肉体に戻って迎える朝
「……ん……」
目を開くと、知らない天井が目に入る。
(……頭痛い。……怠い……)
ボーッとしていると、「目が覚めた?」と声を掛けられた。
横を見ると、凪さんが椅子に座って私を見ている。
「……あれ……? 私、いつの間に店に……」
私はムニャムニャ言って体を起こすけれど、思っていた以上に体が重たいのに気づいて「なにこれ」と顔をしかめた。
「肉体に戻れて良かったね。おめでとう」
「あ、あー……」
納得した私は、〝こう〟なる以前の事を思いだした。
「緋一さんと神野さんは?」
「彼らは昨晩、遅くまで話し合ってたよ。晶は会社を辞めるみたい」
「……そうですか」
凪さんは神野さんを〝晶〟って呼ぶようになったらしい。
「今さらなんですが、凪さんが呼び捨てにする基準ってなんですか?」
「ん? そうだね。この店に入った以上、みんな〝客〟ではあるけど、実際にお守りを作るとか、店で面倒を見ると決めた相手は呼び捨てにしているね」
「なるほど」
彼女の中で線引きがあると知り、私は頷く。
それにしても、神野さんは会社を辞める決意をしたみたいだけど、そうなってもおかしくないとは感じた。
彼の行いは謝って済む事じゃないし、光輝さんも緋一さんも、今後も同じ職場にい続けるのはきついはずだ。
「今後、晶は私がこき使っていく事にした」
「あー、……なるほど……」
凪さんの言葉を聞き、私は深い納得を得て頷いた。
彼女は『この店に入った時点で、何らかのお返しをもらう運命にある』と言っていた。
神野さんは呪具で他人の運命を狂わせた上に命を奪い、呪いが返って廃人になりかけた。
それを凪さんに救ってもらったんだから、命より重たい借りを作ったとしてもおかしくない。
「乖離していた千秋の魂は安定したし、消耗された生命力もある程度回復したはずだ。一週間寝たきりだったから体力は落ちているけど、食べて寝て動けば元に戻るから心配しないで」
「ありがとうございます」
室内を見ると、テーブルの上に私のバッグが置かれてあった。
「充電切れてるかな……」
「充電器貸してあげようか?」
「はい!」
すぐにでも家族に連絡したいところだけど、ゼロパーセントまで電池がなくなると、復活が遅いらしいので待つ事にした。
「久しぶりだろうし、お風呂に入ったら?」
「はい、そうします」
「じゃあ、私は下に行ってるね」
凪さんが去ったあと、私は洗面所に行って鏡で自分の顔を見た。
「わぁ……、やつれてる」
鏡の中の私はいつもより顔色が悪く、目の下にクマもある。
頬に触れてみるとザラザラしていて、髪も脂っぽい。
「……こんな状態で光輝さんに姫抱っこされたとか……」
溜め息をついたあと、まず気持ち悪いので歯磨きをし、それからゆっくりとお風呂に入った。
凪さんはお風呂にオイルを垂らしてくれたらしく、爽やかな柑橘系の香りが気持ちを元気にさせてくれる。
念入りに髪と体を洗い、顔も洗ってゆっくりお風呂に浸かると、清められた感覚になった。
お風呂から上がるとバスタオルで体を拭き、置いてあったボディミルクを塗り、基礎化粧品も使わせてもらう。
コンビニで買ったらしい新品の下着もあり、恥ずかしいけれど使わせてもらう事にした。
髪にヘアオイルを揉み込んでドライヤーをかけると、スッキリして生まれ変わった心地になった。
籠の中にはテラコッタカラーのワンピースと黒い靴下が入っていて、それもありがたく着させてもらう事にする。
部屋に戻るとスマホの電池はある程度復活していて、私は「怒られちゃうなぁ……」と思いながら母に連絡を入れた。
【お久しぶりです。事情があって昏睡状態にありました。人に助けてもらってやっとスマホを触れるようになりました】
するとすぐに既読がつき、【今どこにいるの!?】と尋ねられた。
【心配してくれた?】
【当たり前でしょう!】
私はそれを見て思わず涙ぐみ、微笑んで返事をする。
【とても奇妙な出来事に巻き込まれたの。でも私は今、関わった人たちのお陰で元気になれた。これから帰るから、駅に着いたら連絡するね】
【どこでもいいから今いる場所を教えて! すぐ迎えに行くから!】
【大丈夫。あとで連絡するね】
私は今いる場所を母に教えず、トークルームを閉じる。
それから柚良にも連絡しておく事にした。
【心配かけてごめんね。無事に体に戻れました。後日話をするから、今は報告まで】
そのあと、メッセージの通知が頻繁に入ったけれど、サイレントモードにしておいた。
階下に降りると、凪さん、緋一さん、神野さんが朝食の準備をしていた。
「おはようございます」
挨拶をすると、皆挨拶を返してくれた。
すっかり改心したらしい神野さんは、私を見て申し訳なさそうな顔をし、頭を下げてくる。




