敵陣を前にして
私はスクールカーストから逃れ、やっと個人として生きられる大学生活を満喫している。
大学に入るとクラスという概念はなくなる。
入学オリエンテーションで軽くクラス分けはされたけど、仲よくなるきっかけを掴む程度で、クラス単位で活動するなどはいっさいない。
仲よくなった人と過ごし、自分が選択した講義を受ける。
その自由なスタイルのもと、私はスクールカーストの概念がない楽しい生活を送っていた。
でも社会人になっても派閥やいじめがあると思うと、頭が痛い。
おまけに神野さんの話を聞いていると、年上だからといって必ずしも人間ができているわけではない。
そういえばパートで働いている母も、よく職場の人間関係で愚痴っていた。
(……人間、歳をとったからと言って〝いい人〟になるわけじゃないんだな)
なかなか絶望的な現実だけれど、高齢になるほど善人が増えるなら、世の中はもっと変わっているだろう。
若いから諍いを起こすわけでもないし、結局はその人の人間性なのだ。
高校生時代、仲良くしていた子たちとは喧嘩をしなかったけど、目立つ系の人たちは空気を読まない発言をして地味な子をいじめていた。
目立つ系の人の中には、可愛い子やお洒落に気を遣っている子がいた。
けど、容姿が優れていれば他人を馬鹿にしていいわけじゃないし、頭のいい人が悪い人を馬鹿にしていいわけでもない。
そんな人を見て、私は心の中で「ちっさいな」と思っていた。
どれだけ顔が良くてもスポーツができても、たかだか四十人程度のクラスで威張っているだけだ。
私は大学に入ったあと、高校時代の〝イケてる子〟よりずっと美人で性格のいい女の子に会ったし、柚良みたいにお金持ちなのに嫌みじゃない人とも出会った。
〝本物〟を前にすると、いかに彼女たちがつまらない虚勢を張っていたのかが分かる。
荒々しく振る舞い、さも「逆らったら終わり」という振る舞いをしていた彼女たちも、今思うと何かしらの不満やストレスに晒されていたのかもしれない。
大学生になった私はほとんど悩みがなく、何かに八つ当たりする発想も起こらない。
そりゃあ、バイトでクソ客に遭った時は腹が立つけど、同僚に話を聞いてもらって、ご飯食べてお風呂に入って一晩寝たらどうでも良くなっている。
多分だけど、神野さんみたいに日常的に誰かをいびらないと気が済まない人って、私が考えている以上のストレスを抱えているんだろう。
(……だからといって、光輝さんや緋一さんにした事を正当化できるわけじゃないけど)
ようやくタクシーに乗る順番がきて、私は緋一さんと光輝さんの間、後部座席の中央に乗った。
「……神野さんの家に行って、千秋ちゃんが〝いた〟らどうします?」
「……心を鬼にして通報するしかないだろ」
二人はそんな会話をし、私も「だよねぇ……」と深く頷く。
「……ああ……、緊張する」
私は胸元を押さえ、溜め息をつく。
「……こういう事を言ったらお二人は気分を害するかもしれませんが、初めて神野さんに会った時、雰囲気がやだったんですよね。……彼、私にペンダントを『あげる』と言った時、嫌がっている様子を見て『おや』っていう顔になったんです」
私は当時の事を思いだし、眉間に皺を寄せる。
「……あの時、神野さんは私に呪具が効かない事に気づいたんじゃないかって思います。……だから体に何かしたんじゃ……」
光輝さんは私の言葉を緋一さんに伝えたけれど、二人ともすぐ返事はしなかった。
やがて緋一さんは溜め息混じりに言う。
「……彼が俺たちに相当な恨みを抱いているのは分かった。でも、一度会っただけの女子大生に、そこまでの敵意を持つものなのか?」
その疑問はもっともだ。
普通に考えれば、よほど失礼な事でもされない限り、人は初対面の相手にしつこく拘らない。
「……千秋ちゃんを気に入ったとか? 緋一さんには柚良ちゃんを勧めたわけでしょう? なら自分がもう一人を……って思うかもしれません」
光輝さんが言ったけれど、私は「いやいやいや!」と両手を胸の前で振る。
「自分で言って悲しくなりますけど、私は柚良ほど可愛くありません。とりえは若さと元気と体力だけ!」
その時、緋一さんがポツリと呟いた。
「…………あるかもしれない」
「え?」
私と光輝さんは声を漏らして彼を見る。
「……聞いた話なんだけど、神野さんと仲良くしている同僚が、いつだったかトイレでぼやいていたのを聞いた。『神野さんはエリートで格好いいけど、プライドが高い上に性格はかなり悪い。お気に入りのキャバ嬢が他の太客の所に行った時は、怒りと嫉妬でストーカー化してた』って……」
うわあ……。
「ぐ、具体的には?」
光輝さんが先を促す。
「……執拗にメッセージを送り、その内容もセクハラ、モラハラ気質な感じだったらしい」
ぎゃああ……!
嫌な雰囲気はあったけど、顔だけはイケメンと思っていたのに。もう何も褒めるところがない。




