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幽香の庵 幽霊女子大生、神降ろしのサラリーマンと体を探す  作者: 臣 桜


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神野の家へ

 目黒駅から新宿駅までは、山手線で十分少しだ。


 沙織さんと柚良とは一旦駅でと別れる事にする。その時点で時刻は十五時過ぎになっていた。


 別れ際、緋一さんは沙織さんに言う。


「助けてくれてありがとう。今はバタバタしてるけど、また改めてお礼を言いたい。……それに、他にも言うべき事があるし」


「……ん、分かった」


 彼は柚良にも向き直り、頭を下げる。


「巻き込んでしまって申し訳なかった。必ず千秋ちゃんを助け出す」


「私についてはお気にせず。お互い様と思いましょう。……でも、千秋の事は宜しくお願いします。何かあったらすぐ連絡をください」


 柚良はまっすぐな目で緋一さんに訴え、微かに握った拳に力を込める。


「分かった」


 確認し合ったあと、二人は改札をくぐってホームに向かい、私も彼らと一緒に電車に乗り込んだ。


 丁度、ギリギリで出る電車があったので二人は一段抜かしに階段を下り、私は必死に駆け下りてゼエゼエしている。


 電車が動き出したあと、緋一さんは改めて謝った。


「悪かったな」


「いえ……」


 光輝さんは静かに首を横に振る。


「……俺、光輝に酷い事を言った自覚はあったんだ。普段はそんな事まったく思っていなかったのに、口から勝手に言葉が出る。……タチの悪い事に、お前を悪く言っていると、本当に鬱陶しく感じているように思えた。……酷い体験だった」


 彼は溜め息をつき、後悔の宿った目をする。


「……どうしてこうなったのか分からない。神野さんがペンダント越しに呪いを掛けた? ……にしても、光輝に酷い事を言ったのは俺だし、同僚に嫌な思いをさせたのも俺だ。……週明け、皆にしっかり謝るよ。その前に、光輝にも改めて許しを乞いたい。本当に申し訳なかった」


 緋一さんは電車の中だというのに、構わず頭を下げる。


 光輝さんは人の目を気にし、「やめてくださいよ」と彼の肩をポンポン叩く。


「……緋一さんは恩人です。俺の実家はご存知の通り神社で、初夏に兄を喪った事や三十歳になったら本格的に神職に就く事や、色んな事情で不安定な俺を、あなただけは軽んじず、一人の後輩として見てくれた。……こう言ったら笑われるかもしれませんが、俺は緋一さんの事をもう一人の兄貴のように思っているんです」


「それは光栄だな」


 彼は優しく微笑む。


「だから、あなたに何を言われても『これは本当の緋一さんじゃない』と思えました。先ほど話したように、緋一さんは憑かれている感じがあったので、確信を深められました。……でも今までの俺じゃ祓い方が分からなかったから、どうにもできなかったんです。……神道系の大学を出て祝詞を唱えられても、実際のお祓いができるかどうかは別です」


「……光輝は自分の家や霊感に負い目を感じているようだけど、俺はそんな光輝に助けられたんだから、もっと胸を張っていいと思う」


「緋一さんにそう言ってもらえたなら、少し救われた気がします」


 彼の言葉に微笑んだ緋一さんは、興味深そうな顔で話題を変えた。


「ところで、千秋ちゃんってどんな子? 光輝の話だと、今もここにいるの?」


 言われて、光輝さんはチラッと私を見てから頷く。


「多分、凪さんの店に入ったら彼女の姿が見えると思います」


「ああ、二重という世界に属しているからか。面白いね」


 一般人から見ればトンデモな話なのに、緋一さんはあっさり受け入れている。


 こうやって柔軟な思考を持つ彼は、大物かもしれない。沙織さんとも少し似ている。


「光輝にとって、千秋ちゃんって大切な子?」


 やにわに緋一さんがそんな質問をし、私も光輝さんも噴き出しかけた。


 私たちはチラッと視線を交わし、決まり悪く視線を逸らす。


 光輝さんは小さく息を吐き、慎重に言葉を選んで答えた。


「……正直、出会ったばかりですし、彼女は女子大生です。恋愛的な意味でなら、そういう気持ちはまだないです」


 ですよねー!


 でも、〝まだ〟ないなら、将来はワンチャンあり……?


 私が考えている間、光輝さんは言葉を続ける。


「けど、凪さんの店で俺が過去の話をしたあと、彼女は発破をかけてくれました。普通の人は家族を亡くしていると知ったら気を遣います。何か言ったとして、当たり障りのない言葉でしょう。……でも千秋ちゃんは、ストレートに俺を励ましてくれました」


 私は窓の外を見ながら、じわりと頬を染める。


「まだ子供っぽさはありますし、未知数の子です。……でもきっと、将来は素敵な女性になると思います」


 光輝さんの言葉を聞いた私は、横を向いてグッと拳を握った。


 ――と、電車に乗っている人の間から、迷い人がこちらを見ているのに気づいてしまった。


 靄だからどこに顔があるか分からないけれど、直感で「目が合った」と感じたのだ。

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