黒い男とペンダント
真顔になって男を見たからか、奴は明るく笑った。
『あはは! 僕を占い師だと思うなら、そういう反応をしたら駄目ですよ。占い師はコールドリーディングと言って、相手の反応や言葉から背景を読みます。そこであなたが〝そうなんですよ、良く分かりましたね〟と昔話をし始めたら、その口調や雰囲気からどういうご家庭だったかを読み解かれます』
懇切丁寧に解説され、俺は舌打ちをすると前を向く。
『着ている物を見るからに、いい企業にお勤めで仕事もできる方ですね。でも結婚指輪がないからまだ独身。バーで一人で飲んでいて、待ち合わせする様子もないという事は彼女もいらっしゃらない』
ムカつく事を言い当てられ、俺は男を無視して酒を飲む。
『面白くない事があったようですね。……たとえば自分より優秀な部下がいて、その人に自分の居場所を奪われたように感じているとか』
そう言われ、ドキッとした俺は少し固まる。
(いや、待て。つまらなそうにしているから、適当に想像して言っているだけだ。こいつの口車に乗ったら、ありがたい水でも買わされるんじゃないか?)
そう思ったものの、次の言葉を聞いてギョッとした。
『相手の名前は猟沢緋一さん。……壱島光輝さんという神社の息子さんもいるかな? 皆さん、森浜フーズにお勤めですね』
『……どうして……』
俺は純粋な驚きで目を見開き、凍り付いたように男を凝視する。
ある程度身を置く環境を想像できても、関係者の名前や社名を言い当てるなんて不可能だ。
『……ストーカーか?』
警戒して尋ねると、男は明るく笑った。
『やだなぁ。男が男をストーカーして、何になるんですか? 僕はあなたの事を恋愛的に好きでもないし、恨みもない。本当に今日たまたまこの店で遭遇しただけの無関係な人間です』
そう説明されるも、気持ち悪いぐらいに言い当てられると疑念しか残らない。
『……何が望みだ?』
こいつが本物であろうが偽物であろうが、望みがあって近づいてきたのは間違いない。
関わりたいから声を掛けるのであって、用事が無いならこんな茶番を演じる必要はない。
男はニヤリと笑い、ポケットからペンダントを出してカウンターの上に置いた。
ペンダントの先端には黒っぽい石がついていて、天然石やその類いの物に見える。
『これは願いを叶える石です。……なんて言ったら怪しさ満点でしょうけど、本当なんですよ。僕は神野さんが考える通り、まぁ占い師みたいなものです。商売として色んな物を売っているんですが、中にはまだ効果がよく分からない物がありましてね。……そのモニターとして使っていただけたらなー……、と思ったんですが』
『胡散臭……』
思わず呟くと、男は『でしょー』と悪びれもせず笑う。
『物は試しに一週間つけてみませんか? それでまたこのバーで感想をお聞きしたいんです。何も変わらなかったならインチキと思ってくださって構いません』
『……それだけでいいのか?』
『ええ。願いを叶える石と言っても、電磁波を放つとか、体に害はありません。スピリチュアルなものを信じる方って、手首にパワーストーンのブレスレットをしているじゃないですか。ああいう物だと思ってくだされば結構です』
『それなら……』と思う自分がいた。
ペンダントをつけるだけなら害はないし、何も起こらなかったら突き返せばいい。
(子供の遊びに付き合うようなもんだ)
そう思った俺は、ペンダントを手にした。
『あとでモニター料をとるのか?』
『まさか! こちらは試作品なので、本当にどういう効果をもたらすか人様に体験していただきたいだけなんです』
『タダならいいけど……』
『ありがとうございます! じゃあ一週間後、このぐらいの時間にここで待っていますね』
そのあと男は席を離れていった。
(変な奴)
心の中で呟いた俺は、こんな子供だましに興味なんて持てないと思っていた。
なのにペンダントを持っているとやけにいい気分になり、俺は無意識にそれを首に掛けていた。
その後、驚くべき出来事が起こった。
あのキャバ嬢が【最近どうしてるの? 会いたい】と連絡をよこし、恐る恐る会いに行けば俺への好意を隠さず、なんとその夜にお持ち帰りできたのだ。




