処置、そして肉
するとフワッとラベンダーのいい香りがした。きっとこれも浄化作用のためだろう。
同時に彼女は小さなお茶碗に盛られた白ご飯、お酒、塩、水、榊の入った瓶をテーブルの上に置いた。
「これは伊邪那美命へのお供え物だよ。千秋は完全に死んではいないけど、彼女は千秋を自分のものにしようと狙っている。だから代わりにお供え物をいただいてもらう事で、満足してもらうんだ」
「わあ……」
私は黄泉の国の女神の名前を聞き、ブルッと体を震わせる。
そのあと彼女は呪具の香炉の周り四箇所にお酒の入った小皿を置き、香炉にも何かのオイルを掛けて呪文を唱える。
すると、白い小皿に入ったお酒がジワァ……と黒く染まり、墨汁のように真っ黒になってしまった。
「うわ……、えぐ……」
私が小さく呟いたなか、凪さんは香炉にぺたりとお札に似た、複雑な絵柄の入ったシールを貼る。
「これで香炉の封印は完了。……さて、次は千秋だ」
凪さんはぐったりとした〝私〟の額にオイルを垂らし、クルクルと円を描くように指先で伸ばしつつ呪文を唱える。
同様に掌、靴下を脱がせた足の裏にもオイルを塗って呪文を唱える。
「生命エネルギーの入り口を作ったから、少しずつ生気を取り戻していくだろう。……それまで、下でご飯でも食べてようか」
「そ、そんなんでいいんですか?」
「割とシンプルな解決法って多いんだよ」
凪さんは明るく言い、トントンと軽い足音を立てて階段を下りていく。
私は自分の体を心配げに見たあと、凪さんのテリトリーなら大丈夫だと思って階下に向かった。
「跪け! 愚民共!」
凪さんは冷蔵庫から高級そうなサシの入ったステーキ肉を出し、私たちに掲げる。
いつもなら「わーっ!」と拍手していただろうけど、大きなショックを受けた私たちは心身共に疲れ切り、なんと言えばいいか分からずぼんやりしている。
「……なんだ、反応が悪いね」
凪さんはつまらなそうに言い、キッチンで料理の支度をする。
「光輝は味噌汁作って。緋一はキャベツの千切り。千秋は人参のグラッセを作って」
私たちは彼女に指示された通り、広いアイランドキッチンで作業に入る。
不思議な事に、手を動かしているとゴチャゴチャしていた心が落ち着いてきた。
「座ってジッとしていると、余計に気持ちが負のスパイラルに落ちていくんだよ。落ち込んだ時は同じ場所に留まっているのはお勧めしない。立って動いていれば気持ちは紛れる」
凪さんは人数分の黒いプレートや、お茶碗などを出している。
「光輝は自分の家に千秋がいた事にショックを受けているようだけど、千秋は彼を警察に突き出す?」
凪さんに尋ねられ、私はギョッとして否定する。
「まさか! そんな事しませんよ! だって光輝さんの意志でやったわけじゃないって分かりますもん」
全力で光輝さんの味方をしたけれど、彼は複雑な表情のままだった。
だからさらに付け加える。
「私は警察沙汰にするつもりなんて一切ありません。光輝さんはずっと協力してくれましたし、誰よりも私を心配してくれました。彼の家から自分の体が見つかったからといって、協力者に掌を返すわけありません。私にだってプライドってもんがありますからね」
唇を尖らせて言うと、クスッと笑った緋一さんが光輝さんの背中を叩いた。
「……千秋ちゃん、いい子じゃないか」
「……そうですけど……」
緋一さんは、パッとしない表情の光輝さんの背中をもう一度叩く。
「俺もこれからも変わらず光輝の味方でい続けるよ。迷いがあるなら幾らでも相談してほしいし、話を聞いて一緒に悩む事はできる」
「……ありがとうございます」
力なくお礼を言った光輝さんに、凪さんが明るく言う。
「そのうち神野くんも目を覚ますと思うから、一緒に肉を食べてから話を聞こうじゃないか」
「えっ? 彼の分も用意してるんですか?」
私はそう尋ねつつ、キッチン台の上にあるお肉の枚数を数え、並べられているプレートも確認する。確かに彼女は五人分の食事の用意をしていた。
「だって、仲間はずれにしたら可哀想じゃん。そのうち、肉の匂いに耐えかねて起きてくるよ」
「ちょ……っ、ジュニパーとラベンダーは?」
凪さんしかできないおまじないをしたはずなのに、お肉の匂いで目覚めるなんて、あまりに大雑把だ。




