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店の奥に宇宙!?

 確かに私は店の中にいたのに、なぜか満天の空の下にいたからだ。


 足元にも星々が広がり、底知れない暗渠に吸い込まれると思った私は、「わああ……」と情けない声を上げてくずおれる。


 広大な空間の中には、壁もないのに無数の壁時計があり、チクタクと秒針の音を立ててそれぞれ異なる時を指していた。


「掴まって。触るよ」


 凪さんはへたり込んだ私の腕を引いて立たせると、腰を抱いて支えてくれた。


「ここ……、何なんですか……?」


 私は混乱と恐怖とで泣く寸前だ。


「私は〝星見の部屋〟って呼んでる」


 凪さんはそう言い、頭上を指さす。


 つられて見上げると、天井の見えない星空の彼方から、先端に三角錐の水晶がついた三本の鎖が下がり、それぞれ違う軌道を描き、巨大な空間の中でゆったりと揺れている。


「三本の針は、過去と現在と未来を指している」


 凪さんはガクガクと震える私を支えたまま、空間の中央にある円筒形の台に向かう。


 腰ほどの高さの台は、直径三メートルはありそうだ。


 その上にはジオラマのように世界地図が広がり、その上の空間には太陽系を模した宝石が浮き、衛星を従えてチカチカと光っている。


 どれも機械仕掛けとは思えず、吊っているワイヤーも見当たらない。


 台の内側には目盛りが刻まれた文字盤が無数にあり、精巧な作りの高級時計のようだ。


「……なんなの……」


 呆然とした私が呟くと、凪さんは謝ってくる。


「ごめんね」


「……なんですか?」


 嫌な予感を抱いた私は、不安げに眉を寄せる。


「私は人に触ったら、その人が歩んだ道が見えてしまうんだ」


「……き、記憶が読めるっていう事?」


 ギクッとした私はとっさに凪さんから離れるも、足元に広がる宇宙の恐ろしさに耐えきれず、台に縋り付く。


 凪さんは少し切なげに笑ったあと、台に向かって手をかざし、告げた。


「羽根谷千秋。二〇〇六年十二月六日、六時四〇分三七秒。現在」


 それを聞き、私は目を見開いた。


 教えていないのに、凪さんは秒に至るまで正確に私の誕生日、時間を口にしたのだ。


 その瞬間、台の上に正八面体の白、黄色、赤、緑の光が浮かび上がった。


「白は千秋。黄色が千秋を助けてくれる人。動いてるだろ?」


「はい……」


 私は不思議な仕掛けに呆然としながらも、コクンと頷く。


 白の光は中央に静止しているけれど、黄色の光はゆっくりと移動している。


 加えて光の前後には通ってきた軌跡、これから進むだろう道が線となって描かれている。


 線のままに進めば、黄色い光はやがて白い光と交わる。


「……これって、黄色い人と私の運命と重なるっていう事ですか?」


 私は黄色の線を指さしながら尋ねる。


「そう。あっちの緑は柚良ちゃん、赤は緋一くん」


 言われて私は緑と赤の光を見るけれど、二つの光はまったく別の軌道を進んでいる。


「……緑と赤の線、私に繋がってませんけど」


 不安を感じた私に、凪さんは歌うように言った。


「運命って刻一刻と変わるんだ。右の道に進もうと思っていたのに、土壇場で左に行く事もあるし、思わぬ人と関わる場合もある。……心配しなくても千秋の事は黄色い光の主が導いてくれる。もう少し店で待てる?」


「……はい」


 この不思議空間が何なのかは分からないけれど、ここまで人知を超えたものを見せられた以上、頷くしかない。


「納得してくれたなら良かった。多分、あと一時間もしないで運命が訪れるはずだ。水っ腹になってるかもしれないけど、お茶でも飲んでゆっくり待とう」


「分かりました」


 素直に頷くと、凪さんは少し安心したように微笑み、まだ脚がガクガクしている私の手を引いて星見の部屋を出た。






「~~~~っ、あぁああー……」


 星見の部屋を出た瞬間、私は安堵のあまり大きな溜め息をつく。


 と、凪さんの手を握ったままなのに気付き、「もう大丈夫です」と彼女の手を放した。


「お茶、ぬるくなっただろうから淹れ直そうか」


 先ほどの椅子に腰かけると、凪さんはそう言って新しいハーブティーを淹れてくれた。


「……さっきの部屋、何なんですか? 手を握っただけで相手の過去が分かるってエスパー?」


 ドッと疲労感を覚えた私は、溜め息混じりに尋ねる。


 凪さんが新しく出してくれたのは柚子湯で、すっきりとした柑橘の香りと蜂蜜が気持ちを落ち着かせてくれる。


「……まぁー……、簡単には説明しにくいから、世の中には不思議な事の一つや二つあると思って!」


 彼女は明るく言うと、誤魔化すようにピースをする。


「そう言われても……」


 突っ込みたくて堪らない私は、お茶を飲んで溜め息をつく。


「……隠してるわけじゃないけど、千秋が今までいた一般的な世界からかけ離れた、想像もつかない世界の話になるよ? こんな話、誰にも言えないよ。だって普通の人に言ったら〝ヤベー奴〟認定される。そこまでして、この世界に関わっていたい? 『好奇心、猫をも殺す』っていう言葉もある。私は〝知って〟しまったあとのフォローまではできないよ」


「うう……」


 そう言われては、私も引き下がらずを得ない。


「……まぁ、いいですよ。どうせ元の生活に戻れたら、幽霊や不思議な事とは無縁に生きてくんですから」


 私は自分に言い聞かせるように呟く。


 半分は言葉の通りで、半分は凪さんのためだった。

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