見つかった体
迷い人のあとをついて歩き、たどり着いたのはとあるマンションの前だった。
〝その人〟はマンションを指さし、私たちを見つめている。――ように思える。
「……光輝、行こう。何もなければないで、それでいいんだ」
緋一さんが励ますけれど、今は空しく感じられる。
私たちはマンションの中に入り、光輝さんが鍵でオートロックを開ける。
「……家、二階なんだ」
彼は誰にともなく言い、エレベーターに乗る。
迷い人は中に入ってこないらしく、あとは自分たちで確かめろと言っているように思える。
エレベーターが二階に着いた途端、光輝さんは「うっ……」と片手で口元を覆った。
「どうした? 光輝」
緋一さんが心配そうに声を掛けるなか、彼は苦しげな表情で首を横に振る。
私は胸の奥に重たくて大きな鉛玉でも入れられた気持ちで、一歩ずつ前に進む。
好きな人の家に初めて訪れるというのに、気持ちは死刑台に向かう囚人のようだ。
やがて光輝さんはドアの前で立ち止まり、震える息で深呼吸してから鍵穴に鍵を差し込んだ。
ガチャンッと錠が回転する音がやけに響き、私たちの心を冷やす。
光輝さんがドアを開け、私たちは中に入る。
部屋のカーテンは閉めきられていて、中は真っ暗だ。
――と、パチンと音がして電気がついた。
「――――あぁあ…………っ!」
悲鳴にも似た声を上げたのは、私だろうか、光輝さんだろうか。
それとも、緋一さんだったかもしれない。
私たちの視線の先には、ベッドの上に寝かされた〝私〟の姿があった。
『灯台下暗し』とはよく言ったものだ。
凪さんが示したように、光輝さんはあらゆる意味で私の〝運命の人〟だったのだ――。
私たちはしばらく黙って〝私〟を見ていた。
着ている服は私が着ているのと同じ、ボウタイブラウスにマーメイドスカート。
〝私〟は薄めの布団の上で仰向けになっているけれど、その顔色は青ざめていて、死んでいるように見える。
「……生きてますか?」
光輝さんに尋ねると、まだ呆然としている彼は震える手を伸ばし、私の呼吸を確認する。
「……呼吸は……、…………してる…………」
細い声を聞き、私は頷く。
「良かったです。死んでないならそれで良かった」
何度も頷いて言ったけれど、光輝さんは魂が抜けたような顔で〝私〟を見つめている。
「……これが呪具と考えて良さそうだな」
緋一さんはベッドサイドに置かれている香炉を指さす。
そこからは目に見えない煙がくゆっているらしく、光輝さんが言っていた甘ったるい香りの元なんだろう。
「…………どうして…………」
両手をきつく握った光輝さんは、俯いたまま小さくうめく。
その頬には涙が筋を作っていた。
「…………どうして……っ、…………俺、…………っ、千秋ちゃんに恨みなんてまったくない……っ! 君に会ったのだって、凪さんの店が初めてで、こんな事をする動機はないっ!」
彼の頬を流れた涙が顎に至り、透明な雫が落ちていく。
この時、私は初めて光輝さんと会った時、どこかで会ったような……と感じた理由を理解した。
きっと私はこうなってしまう前、どこかで光輝さんに会っていたんだろう。
「……分かっていますよ。大丈夫。……〝何か〟があって光輝さんはこう〝させられて〟しまったんだと思います。操られていたかもしれないし、脅されていたかもしれない。大丈夫。短い付き合いだけど、私はあなたを信じています」
背中を丸めて泣いている彼を見ていると、胸が締め付けられる。
いつの間にか涙を流した私は、眠っている〝私〟から視線を遮るように光輝さんの前に立った。
「本人が『大丈夫』って言ってるんですから、大丈夫なんですよ!」
努めて明るく笑った私は、光輝さんに抱きつき、思いきり抱き締めた。
「ちあ……っ、――――き、…………ちゃ……っ」
自らのしでかした罪に絶望して泣く光輝さんは、声を震わせながら実体のない私を抱き締め返す。
決して触れ合えない私たちは、心だけを通わせて慰め合い、異なる世界に在る体をかき抱いた。




