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迷い人=幽霊?

「無理だね。千秋の体は二重にある」


 凪さんは手を延ばし、私の腕をポンポンと叩く。


「この店はどちらにも属しているから私も君に触れるけど、外を歩いている現世の人たちは千秋を見る事も触る事もできない。ここから遠くへ移動しても、二重の世界に終わりや果てはない」


「じゃあ、どうすればいいんですか」


 泣きそうな声で言うと、凪さんはハイバックチェアを左右に揺らしながら答えた。


「解決手段はあとで言うけど、先に注意事項を伝えておこう。長く二重(ここ)にいすぎると、人としての意識が薄れてしまう」


「えっ……」


 聞きたくない事実を知り、私は表情を強張らせる。


「……それって、どんどん薄れていったら、死んじゃう的な……?」


 恐る恐る尋ねると、凪さんは飄々とした態度で答えた。


「なきにしもあらずだけど記憶はあるんでしょ? 自分の事も他人の事もハッキリ覚えてるなら、まだ大丈夫」


「でも、誰にも認識されないなら、助けてもらえないじゃないですか……」


 私は困り果て、力なく椅子の背もたれに身を預ける。


 なのに凪さんはカラカラと楽しそうに笑っている。……この人、結構性格が悪いな。


「笑い事じゃないですって……」


 恨みがましく凪さんを睨むと、彼女は私に顔を近づけ、目を閉じてスンスンと匂いを嗅いでくる。


「千秋はいい匂いがするよね。それもとっておきの香りだ」


「いきなり何ですか。……香水はつけてますけど、夜だしもうほとんど香りは消えてますよ」


 そう言いながらも、私は「そんなに匂うのかな?」と手首の辺りをクンクンと嗅ぐ。


「香水じゃない、千秋の魂から立ち上る匂いだ。外にいる黒い靄は、君の匂いにつられているんだよ」


「えぇ……」


 困惑した私は、嫌な顔をして再度自分の匂いを嗅ぐ。


「自分の魂の匂いは分からないもんだよ。勿論、普通の現世の人にも分からない。……もし嗅げるとすれば、千秋みたいに二重に迷い込んだ人や、霊感がある人かな? ……あとは外にいる迷い人とか」


 凪さんは親指でドアのほうを指し、ニヤッと笑う。


「……迷い人って何なんですか?」


 尋ねると、凪さんは椅子の背もたれによりかかって答える。


「分かりやすく言えば死者だね。千秋から見れば幽霊」


「うぇえ……」


 ぞわっと鳥肌を立てた私は、両手で自分を抱き締め、二の腕をさする。


「死んだ人って成仏しないんですか?」


「全員がそうではないね。心霊ドラマやホラー映画のセオリーだけど、心残りがある霊は現世に留まって何かをするだろ?」


「悪い幽霊ってそんなに大勢いるんですか?」


「私は隠世の住人じゃないからハッキリとした事は言えないけど、死後は神様からの〝お迎え〟がある。それに応えたら天国と呼ばれている所に行けるけど、遺された家族が気になるから現世に留まる人もいる。でも一回きりのお迎えだから、断ってしまえば家族が死者になったあとも、ずっと彷徨わなければならない」


 みんな死後の世界について興味深く話すけれど、誰も〝経験者〟がいないから確固とした事は分からない。


 だから私は真剣に凪さんの話を聞いていた。


「無害な人たちは普通に雑踏の中を彷徨っているし、なんなら映画館とか遊園地とか、楽しい思い出のある場所にも行くね。でも暗い感情を持っている人は、生きている人と同じだけど、明るい雰囲気の場所にいる気持ちにならない。静かで人の来ない所でジッとして、恨みや悲しみの感情と向き合っているんだ」


 そう言われ、私は納得したように頷いた。


「……じゃあ、廃墟とかトンネルとか、そういう場所が心霊スポットになってるのって……」


「ああいう場所にいる人たちは一人になりたいタイプだね。危険だから近づかないほうが身のため。……まぁ、幽霊も元は人だし、人の数だけ色んな事情があるもんだよ」


 想像もつかなかった死後の世界の話を聞き、私は溜め息をつく。


「……外にいる人たちに捕まったらどうなるんですか?」


「〝食われる〟ね。彼らは生者の匂いに惹かれている。それを自分のものにすれば救われると思っているんだ。……肉体のある身なら生者として強いエネルギーを発しているから、よほど病まない限り取り憑かれる事はない」


 私は「そうなんだ……」と安心した直後、「今の自分は違うんだから」と思い直す。


「でも今の千秋は二重にいる。肉体はなく、魂が剥き出しになっている。この状態で彼らに食われたら、肉体は目覚めず寝たきり……かな」


「そんなの嫌です!」


 私は弾かれたように言い、前のめりになって尋ねる。


「〝私〟がどこにいるか分かりますか? やっぱり事故にでも遭ったんですか?」


「答えは千秋の中にあると思っていいんじゃない? 魂が抜けた心当たりは?」


「ありませんよ!」


 私は不機嫌に言ってから、ハッとする。


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