目を覚ました神野
「あれはさっき必要なだけ使ったから、あとは穏やかな気持ちになれるよう匂いを嗅がせてるだけ。優しい植物性の匂いより、肉の焼ける匂いのほうが空腹に効くでしょ。食欲は生命エネルギーにも直結してるし、そっちのほうが手っ取り早い」
「もぉ……。せっかく神秘的な光景を目にして『凄いな』って思ってたのに」
ガクリと項垂れた私を見て、凪さんはカラカラと笑う。
「一番大切なのは、人の『生きたい』っていう欲だ。良くない〝欲〟もあるから怖ろしいけど、生きているからこそ欲は生まれ続ける。興味深いじゃないか」
「凪さんにかかったら、なんでも〝面白い〟になっちゃうの、堪ったもんじゃないなぁ」
私がぼやくように言うと、彼女は明るく笑った。
「何事も悲観して捉えるより、楽しんだもの勝ちだよ」
そうしている間にコトコト煮ていた人参のグラッセができあがり、添え物をプレートに盛っていると、凪さんは常温にしたお肉に塩胡椒をしてステーキ肉を焼いていく。
「……美味しそう」
不覚にも、疲れて落ち込んでいたはずなのに、ジュウジュウと音を立てて焼けているお肉を見ると、空腹を感じる。
「霊体になると飲食は必要なくなるけど、『食べたい』と思う気持ちがあるなら、まだまだ元気な証拠だから安心していいよ」
「食欲には自信があります」
グッと拳を握って言うと、彼女はニカッと笑った。
やがてダイニングテーブルの上にランチョンマットが敷かれ、その上にステーキプレートとご飯、お味噌汁が並ぶ。
凪さんはステーキプレートを片手に、神野さんの側に歩み寄った。
「ほーら、肉だよ。狸寝入りはいいから、一緒に食事をするよ」
「えっ? 起きてたの?」
私が声を上げると、顔の前にステーキを近づけられた神野さんは、決まり悪そうに目を開きゆっくり起き上がる。
すると胸元からクリスタルが転げ落ちそうになり、彼は慌ててそれを受け止めるとサイドテーブルに置いた。
まだ顔色が悪いながらも、倒れた時よりずっと生命力を回復させた神野さんは、私たちを見て気まずそうな顔をし、俯いて視線を逸らす。
「ほら、焼きたてのうちに食べちゃうよ。そこのティッシュで額を拭いてこっちにおいで。あと、全員、食べている時は暗い話はしない事」
肉の出資者に言われ、私たちは頷く。
そのあと私たちはダイニングテーブルにつき、名状しがたい微妙な気持ちのまま、美味しいお肉を食べ始めた。
確かに気まずいし、本当はのんきに食べている場合じゃないかもしれない。
(でも、お陰様で体は見つかったしな……)
私はタンパク質と脂、炭水化物のコンボに「おいふぃ」と声を漏らしながら、パクパクと食事を進めていく。
凪さんがハーブティーを何度もご馳走してくれたのは、こうして飲食する事で人としての感覚を忘れさせないためだった。
このお肉が現世の物か二重の物かは分からないけれど、匂いも味も食感もしっかりあって、「生きてる~! 美味しい!」という気持ちになれる。
「ごちそうさまでした!」
男性たちはさすが食べるのが早く、最後に私が胸の前で手を合わせると、先に食事を終えて立っていた凪さんが「どうぞ」と人数分の柚子シャーベットを出してくれた。
「ありがとうございます」
これもまた、少し脂っぽくなった口の中には嬉しい、さっぱりとしたデザートだ。
美味しい食事を終えて満腹になった私は、先ほどの動揺しきった状態に比べて、気持ちにゆとりができたのを感じた。
凪さんはキッチンでお湯を沸かしてコーヒー豆をミルで砕き、ゆっくりとドリップしている。
コーヒーのいい香りを嗅いでいると、リラックスした気持ちで神野さんと話せる気がした。
「はい、どうぞ」
やがて凪さんはトレーに載せたマグカップをテーブルの上に置き、私たちはお礼を言って手近な物を手にした。
「砂糖とミルクはセルフね」
彼女は中央にミルクポットとシュガーポットを置くと、一人掛けのソファに腰かける。
私はミルクを入れたけれど、他の四人はブラックだ。
「じゃあ神野くん、話してもらおうか。君はあのままだったら、呪い返しを受けて死んでいた。それを救った私は君の命の恩人というわけだ。……その私が質問するんだから、すべて答えてくれるよね?」
圧の強い笑みを向けられ、神野さんは「はい……」と頷く。
「言いづらいだろうけど全部言ってしまおう。沢山の人を傷つけた君ができる最初の償いは、真実を打ち明ける事だ。時系列に何があったのか教えてくれる?」
凪さんに促され、神野さんは俯いたまま話し始めた。
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