない。
焦土と化した地面の上に、黒く焼け落ちた家屋。
魔素の濃度が異常だ。空気が震えている。
「これは……。
ここ、本当にゴブリン村?
城より魔素が濃いなんて……っ」
本来、魔王が居る場所を中心として魔素が濃いことが常識である。
魔王城から遠く離れた辺境の地には、ゴブリンやスライムなどの弱小種族が住めるギリギリの魔素濃度であるはず。
それなのに今、魔王城よりも空気中の魔素濃度が高い。
「数値、計測不可能です……!
いかがいたしますか、ダリオン様」
その言葉と同時に、
森の奥から、耳を劈く咆哮。
黒い影が十、二十──いや、それ以上。
膨れ上がった魔素の塊のような獣たちが、私たちを取り囲んでいた。
「やっぱり……狂暴化ってレベルじゃないね」
私の掌の中に、紅い魔法陣が浮かぶ。
怒りが、熱となって全身を貫く。
「バアル、前線! ルシファー、結界展開! モルガント、後方支援!」
命令を終えた瞬間、
私の背後で炎が爆ぜ、赤黒い翼が開く。
「────魔物を殲滅し、レイヴンを救出せよ」
自分でも驚くくらい凛とした声。
それと同時に、私の覇気が爆ぜ、空気が歪んだ。
だが、その咆哮の中に、微かに“声”が混じった気がした。
「ぁ、ぁ……ま……お、さ……」
一瞬、攻撃の手を止める。
その声は理性を失った魔物の咆哮ではなく、れっきとした言葉だった。
「……今、何か言った?」
風が唸り、灰が舞う。
燃え落ちた家屋の影から、ひときわ大きな魔物が這い出してきた。
全身は焦げ、腕は肥大化し、皮膚の下で魔素が泡のように脈打っている。
けれど、その瞳だけは──
かつての“彼ら”のままだった。
「……嘘、でしょ」
目の前に現れたのは、狂暴化した知らない魔物ではなく、私たちに助けの手を伸ばしたゴブリンたちの成れの果てであった。
その地獄のような光景に、ルシファーが息を呑む。
モルガントの光眼が揺らめく。
そして、バアルだけが低く唸った。
「……魔素溜まりの影響、ここまでか」
“それ”はもう、ゴブリンではなかった。
けれど、その指には──小さな木彫りの守護札がぶら下がっていた。
焼け焦げても、かすかに残る刻印。
村の子供が首に下げていたお守り。
「……あぁ、そういうことか」
救うつもりで来た。
けれど、もう手遅れだった。
魔王としての理性が怒りに塗り潰され、
私の中の“憤怒”が再び目を覚ます。
「──ルシファー、結界を張って。
なるべく強力なものを、重ねて」
「承知いたしました」
私はスキルを確認し、《認識》と《保護》を展開する。
《認識》で認識した者を《保護》で守る形である。
ルシファーが展開した大規模な結界ではないが、個人を捕えて確実に保護することができる為、戦火に身を投じているレイヴンたちをこのスキルで保護した。
「バアル、あなたにも《保護》をかけるわ。
悪いんだけど、前線で戦って」
「了解だ、我が主」
バアルがにやり、悪魔的に笑うとそのまま飛び出していった。
魔力が膨張する。
風が唸り、光が弾ける。
「……これ以上、苦しませない。
そして──こんな悲劇、二度と繰り返させない」
地面が裂け、紅蓮の紋章が広がった。
魔王の声が、低く地鳴りのように響く。
スキル、《魔王覇気》の上位互換であるスキルを展開────
「憤怒の覇王────」
詠唱と同時に、
辺り一面に業火のように可視化した覇気が広がり、
────全てを灰にした。




