剣舞
私は夜の神社で待つ事になったけれど、神域にいるからか他の迷い人の姿はなく、〝彼〟と二人になってもまったく怖くなかった。
「ずっと見守っていてくれたんですね。私の体の場所を教えてくれようとしていたのに、気付けなくてすみません。……怖がって、悪者扱いしてごめんなさい」
心からの謝罪をすると、〝彼〟は首を横に振るようにユラユラと頭部を揺らした。
「導いてくれて、ありがとうございます!」
お礼を言うと、〝彼〟は一つ大きく頷く。
「……光輝さんがいないから告白するんですけど、私、彼が好きです。とても優しい人で、奉納の舞いをしている時の姿にめっちゃときめいたんです。……少し頼りない所もあるけれど、そこがいい」
〝彼〟は黙って私の言葉を聞いてくれている。
「まだ学生なので恋愛対象として見てくれるかは分かりませんが、頑張ってみますね」
そう言うと、〝彼〟はまるでガッツポーズをとるように腕を動かした。
その時、足音が聞こえ、ハッとそちらを見ると白い着物と袴を穿いた光輝さんが腰に刀を差して歩いてきた。
「えっ? 真剣?」
驚いて尋ねると、光輝さんは迷いが晴れた表情で笑った。
「模造刀だよ」
彼は微笑むとたすきを巻き、表情を引き締めると〝彼〟を見る。
「全力でやるから、見てて」
それに〝彼〟は小さく頷いた。
光輝さんは拝殿に向かい、二礼二拍手をし、しばし間を空けてから一礼をした。
「掛けまくも畏き伊邪那岐大神、筑紫の日向の橘小戸の阿波岐原に……」
彼が凜とした声で祝詞を唱え始めた時、ポツポツと小雨が降ってきた。
空を見上げると、ほんの小さな雲はあるけれど、夜空がくっきりと見える。
昼間だったら「狐の嫁入りだ」と思っただろう。
いびつな形の月は滲むように光っていて、月光に照らされた中、光輝さんは全神経を集中して祝詞を唱えていた。
私が見守るなか、カクを降ろして金色の目になった光輝さんは、鞘に収めたままの刀を両手に持ち、恭しく拝殿に向かって捧げる。
そして腰に手をやり、目の前の空間を見据えたあと、目にも留まらぬ速さで抜刀した。
ライトアップされた中、小雨が煌めきながら降り注ぐ。
その中で光輝さんは一心不乱に刀を動かし、神様の前で見えない穢れを祓い、切っていく。
模造刀を振るとビュッと風を切る音がし、雨の雫が輝きながら飛ぶ。
引き締まった彼の横顔は、真剣にお兄さんについた呪いを断ち切ろうとしている。
それでいて、これが本当のお別れになると悟ってか、悲しみをグッと堪えているように見えた。
その時、背後から足音が聞こえたかと思うと、八十代の男性に五十代半ばの男性、二十代の女性が息を切らして境内に入ってきた。
「……光輝……」
彼の名前を呼んだところから、きっと光輝さんのご家族だろう。
もしかしたら、彼が着替えに入った時に防犯カメラが反応したのかもしれない。
「……やばい。お兄ちゃん、物凄いのが降りてる。……神様?」
〝視える〟らしい澄佳さんは剣舞を舞っている光輝さんを見て呟いたあと、ハッと黒い靄――和輝さんと私のほうを見た。
思わずペコリと会釈をすると、彼女は驚いたように目を見開き、会釈を返す。
(意思疎通できるんだ)
理解した私は、人差し指を唇の前に当て、黙って見守ってくれるよう頼んだ。
頷いた澄佳さんは、祖父と父に伝える。
「お兄ちゃん、いま大事なお祓いをしているの。人ではない何かを体に宿して、一生懸命やってる。だから絶対に邪魔しないで」
娘に言われ、父は静かに頷いた。
集中している光輝さんは家族が来た事に気づかず、片足を軸に半円を描くように体を反転させ、目の前の空間を切り裂いてからダンッと一歩踏み込む。
光輝さんが刀を振るうたび、神域の空気がどんどん澄み渡り、ここが東京である事を忘れそうなほどだ。
雨粒を飛ばし、真剣な目で見えないモノを切り続けた光輝さんは、最後に大きくジャンプをして大きな敵を切り裂いた。
そして息を乱しつつ一旦刀を鞘に収め、拝殿に向かって刀を捧げたあと、迷い人――和輝さんに向き直った。
「……兄貴、今までありがとう」
不思議と、都内の喧噪は消えていた。
神々しいまでの静けさと神気に包まれた境内で、光輝さんはお兄さんに対して一礼する。
「…………あるべき所へ、お還りください」
彼はそう呟いたあと、カクの目を借りて見据えた乖離線に沿って、スッと刀を振り下ろした。
「あ……っ」
声を漏らしたのは誰だろうか。
二メートル近くあったいびつな黒い靄は、その輪郭を大きく揺らしながらボロボロと崩れていく。
崩れた黒い靄は神気に晒されて宙に溶け、その奥から一人の男性が姿を現す。
シャツにジーンズ姿の若い男性は――。




