家捜し
「……しかし、それじゃあ千秋ちゃんの体はどこにあるんだ……」
光輝さんが呟き、緋一さんも私も何も言えずに黙る。
私も神野さんの所に自分の体があると思い込んでいたから、何となく「これで終わるんだ」と思っていた。
――けど、彼の所に私の体がないなら、一体どこに……。
疑問だし、不安で仕方がないけど、今はひとまず神野さんに対応するしかない。
(凪さんも、『順番に事を片づけていったら、やがて行き着くと思うよ』と言ってた。彼女はその場凌ぎの励ましを言う人じゃないし、何らかの根拠があったに決まってる。……なら、今はまず神野さんの問題をクリアしないと)
二階に着いた瞬間、嫌な匂いがして私は「うっ」となる。
光輝さんを見ると彼も同じ匂いを感じたようで、片手で口元を覆っていた。
迷い人の腐ったような匂いとは異なるけれど、なんとも言いがたい臭気だ。
私たちは顔を見合わせ、同じタイミングで頷く。
「……緋一さん、変な匂いを感じませんか?」
光輝さんが尋ねると、彼は不思議そうな顔をしてスンスンと匂いを嗅いだけれど、「いや」と首を振った。
やはり、これは霊的なものから発されている匂いと思っていいようだ。
廊下を進んでいくと、緋一さんは一際匂いの強い部屋の前で立ち止まり、チャイムを押した。
(ううーっ! マスクほしい!)
私は片手で鼻をつまみ、顔をしかめる。
やがてドアが開き、神野さんが顔を覗かせた。
「……よくここまで来たな」
彼はシニカルに笑い、緋一さんが開いたドアを支えると「入れよ」と体を引く。
「……お邪魔します」
私たちは玄関に入り靴を脱ぐ。
神野さんの家は1Kらしく、玄関から入ってすぐ右手にトイレがあり、奥にはバルコニーに面した八畳ほどの部屋が見える。
「いらっしゃい。……ま、話があるなら座れば?」
家の中はある程度の生活感はあるけれど、整頓されている。
インテリアも凝っていて、カーテンはインディゴブルーでソファも同色、クッションはオレンジのスエードっぽい生地で、黒いシンプルなテーブルの下にはリモコンが収納されている。
壁際にあるマガジンラックにはお洒落な表紙の雑誌があり、現代アートが飾られた額縁も壁に立てかけられている。
部屋のサイズに合った液晶テレビにブルーレイ、ゲーム機にスピーカー、部屋の隅には大きめの観葉植物やスタンドライトがあった。
ベッドにはカーテンと同じ色のカバーが掛けられ、小さめの本棚もある。
二人がソファに座ると、神野さんは「コーヒーでも飲んでけよ」とキッチンに向かう。
「私、ちょっと家の中見てきますね!」
私が宣言すると、光輝さんは[気をつけて]と言ってくれた。
彼に見られているなか、初めてお邪魔する家を家捜しするのは気まずいけど、本当に私の体がないか確認しなければならない。
一つ間違えれば警察案件だし、『よくここまで来たな』と言ったなら、彼も〝悪事〟を自覚しているという事だ。
神野さんは二人から女子大生について尋ねられても、「関与していない」とは言わなかった。
だから彼が〝何か〟を知っているのは確実だ。
霊体だから足音は立たないけど、私は無意識に忍び足になり、まずベッドの下を覗き込んでみた。
けれど特に何もなく、光輝さんに「何もないです」と言ってから、神野さんがいるキッチンに向かう。
キッチンスペースも整頓されていて、調理器具やスパイス類の揃え方から、私より料理が上手そうだ。……ちょっと悔しい。
その奥に洗面所とバスルームがあるようで、私は神野さんに触れないように冷蔵庫との間ギリギリを通った。
洗面所はごく普通の洗面台に歯ブラシや基礎化粧品、整髪料、シェーバーなどが置かれてある。
引き出しを開けてみたけれど、ドライヤーなど当たり障りのない物しか入っていない。
(私はこうやって二重の引き出しを開けられているけど、現実の引き出しは開いていない。不思議な気持ちだな……。捜し物にはうってつけかもしれない)
こういう場面になって初めて、霊体になった自分の体質(?)をポジティブに捉えられた。
状況としては、現実の引き出しが閉まっているのも見えるけれど、半透明の開いた引き出しも見える状態だ。
そのあと、私は緊張して暗いバスルームを覗き込んだ。
ドラマや映画ではバスルームに死体が……というシーンがあるので、ついそんな想像をしてしまった。
けれど洗い場には何もなく、磨かれた鏡と整えられたシャンプー類があるだけだ。
閉まっている風呂蓋を見てゴクリと唾を飲んだ私は、勇気を持ってそれに手を掛けた。
「……せーのっ」
私はシャッター式の風呂蓋の端に手を掛け、勢いよく丸めるように捲った。




