改めて対面
新宿三丁目まで戻った私たちは、果たして沙織さんも一緒にお店に入れるのか少し悩んだ。
するとカクが現れ《凪が『入れてあげる』って言ってるから、光輝と手を繋いでその辺のドアをくぐりな》と指示してきた。
その通りにした途端、沙織さんは目の前に広がる美しい店内を見て「えぇっ!?」と声を上げた。
「ど……っ、どういう事? 私、今まったく別の店に入って……、えっ!? すごーい! 素敵なお店!」
沙織さんは感嘆の声を上げたあと、傍らにいる私を見て目をまん丸に見開いた。
「もっ、もしかしてあなたが千秋ちゃん!? 本当にいたの!? 私、視えてる!?」
「あっ、視えてるんだ。どうも」
私はまさか霊感のない彼女に認識されると思わず、ペコリと会釈する。
肉体に戻ってから会う事があったら、きちんと挨拶したいなと思っていたけれど、まさかこんな不意打ちで言葉を交わすとは思っていなかった。
なので「どうも」と素っ気ない挨拶をしてしまって、内心頭を抱えた。
「ち……っ、千秋ちゃん? 羽根谷千秋ちゃん?」
沙織さんは、わなわなと唇を震わせて興奮し、私の名前を確かめてくる。
「はい、そうです。花南沙織さん、お話はすぐ側で聞かせていただいていました。姿が見えず、失礼しました」
「いっ、いえ、いいのよ。……あー……、びっくりした……」
彼女が胸に手を当てて大きな溜め息をついた時、「いらっしゃーい」と凪さんの声がした。
沙織さんは奥から出てきた麗人を見て目を奪われ、言葉を失っている。
確かに、凪さんはヴィジュアルが完璧だからね……。そうなるの分かります。
「私はこの店の店主、宇津美凪。まぁ、とりあえず奥の椅子にでも座って。お茶を出すよ。それから話をしよう」
彼女に促され、沙織さんはまだ動揺しつつもぎこちなく頷く。
それから色んな物が置かれている店内を珍しそうに見ながら歩き、カクの鹿頭を見て「もしかして……」と彼を指さす。
「どうも~! カクでーす!」
「っきゃああああぁああぁっ!!」
カクの底なしに明るい声を聞き、沙織さんは凄まじい悲鳴を上げた。
……そりゃそうなるよね……。
「こっ、光輝くんっ! 鹿っ、鹿の頭がしゃべった!」
「……そうなんスよ。俺も驚きました。しかも神様なので、彼が俺に降りるんです。その時、どうやら俺は人の体に鹿の頭になってるみたいですよ」
「うええええ……」
沙織さんは見ていて可哀想なほど動揺しながらも、なんとか奥にある応接セットの椅子に腰かけた。
ほどなくして凪さんがガラスのティーポットにハーブティーを入れ、それぞれの前に置く。
「沙織ちゃんはトゥルシー。ホーリーバジルとも呼ばれてる。少しスパイシーだけど、不安や緊張、疲労をほぐすのにいいよ。光輝はアシュワガンダ。疲労に効くよ。千秋はラベンダー。こっちも不安や緊張、疲労に効果がある。……私がオリジナルブレンドして飲みやすくしたけど、お好みでミルクや砂糖もどうぞ」
「ありがとうございます」
私たちはお茶のお礼を言ってから、ハーブティーを飲む。
「まず、改めて自己紹介してもらっていい?」
凪さんに言われて私たちは自己紹介し、それでようやく正式な縁が結ばれた気がした。
「……ところで大前提なんですが、千秋ちゃんっていま幽霊みたいなものじゃないですか。お茶を飲んでるし、幽霊を見た事のない私にも視えてるし……」
沙織さんのもっともな質問に、凪さんはゆったりと脚を組んで答える。
「光輝から説明を受けたと思うけど、ここは沙織ちゃんが生活している世界と、あの世との間にある場所なんだ。この店は私の守りが効いてるから、他の霊は入る事ができない。私が許可を得た者、もしくは店に入る資格のある者がドアをくぐれる。二つの世界が重なっている状態だから、霊体の千秋がお茶を飲む事もできるし、幽霊を視られない沙織ちゃんが千秋を認識する事もできる。……まぁ、メカニズム的によく分からなかったら『そういう事もある』って思っといて」
最後は雑に纏めた凪さんに、私は心の中で「ねーよ」と突っ込む。多分、光輝さんも同じだろう。
沙織さんは常識を覆す店、人々(?)を前に呆然としながら頷いていた。
私は彼女のショックが落ち着くまで、凪さんと会話する事にした。
「このお店は匂いに守られてますね。生身の時は何とも思っていなかったんですが、外は色んな匂いがしてしんどかったです。すれ違う人の中にも憑かれているのか、匂いのきつい人がいました」
私がそう述べると、彼女は訳知り顔で頷く。
「人って誰しも、気づかないうちに生き霊に憑かれているんだよ」
「私もですか?」
「なくはないね」
私の質問に凪さんは軽く答える。
「顔を合わせている人からだけじゃなく、ネット上で恨みを買った人、直接関わっていない人からも生き霊を飛ばされる事はある」
「うええ……」
私はしかめっ面になる。




