神野晶
「……そ、そう見えませんでした」
光輝さんも神野さんの所業にドン引きしている。
「……俺もその話を聞いた時は『嘘だろ』と思った。確かに神野さんからは嫌がらせを受けたし、彼は少しねちっこい所がある。でも俺にとって彼は活躍している憧れの先輩で、そういう真似をする人に思えなかったんだ。……だから、トイレにいた人たちが、嫉妬を交えて脚色しているんじゃ……と感じていた」
嫌がらせを受けていても、緋一さんにとって神野さんは憧れの先輩だったんだ。
だからこそ、今の状況はとてもつらいに違いない。
「……けど、俺や関係ない人にまで害を為したなら話は違う。……憧れていた先輩だからこそ、俺の手で引導を渡さなければ」
緋一さんはその横顔に、並々ならぬ決意を宿していた。
やがてタクシーは神野さんのマンションの前に着き、緋一さんがカードで支払いをする。
賃貸マンションはごく普通の外観で、ここに私の体がある……と思うとゾクリとする。
頭に浮かんだのは、ワイドショーでインタビューを受けた人が「そういう事をする人に見えませんでした」とか、「まさかうちの隣で……」と言っている図だ。
〝事件〟と聞くと遠い世界の出来事に思えるけど、いつどこで何が起こるか分からない。
「隣の部屋にどんな人が住んでいるか分からない」と言うけど、いい人かヤバイ人かなんて、付き合ってみないと判別がつかない。
地方ならご近所付き合いがあるかもしれないし、世代によっては「お互い顔を知っていたほうが安心できる」と思ってもおかしくない。
けれど特に都会に住む若者に関しては、隣人の事なんて分からないほうが防犯に繋がるんだろう。
もしも私が一人暮らしをしたとして、下手に〝お隣さんへの挨拶〟をして「若い女の子が住んでいる」と知られたら、逆に危ない目に遭うかもしれない。
けど、親切な人が住んでいる可能性もあるし、そればかりは何とも言いようがないのだ。
隣人だけじゃなく、人付き合いはガチャみたいなものだ。
「人気があるしいい人そう」と思って近づいたら、実は裏の顔があって酷い目に遭うなんて事もざらにある。
(飲食店で少し話しただけで、こんな目に遭う私もいるしなぁ……)
私は溜め息をつき、二人のあとについてマンションのエントランスに入る。
緋一さんは緊張した面持ちで呼び出しボタンを押した。
しばらくして《はい》と男性の声がした。
「神野さん、俺です。猟沢です。壱島もいます。……入れてください」
緋一さんが言うと、神野さんは少しの間沈黙し、尋ねてくる。
《何の用だよ》
「あなたが俺にくれたペンダントや、行方不明になっている女子大生について聞きたい事があります」
彼は何も隠さず、真正面から神野さんに立ちむかう。
《はっ、あのペンダントが何なのか分かっていながら、俺の家に来たのかよ》
「正直、〝何〟なのかは分かっていません。ただ、あれを着けた俺がどうなったかは自覚しています。それについても話を聞きたいです。大体の理由は察しますが、あなたの口から『なぜ』かを聞きたい。……加えて、行方不明になっている女子大生もあなたが関わっていますよね? ――――すべて聞かせてください」
緋一さんが凄みのある声で言ったあと、光輝さんも続ける。
「警察などの第三者にはまだ何も言っていません。とにかく、俺たちは事情を知りたいし、彼女がどこにいるのか知りたいんです」
《ま、警察に言っても『ペンダントのせいです』なんて言ったら、頭のおかしい奴扱いされるよな》
神野さんは半笑いで言う。
何がおかしいのか分からないけれど、彼は自分の悪事がつまびらかにされたのに、一向に焦っている気配がない。
だからこそ嫌な予感がするし、彼の家に上がったあと、さらなる〝何か〟が襲いかかってきそうな気がしてならない。
「あの子は神野さんの家にいるんですか!? いるなら……、警察案件になりますよ」
光輝さんは覚悟の宿った声で告げた。
《いない》
けれど彼はあっさり答え、私たちは三人とも「えっ?」と声を上げる。
《疑うなら来いよ。本当にいないから》
神野さんはそう言ったあと、オートロックを開けた。
私たちは顔を見合わせたあと、とにかく行ってみる事にした。




