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幽香の庵 幽霊女子大生、神降ろしのサラリーマンと体を探す  作者: 臣 桜


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現実

 そのあとはもとのように忙しく働き、緋一さんを心配し、憑かれているだろう神野さんを疑って過ごした。


 呪具の存在すら知らずにいたから、緋一さんは神野さんに嫉妬され、彼の生き霊がついて人格を変えてしまったのだと思い込んでいた。


 彼にお祓いを勧めたいが、嫌われているのにどう説明すれば神社に行ってくれるか分からない。


 緋一さんは『自分は何もおかしくない』と思い込んでいる上に、嫌っている俺から『お祓いを受けたほうがいい』なんて言われたら激怒するに決まっている。


 彼をどう救うかばかり考えていた俺は、兄貴について特別な感想を抱いていなかった。


 兄貴はいつも通り自宅で寝起きし、橋川神社で勤め、また家に帰って……という生活をしていると思い込んでいたからだ。


 家族全員変わりなく、実家では何も変わった事は起こっていないと信じていた。


 だから三週間ぶりに実家に顔を出した時、顔色を悪くした兄貴にべったりと黒いモノが憑いているのを見てギョッとした。


 慌てて祖父と父に報告しても、なぜか反応が鈍い。


 必死にお祓いするよう頼んでも、自分の孫、息子の事なのに『どうせ駄目だ』という反応を見せている。


 ――このままじゃ、兄貴が死んでしまう。


 一目見ただけで黒いモノのヤバさを悟った俺は、必死に祖父に頼んでお祓いをしてもらい、自分も心の中で祝詞を唱えていた。


 兄貴に呪いが移ったあと、祖父や父がお祓いしていなかったわけがない。


 何度も何度も、自分たちの無力さを思い知るまで繰り返しお祓いをし、力尽きた時に俺が現れて『お祓いをしろ』とうるさく言った。


 家族からすれば、『元凶が何を言う』という感じだろう。


 お祓いの甲斐なく兄貴の呪いは進行し――、やがて彼は取り殺される前に自ら命を絶った。


 ――のではないかと考えている。


 もしかしたら自分の意志ではなく、操られての事かもしれない。


 もう兄貴はいないから、誰にも真実は分からない。


 明確に理解しているのは、――――もう、兄貴には会えない事だ。


 自宅にいた時にフワッと香った〝橘〟の香りは、きっと彼が別れを告げにきてくれたのだと思っている。






 そして納骨が終わったあと、俺は空気を読まない事を言い、父に〝出来損ない〟と言われた。


 優秀な長男を喪った父親の悲しみは計り知れないのに、都合良く兄貴に呪いをなすりつけて記憶を失った俺は、家族全員を深く傷つけたのだ。




**




「…………っ、あぁ……っ、――――あぁあ……、――――あぁああ……っ」


 私たちは泣き崩れる光輝さんを、ただ見守るしかできない。


 私は沙織さんと店を訪れた時、凪さんが光輝さんに対して『()()()()()()()()』と言っていたのを思い出した。


 ――あの時にはもう、彼女はすべて分かっていたのかもしれない。


 凪さんは神野さんをひたと見据えて言った。


「ヒトが人知を超えたモノに手を出すと、ろくな結果にならないと、昔から言われている」


 俯いた神野さんも、静かに涙を流している。


「君の家庭環境に同情はしない。世の中似たような家庭に育っても、まっすぐ育った人は大勢いる。他者に負けたくない、一番になりたいと望む気持ちは誰だって持つ。……でも、人を傷つけ、押しのけてまで頂点に立ちたいと思うかはまた別だ。女の子を物のように考える事もね」


「…………っ、すみません。――――すみません……っ」


 神野さんは涙を流し、何度も繰り返し謝る。


「私は現実離れしたものを見られるし、普通の人より沢山の事を知っている。……でも、死者を蘇らせる事だけはできないんだ」


 厳しく、静かに言い放った凪さんは、人ならざる雰囲気を放っている。


 けれど、その目には深い悲しみが宿っているのが分かった。


「神野くんは、何をすれば光輝やご家族に償えると思う? 『自分が呪い殺しました』と打ち明けても証拠はない。〝視える〟家系の人でも、和輝さんは自死したのが〝事実〟だと分かっている。証拠がなければ逮捕もされない。人の法の中において、君は無罪だ」


「――――……っ、それでも、――――償います……っ!」


 緋一さんは二人のやり取りを黙って聞き、視線を落としている。


 その時、光輝さんが立ちあがり、ツカツカと住居スペースを出て店のほうへ向かう。


「……っ、光輝さん!」


 私は堪らず声を上げ、彼を追おうとする。


「……千秋ちゃん、放っておいてあげて」


 緋一さんに止められたけれど、私は首を左右に振った。


「光輝さんは私に手を差し伸べてくれました。彼が悲しんでいるのに、何もしないなんてあり得ません」


 潤んだ目の奥に覚悟を宿した私は、小さく会釈をしてから光輝さんを追った。

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