思うままに
それだけではなく、うまくいけばいいと願っていた商談が纏まり、大口契約ができた。
バーに行く前日には、試しに買ったスクラッチくじで五万円が当たり、『これは本物だ』と確信した。
意気揚々とバーに向かうと、前回と変わらない服装の男が隣に座ってきた。
『如何でした?』
『……悔しいが、本物だった』
俺は興奮を押し隠し、一週間に起こった出来事を饒舌に語る。
すると男はにんまりと笑い、ポケットからさらに三つのペンダントを出した。
『追加は如何でしょう? 最初の一つは無料でお譲りしますが、こちらの三つは有料です』
『買っても構わないが、特に幸せを分けてやりたい奴なんていないしな……』
そう呟くと、男は俺の望みを読んだかのように言った。
『このペンダントは身につけた人の望みを増幅させます。今は〝こうなればいいな〟と思った事が叶っているわけですが、言う事を聞かせたい相手がいるとして、その人に〝こう行動しろ〟と念じて渡せば叶います』
『……マジか?』
言われて脳裏によぎったのは、あの忌々しい緋一を〝嫌な男〟にしたいという願いだ。
緋一以外の奴も、自分の言いなりにできると思うと、とても魅力的に感じられた。
だが……、と逡巡していると、男は見透かしたように笑う。
『お客様がペンダントをどのように使おうが、僕は関知しません。ですが、クレームも受け付けません。〝何か〟が起こったとしても、こんなペンダントごときで警察は動きませんしね。……どうです?』
『……一つ幾らだ?』
慎重に尋ねると、男はニカッと笑ってピースサインをした。
『一つ二万円でどうですか? 本当は一つ十万円と言いたいんですけどね、モニターを請け負ってくださったので、お安くしておきます』
財布の中には昨日くじで当てた五万円があり、もともと持っていた三万円も入っている。
当てた分がゼロになるのは惜しいが、このペンダントにはそれ以上の価値がある。
『言い値で買おう』
すると男は『ありがとうございます』と微笑んで、カウンターの上に置いたペンダント三つを押しやった。俺は財布から六万円を出し、男に渡す。
『万が一良くない事が起こった時は、ペンダントを外せば大丈夫です。手放す時は燃えないゴミに捨ててください。あと、四つ着けても、幸運が四倍にはなりませんからね。一人一つです』
『分かった』
男は『まいどあり』と言って金をしまい、『幸運を』と言い残して去っていった。
俺はペンダントを手にして無敵感を抱き、それらをまとめて胸ポケットに入れた。
その後、ペンダントの一つを緋一用にした。
奴は俺に嫌われている事を自覚していたようだが、ポケットの中でペンダントを握って話しかけたら、何を言っても『はい』と笑顔で頷くようになった。
愉快になった俺は緋一を飲みに誘い、池袋のイタリアンバルに行ってあいつの金で好きなだけ飲み食いし、彼を罵倒し続けた。
馬鹿にされているのに緋一はニコニコして『そうですね、俺は最低のクソ野郎です。神野さんの足元にも及びません』と言い、それが愉快で堪らない。
緋一とフラワーカフェの女の仲を壊してやりたくなった俺は、店内にいた若い女の二人組に目を付けた。
見たところ二人は女子大生といったところだろう。
皆の憧れの猟沢緋一が、いきなり人格が変わったように他人の悪口を言い、顧客の前でも失礼な事をし、『落ち着いた女性が好み』と言っていたのに女子大生と付き合い始めれば、同僚たちも幼馴染みの女も奴を見放すだろう。
(それに、女に言う事をきかせられるか試すいい機会だ)
俺は反対側のポケットに入れたペンダントを握り、女子大生二人組に話しかけた。
三津邑柚良という女子大生はすぐ俺の言う事を聞き始め、ヘラヘラと笑って誘いに応じた。
もう一人は友達が応じるならという感じで同席したが、あっという間に友人と緋一が意気投合したのを強張った顔で見ていた。
『お近づきの印にこれをやるよ。俺、このペンダントをつけてスクラッチくじをして、五万当てたんだぜ』
『うそー! 凄い!』
柚良は頭の悪そうな声を上げて喜び、さっそくペンダントを首に掛ける。
緋一も嬉しそうに『あざっす』と礼を言ってそれを身につけた。
『ちょっと……、柚良、やめなよ。そういうの趣味じゃないでしょ』
もう一人の千秋という女子大生が窘めたが、柚良はもう俺の手中にある。
『なんなら、千秋ちゃんもいる? めっちゃいい事起こるけど。小さめだから着けているのを忘れるぐらいだよ』
俺は彼女の前にペンダントを下げ、心の中で『操り人形になれ』と念じる。
――が、千秋は複雑な表情で俺を睨んでキッパリと拒否する。
『要りません。あなた、マルチとか宗教の勧誘なんじゃないですか? 私たち、そういうのに興味ありませんから』
(……あれ? 効かない?)
俺は石を握り、千秋を見てニコニコ微笑んだまま『これからホテルに行かない?』と誘った。




