黎明の別れ
「――――和輝!」
「お兄ちゃん!」
家族の悲痛な声を聞き、半透明の和輝さんは柔らかく笑った。
《……祖父ちゃん、父さん、澄佳。……それに光輝。……今まで本当にありがとう》
和輝さんの優しい声が私たちの胸の奥に届く。
《……俺があんな形で死んだのは、あのままだと呪いに支配されて家族に害を為してしまいそうだったからだ。……だが死したあとも光輝を呪う力は増幅され、この体に穢れが堆積してしまった》
今の和輝さんは長身だけれどごく普通の男性の姿で、迷い人だった時に異様に大きく感じたのは、穢れがべったりとくっついていたからなのだろう。
《俺は光輝を助けた事を後悔していない。皆も、もう悲しまないでほしい。……今までは呪いのせいで彷徨う事しかできなかったが、こうして光輝が解放してくれた。……俺の自慢の弟ならやってくれると信じていた》
刀を収めた光輝さんは、顔をクシャクシャにして泣いている。
それを見て和輝さんも泣きながら笑う。
《お前は凄いんだから、もっと自信持てよ》
「兄貴……っ、――――本当にごめん……っ」
《謝るなって。俺は大事な弟を守れて満足しているんだから。兄貴として格好いいところを見せられたかは分からないけど、お前を助けられた。それで十分だ》
和輝さんの言葉を聞き、光輝さんは涙に崩れた声で痛切に訴える。
「兄貴は誰よりも格好いいよ!」
《そっか。……なら良かった》
妙に明るいと思って顔を上げると、夜だったはずなのに周囲は夜と昼の狭間のような明るさになっていた。
空は満天の星空、そして紫からラベンダー、ピンクのグラデーションになり、雲の端はオレンジ色に輝いている。
吹く風は心地よく、私たちの髪や頬をくすぐった。
《俺はもう大丈夫だから、仲直りしてくれよ。俺のせいで家族がギスギスしているなんて、絶対に嫌だから》
和輝さんに言われ、家族たちは涙を流しながらも頷く。
《橋川神社の名前の由来は、此岸と彼岸を隔てる川に架かった橋だ。……俺はこの神社で光輝に祓われ、向かうべき所へ行きたかった》
彼は誇らしげに拝殿を見て、私たちに向かって微笑む。
《じゃあ、……そろそろ時間だから行かないと。……光輝、幸せになれよ》
和輝さんは弟に笑いかけたあと、家族たちにも声を掛ける。
《祖父ちゃんはもう若くないんだから酒を控えろよ。あと、祖母ちゃんを休ませてあげて。あの人、休むって事を知らないから。父さんは真面目が取り柄だけど、もう少し柔軟性を持って。母さんは俺の事で参っているはずだから『もう大丈夫だ』って伝えてあげて。……澄佳は今付き合ってる男と別れたほうがいい。お前は美人だし性格もいいから、自分を安売りするな。付き合う条件を厳しくすれば、相手のレベルも上がる》
澄佳さんはギクッとした表情をし、頷いた。
《……光輝は憧れの会社員になって、充実した毎日を送れている……かは分からない。尊敬できる緋一さんに出会えたのは良かったけど、神野さんに目を付けられたのはきつかったよな。……これで一連の騒ぎは落ち着いたわけだけど、今回の事を受けて自分の進む道をどう捉えるかはお前次第だ》
和輝さんに言われ、彼は涙ぐみながらも頷く。
《お前は本当に神職に向いていると思うよ。こうして死者を導く事もできる。自分のためだけじゃなく、他人のためも含めて、もう一度考えてごらん》
「……分かった」
弟の返事を聞いて和輝さんはニコッと笑い、最後に私を見て微笑んだ。
《千秋ちゃん、光輝を励ましてくれてありがとう。これからも弟を支えてくれたらって思うよ》
「はい!」
和輝さんは晴れやかに笑ったあと、拝殿に向き直った。
そしてスッと背筋を伸ばし、丁寧に二礼二拍手をする。
パンッ、パンッと柏手が響き渡ると、拝殿の奥がそれに応えるように眩く光り、輝きを増していく。
光は伸び、和輝さんの前に道を作った。
いつのまにか、普段着姿だったはずの和輝さんは、浅葱色の袴を穿いていた。
彼は祝詞を唱え終えて静かに頭を下げたあと、雪駄を履いた足で光の道を進んでいく。
「兄貴!」
「和輝!」
「お兄ちゃん!」
彼を呼び止める声を聞き、和輝さんは少し振り向いて笑った。
《八百万の神様は、常に俺たちの側にいる。風となって、木々のざわめきとなって、小石となって、夏の蝉となって、地面を這う蟻となって、太陽の光、冷たい雪となって。……神様の使いになった俺は、いつも〝そこ〟にいる》
光に包まれて淡く微笑んだ彼は、そう言ったあと振り向かずに進み――、姿を消した。
光がゆっくり収まったあと、ふっと帳が下りるように私たちは現実に戻った。
車の排気音が聞こえ、道を歩く人たちの足音が聞こえる。
「……朝……?」
澄佳さんが呟いたのを聞いて空を見上げると、終電前にここに来たはずなのに、東の空は朝焼けに染まっていた。
「光輝」
お祖父さんとお父さんが歩み寄り、光輝さんは頭を下げる。
「真似事をするなと言われたのに、勝手な事をしてごめん」
「いや、いいんだ。……それより、今の事は……」
会話をしている家族たちは、もうなんの蟠りもないようだった。
(良かったな……)
微笑んでその光景を見ていると、クンッと体が後方に引っ張られる感覚を覚えた。
体全体が見えない力で強引に引かれ、移動しようとしている。
「えっ? えっ?」
焦って掴まるものを探そうとした時、パッと光輝さんの頭部に鹿頭が現れた。
《千秋、ご苦労さん。もう体に戻る時間だよ》
「えっ!? それは嬉しいけど、まだ光輝さんに挨拶が……っ、あーっ!」
すべて言う余裕もなく、私は物凄い勢いで引っ張られて意識を薄れさせた。
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