最後の呪いを解く
「……それから、光輝を誘って千秋ちゃんと三人で飲食店に入り、薬を使って意識をなくしたあと、指輪を使って光輝のマンションまで運んだ。香炉を使って仮死状態にし、光輝にはその日起こった事をすべて忘れさせて、自宅マンションに近づかないよう暗示を掛けた」
私たちの前で、神野さんは俯いたまま淡々と自分のした事を打ち明ける。
話の途中で顔色を真っ青にした光輝さんは、震える手で自分の首に触れ、タートルネックニットの奥から必死にペンダントを取ろうとしたので、外してあげた。
(凪さんのお守りをつけてあげる時、もとからペンダントがあった事には気づいていた。……まさかその内の一本が呪具だったなんて……)
盲点ばかりで、自分の愚鈍さが嫌になる。
(……それに凪さん、光輝さんが初めて店に入ってきた時に何て言った? 『凄いのが来たね』って言っていた。……最初から凪さんにはすべて分かっていたなら……)
でも彼女は私たちに深く干渉しないと決めている。
もしも凪さんがすべてを見通す目を持っていても、特殊すぎる力を持つ人だからこそ、一般人に力を貸しすぎてはいけないのだろう。
星見の部屋だって、普通の人間なら扱いきれない代物だ。
凪さんが人の運命を読む神様みたいな存在だとすれば、人間に簡単に答えを教えてはいけない。
彼女が言う通り、人の間で起こった事は、人が解決するしかないのだ。
凪さんもカクも、できるのは手助けだけ。
(だから、凪さんやカクに『分かっていたのに何も言わなかったんですか?』と聞くのは間違えてる)
私はグッとこみ上げた感情を必死に抑え込んだ。
それでなければ、顔色を失って涙を流している光輝さんを見ていられないからだ。
加えて、神野さんのマンションで光輝さんが緋一さんの首を絞めた理由も分かった。
彼を操る呪具がすぐ近くにあったのに、気付けていなかったとは……。
(ああ、だからカクは『今の光輝に降りるのはエネルギーが要るんだけどね』って言っていたんだ)
光輝さんは呪具で縛られた状態ではあったけど、カクは神様だから彼に力を貸せていた。
謎の商人が言った通り、ペンダントは〝おまじない〟レベルだったから、降りるカクの力が上回る事ができた。
霊体の私は憑かれている人から黒いオーラが立ち上っているのを見られたけれど、光輝さんの場合、カクが宿っているから打ち消されていたのかもしれない。
(でも、香炉みたいな力の強い呪具だった場合、どうなっていたんだろう……)
もしもの事を考えるだけで、寒気が襲ってきた。
私が考え事をしている間、光輝さんは嗚咽しながら言った。
「……あなたが俺や緋一さんを快く思っていないのは理解しました。その背景や、呪具と出会ってしまった事も分かりました」
光輝さんは涙を流し、唇を震わせて神野さんを見つめる。
「……俺の兄貴は六月末に自死したんです。……俺は……っ、幽霊が見えます。この世ならざるモノが見えるんです。あの頃、兄貴にはべったりと黒いモノが憑いていました。祖父に頼んでお祓いしてもらっても祓えなかった、とても強力な怨霊です。…………あれは……、神野さんが俺を呪って飛ばしたものなんですか? …………なら、どうして兄貴は……っ、~~~~っ、俺が死ねば良かったのに……っ!」
凪さんは滂沱の涙を流す光輝さんを哀れに思ったのか、立ちあがって言った。
「光輝の記憶を戻してあげる。……ああ、この店にいる限り、呪具を破壊しても〝跳ね返り〟はないから、神野くんは安心していいよ」
彼女はリビングの引き出しから鑿と玄能を取りだし、ペンダントを押さえるためのクランプと土台にする木製の台も出す。
形状はすべて工具だけれど、そのどれにも雅やかな模様がついていた。
凪さんはクランプでペンダントの石を押さえると、光輝さんに「持ってて」と指示する。
それを木製の台の上に置かせ、凪さんは両手に鑿と玄翁を持つと口元で呪文を唱えながら石を見つめる。
「……お帰りください」
最後に凪さんはそう言うと、玄翁で鑿のかつらを玄翁でトンと叩いた。
すると黒い石が二つに割れ、黒い靄をフワッと立ち上らせる。
「あ……っ、あぁああ……っ!」
その瞬間、光輝さんは両目から大粒の涙を流して苦しみ始めた。
失われた記憶が、一気に蘇ったのだ。
**




