凪の店へ
光輝さんはしばらく啜り泣いていたけれど、落ち着いたあとにティッシュで洟をかんだ。
「ねぇ、カク。どうすべきだと思う?」
尋ねると、光輝さんの頭部に鹿頭が現れた。
《……千秋の対応は見事だったから、力になってあげる。……その香炉は強い呪具だから壊さないように。それに一週間も行方をくらましていた女子大生が、光輝の家から発見されたら一大事でしょ? 千秋は自力で動けないし、光輝と緋一が病院に連れて行くにしても不審がられる。……ここから先は、霊とか特殊な世界の話じゃなくて、現実問題にヤバくなる事への対応になってくる》
「そうだね」
私は静かに頷く。
《……だから、一旦店においで。神野と同じように凪が何とかする。一週間も寝かされていたから、体が弱っているのはどうにもできないけど、奪われた生命力は凪がカバーできる》
「どうやってお店に行けばいいの? 今だって地下鉄で二十分近く掛かったでしょ。そんな中、自力で動けない私を抱えてなんて……」
するとカクはウインクしてニヤリと笑った。
《凪が特別に、光輝の家のドアと店のドアを繋ぐって》
「そんな事できるの!?」
私は驚いて声を上げる。
《二重は意志の力さえあれば何とでもなる。おまけに店は凪だけの世界だからね。ほら、住居スペースも凪の意志で自在に広げられるって言ったでしょ? 星見の部屋も途方もない作りをしてるし》
「ああ……、確かに」
店が新宿三丁目のどこかにあるというざっくりな位置情報があるとしても、一般的な建物のスペースを無視したあの店の作りは、常識で測ろうと思ってはいけない。
《凪は困っている客が多い所――、雑念の多い場所に店を構えて、偶然来店する客を待っている。でもその気になれば、東京駅付近だろうが六本木だろうが、好きな場所に店を繋げられるわけ。……『困っている人がいれば、私はドアを開く』。……これ、凪のポリシーね》
「ありがとう!」
私はガバッと勢いよくカクに頭を下げる。
《一人は千秋の体を抱き上げて、一人は香炉を持って適当なドアをくぐっておいで。靴や千秋の持ち物も忘れずにね》
「分かった!」
カクが消えたあと、光輝さんは長い溜め息をつき、今のやり取りを緋一さんに説明する。
困った顔をしていた彼も、凪さんが助けてくれると知って表情を和らげた。
「良かったな」
ポンと背中を叩かれた光輝さんは、「そうですね」と覇気なく頷き、「千秋ちゃん、触るよ。ごめんね」と断りを入れてから〝私〟の背中と膝の裏に手を回して姫抱っこした。
緋一さんは「鍵を掛けておこう」と玄関を施錠し、香炉と靴、私のバッグを持つ。
そのあと、トイレからではあんまりなので、バスルームのドアから店に行く事にした。
「本当に繋がるのかな」
不安そうな緋一さんが恐る恐るバスルームに繋がるドアを開けると――、なんと、本当に凪さんの店が見える。
「お客様のご来店~!」
カクの声がし、私たちは意を決してドアの向こうに足を踏み入れた。
**
「凪は奥で待ってるよ」
カクに言われ、私たちは店を抜けてバックヤードに入り、住居スペースに向かう。
「おかえり」
迎えてくれた凪さんはいつも通りで、神野さんはまだソファで眠っているようだ。
「……やっと体を取り戻したんだね、千秋」
凪さんは私の体を見て微笑み、「上に行くよ」と〝私〟を抱いた光輝さんに上階を示した。
光輝さんは階段を上がると、以前私が泊まった部屋のベッドに〝私〟を横たえる。
「ここから先は私がやるから、メンズ二人は帰ってもいいよ」
「……いえ、責任がありますから」
光輝さんは強張った表情で青ざめた〝私〟を見ている。
「俺も、関わったなら最後まで見届けます。……それに神野さんも心配ですし、彼から話を聞きたいです」
彼らの返事を聞き、凪さんは溜め息をついて結論を出した。
「週末だし、なんなら泊まってく? 神野くんはもう少しで目覚めるだろうけど、千秋は一晩はかかるかな。今夜はうちでご飯でも食べて、目が覚めた神野くんから話を聞いて、体に戻った千秋と一緒に帰りなよ」
「……ご厚意に甘えさせていただきます」
頭を下げた二人は、凪さんの世話になると決めたようだった。
「千秋にまじないを施しておくから、二人はリビングで待っていてくれる?」
「はい」
三人は一旦階段を下りていく。
私は椅子に座って自分の体を見つめながら、〝私〟の居場所を教えてくれたあの迷い人の事を考えていた。
やがて凪さんが戻り、彼女はテーブルの上にアロマキャンドルを置いて火を点ける。




