呪いをかける日々
すると彼女はギョッとした顔をして俺を睨んだあと、『お断りします!』と言い、柚良に向かって『もう帰ろう』と促す。
(効かないなら仕方ないか)
それに、どうでもいい女子大生より、もっと適切な相手に使用したほうがいい。
『じゃあ、千秋ちゃんは別の機会にね』
そう言いながらも、俺は言う事を聞かなかったガキへの怒りを抱いていた。
(この俺が抱いてやるって言ったのに。頭の悪そうなブスガキが)
胸の奥で憎しみがグツグツと煮えたぎり、ペンダントのある胸元が熱くなるのを感じる。
石は俺の感情に呼応するように熱を持ったが、その熱が妙に心地いい陶酔感をもたらした。
(趣味が悪いだと? このペンダントの素晴らしさが分かってないくせに。マルチ? 宗教? ふざけんな! お前なんて呪われちまえばいい。俺の言う事を聞けない女なんて価値がない。お前みたいなガキ、死ぬより苦しい思いを味わえばいい)
俺はポケットの中のペンダントを握り締め、心の中で彼女を呪う。
その日から緋一は周囲に暴言を吐く男になり、俺の望みは半分以上叶った。
だがその頃から、光輝が疑う目で俺や緋一を見るのが気になった。
あいつは神社の息子だというし、もしかしたら何か特殊な力があるかもしれない。
『見透かされているかも』と思うと、異様な焦りが俺を襲った。
(誰にも邪魔させない。俺の手を振り払って緋一の腰巾着になったお前にも、痛い目に遭ってもらうぞ)
その日から俺はペンダントを握り締めては、光輝に向かって『呪われろ』と心の中で念じる日々を送った。
願いが叶ったのか、光輝は一時体調不良で会社を休んでいたが、そのうちスッキリとした顔で復帰した。
千秋と同じように、思うままにいかないのかもしれないと思ったが、少しでも光輝を苦しめられたらと思い、引き続き奴を呪い続けた。
俺の仕事の調子はよく、幸運な出来事も舞い込んだ。
一方で緋一はかつての人気はどこかへ、鼻つまみ者になろうとしている。
給湯室であいつを絶賛していた女性社員も、『最近の猟沢さん、ないわー』と嘆息していた。
六月末になって、光輝が忌引きで休んだ。
光輝を呪うつもりでいたが、あいつの親族が死んで精神的ダメージを負うならそれでもいい。
なんなら、光輝の周りにいる奴を全員殺して、あいつを孤独と絶望に叩き込んで自殺に追いやってもいい。
光輝が休みから復帰した頃、俺は『お疲れさん』と奴に声を掛けて飲みに誘った。
亡くしたのは兄貴らしく、消沈している光輝を潰すなら今だと思った。
俺は落ち込んだ光輝に『幸運になるお守りだから、気持ちだけでも持っておけって』とペンダントを渡した。
同時に命令した時は絶対服従し、ペンダントをつけている事も、俺に命じられた事も忘れるよう言い聞かせた。
――これで、いつでも邪魔者を消せる。
安堵したものの、もう一人心に引っ掛かっている人物がいた。
――羽根谷千秋。
あのガキはペンダントの力が効かなかったし、妙に勘が鋭いところがあるから、口封じをしなければ。
(でもペンダントは三つとも使ってしまったし、どうしたものか……)
考えながら、俺はあの占い師とまた会えないか、例のバーに通うようになった。
バーのカウンターで飲んでいると、明るい声で話しかけられた。
『またお会いしましたね。その後、どうですか?』
ハッと顔を上げると、隣の席にキャップ男がいる。
『……お陰様で、いい感じだ』
『それなら何よりです。……でも、何だか浮かない顔ですね』
『ペンダントの力が効かないガキがいるんだ。そいつを何とかしてやりたいんだが……』
すると、男は興味深そうに言った。
『へぇ、アレが効かなかったんですか。相当守られている子なんですね』
『そういう事もあるのか?』
『ありますよ。万能ではないですから』
あっさりと言われ、『こいつが言うならそうなのか』と納得した。
『代わりにどうにかできないか? このままじゃ腹の虫が治まらない』
『そうですねぇ……。〝どうにか〟というのは、害したいという意味ですか?』
『害したいというか、相応の目に遭ってもらいたいだけだ』
あの女子大生の事を考えるだけでムカムカし、胸元のペンダントが熱くなってくる。
『ふむふむ。……そうですね。その子はかなりの加護があるみたいですし、一般人に対する方法では効かないと思います』
『それ以外のやり方なら可能なのか?』
『あのペンダントはおまじないみたいなものです。ちょっと専門の物になると、扱いが難しいですよ? 使い方を間違えると神野さんにも害があるかも』
『使い方を間違わなければいいんだろ?』
言い張ると、彼は『仕方ないですね』と笑って自分の酒を飲む。
『どんな目に遭わせたいんですか? 怪我をさせたい? 不幸にさせたい? 殺したい?』
最後の言葉を聞き、俺はチラッとマスターを見る。
が、彼は俺たちのやりとりなどまったく聞こえていないように、グラスを磨いていた。
『死ねばいいとは思ってないが、……それぐらいの目には遭えばいいと思ってる』
『ふーん……、そうですねぇ……』
男はそう言って身を屈め、足元にあるトランクから赤い紐で結ばれた紙の箱を取りだした。




