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異変の心当たり

「……いや、交通事故に遭ったとか?」


「それはないね。肉体が損傷していたら私には分かる。……多分だけど、千秋は特殊な状況下にあるけど、大きな怪我はしていないし、病気にもなっていない」


「じゃあ、なんで幽体離脱を……」


 呟くと、凪さんはさらに促してくる。


「じゃあ、着眼点を千秋からずらそう。身近な人で変わった行動をしていた人はいた?」


 尋ねられて脳裏に浮かんだのは、親友だ。


 私が黙ったのを見て、凪さんはさらに尋ねる。


「心当たりがあるなら、なんでも言ってみて」


 そう言われ、私は溜め息をついてから話し始めた。


「……親友に、三津邑柚良(みつむらゆら)っていう子がいるんです。同じ大学に通っている友達で、お嬢様なんですけど気取った所がない、いい子です。育ちが良くて考え方も大人びていて、温厚で頭も良くて人望があります。なんで私みたいなのと親しくしてくれてるんだろう? って不思議なんですが、とにかく良くしてもらっています」


「うん。で、その柚良ちゃんがどうかした?」


 続きを促され、私はお茶を飲んでからまた大きめの溜め息をついた。


「……今年のゴールデンウィーク前、池袋のイタリアンバルで柚良とご飯を食べていたら、男性二人組に声を掛けられたんです。いつもの柚良なら相手にしません。私もナンパにいいイメージを抱いていないので無視しています。……けど、あの日の柚良は妙にハイテンションで、ナンパしてきた猟沢緋一(りょうざわひいち)さんっていう社会人とすぐ付き合い始めたんです」


 私は緋一さんを思いだし、無意識に眉間に皺を寄せる。


「緋一さんは確かにイケメンです。森浜(もりはま)フーズという大手飲食会社で、やり手の営業マンとしてバリバリ働いてるそうです。顔もいいし、服飾品もセンスがいいし、多分……、普通の女の子なら声を掛けられたらホイホイ応えてしまうのが分かります。……でも、柚良はナンパ男で満足する子じゃないんです。あの子が望めば御曹司とか凄い人とお見合いできるし、いくらイケメンエリートでも相手にするわけがないんです」


 私は腕組みをし、椅子の背にもたれ掛かる。


「……でも柚良は人が変わってしまったように、緋一さんに夢中になりました。今までは友達を大切にして、学業が一番、男性は三番以下って感じだったのが、緋一さんしか目に入らない状態になりました。……さらに酷いのは、緋一さんってかなりのクズ男なのに、別れようとしないんです。『そんな男やめなよ』って言っても、逆にキレられて険悪になってしまう始末で……」


 凪さんは「うん」と頷き、お茶を飲んでから言った。


「いきなり人が変わったようになるのって、大体原因があるものなんだ。勿論、精神疾患的な理由も考えられるけど、健康な人が急にそうなってしまう場合って、目に見えないモノが邪魔している事が多い」


「……憑かれた……とかですか?」


「一般的にはそういう言い方をするね。柚良ちゃんの場合も、その可能性はある。……でも、千秋の体がどこにあるか分からないように、柚良ちゃんがそうなった原因が〝何〟かは私も分からない。……ただその二人は、千秋がこうなった原因に関わっていると思うよ」


 そう言われ、ふりだしに戻ったと思った私は肩を落とす。


「……でも柚良に話を聞こうにも、私の姿は見えないんでしょう? ……どうすればいんですか?」


 尋ねると、凪さんはようやく結論を出してくれた。


「二つの世界……、二重にも現世にも関われる人に助けを求めるしかないね」


「凪さんは!? ここまで関わったなら、助けてくれますよね!?」


 私はピッと背筋を伸ばし、期待して彼女を見る。


 けれど凪さんは笑顔で切り捨てた。


「無理」


「どうして! こんなに困ってるのに! 消えるかもしれないんでしょう!?」


 私はもだもだと体を揺さぶって訴えたけれど、――凪さんの表情を見て黙った。


 彼女はとても申し訳なさそうな、切なげな顔をしている。


 今まで何を言っても飄々としていた凪さんが、こんな顔をするなんて余程の事だ。


 会ったばかりだけど、ある程度会話を重ねた今なら分かる。


 だから私は「この話題をこれ以上掘り下げたら駄目だ」と理解した。


 物知りな凪さんであっても、できない事はあるのだ。


 彼女は意地悪で性格が悪いけど、命の危機にある人を見殺しにする人ではないと思っている。


 思い直した私は、別の解決策を提示する。


「じゃあ、このお店に来るお客さんは? 常連さんがいるって言ったでしょ?」


 話を逸らすように尋ねたけれど、凪さんは溜め息をつきつつ答えた。


「こう言っても千秋は納得しないかもしれないけど、運命ってタイミングなんだ。常連さんが千秋と関わる運命を持っていなければ、協力者にはなれない。万が一、常連さんがいま店を訪れても、彼らに君の姿は見えないよ」


「……どうすればいいの……」


 消沈して肩を落とした時、凪さんは「ちょっと千秋の運命を見に行ってみようか」と立ちあがる。


「こっちにおいで」


 顔を上げると、彼女はビーズカーテンの間を通ってバックヤードに向かうところだ。


「……お邪魔します」


 奥は冷蔵庫やパントリー、店に陳列していない商品があり、段ボール、木箱が詰まれている。


 凪さんはさらに奥へ向かい、厚地の黒いカーテンをくぐった。


 私もそれに続いたけれど――。


「……何……、ここ……」


 バックヤードのさらに奥に入った瞬間、私は全身に鳥肌を立たせて立ちすくんだ。

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