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幽香の庵 幽霊女子大生、神降ろしのサラリーマンと体を探す  作者: 臣 桜


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怪しい人物

「分からない。でも鹿の神様の力で、一瞬でも元の緋一に戻るなら縋ってみたい」


「さっきカクに祓われた柚良ちゃんは、自我がなくなったように思えました。店を出ていったのも、カクに『去れ』と命令されて従っただけ。……多分、自分の家に帰ったあとは何が起こったのか覚えていないんじゃないかと思います。……だから、緋一さんを祓ってもらったとしても、会話ができる状態になると思えません」


「……じゃあ、考え方を変えましょう。緋一と柚良ちゃんはなぜ取り憑かれたのか」


 そもそもの問題を提示され、私たちは黙る。


「……千秋ちゃん、柚良ちゃんは誰かに恨みを買うような子だった?」


「いいえ。普段の彼女はとても温厚で、裕福な家庭の子ですが、友達の反感を買わない立ち居振る舞いを徹底していました。慎重な性格をしていますし、彼女が誰かと衝突するなんて想像できません」


「うん……」


 光輝さんは納得したように頷き、私が話した事を沙織さんに伝える。


「逆に、緋一さんはどうですか?」


 私が質問すると、二人はそれぞれの意見を口にした。


「緋一さんは優秀だし人望があって格好いい人だから、嫉妬されていると思う。彼が誰かに害意を持たなくても、一方的に僻まれたり、被害妄想から事実ではない事を吹聴する人もいる」


 光輝さんが言い、沙織さんも頷いた。


「私も同感だわ。緋一は子供の頃から目立っていて、学生時代も女子に〝取り合い〟をされていた。それを見て男子の反感を買い、無視されていた時期があったわ。……中学、高校ではいつも皆の中心にいたし、誰かをいじめたりしなかった。でも周りにいる調子に乗った人が地味な子をいじめたり、からかったりしていたから、緋一まで恨まれていた可能性はある」


 目立つ人は得をしていると思われがちだけれど、逆にそのイメージから勘違いされやすくもある。


 大した意味のない言葉も、被害者意識のある人は歪曲して捉えて「馬鹿にされた」と思うだろう。


 目立つ人に対して嫉妬心や劣等感があるから、彼らには〝悪い人〟でいてほしいと思い、そのように捉えるのだと思う。


「……緋一自身も、そういう事には気をつけていたみたいで、大学生、社会人になったあとは付き合う人に気をつけていたみたい。私の店に来て『イケメンと言われるのがつらい』と零していた事もあった。外見で判断されるのが嫌みたい。『性的にだらしない付き合い方をしている』と言われたり、『過去に彼女を妊娠させた事がある』と噂されたとか……」


 それを聞き、私は溜め息をついた。


「エリートのイケメン男性って一番立場が強いように思えますけど、そうでもないんですね」


「緋一さんには悪い噂を立てられても笑い飛ばすタフさや、仕事で結果を出す実力がある。……でも心まで鉄でできているわけじゃないから、本心では傷付いていると思うよ」


 光輝さんは私の言葉を沙織さんに伝言しつつ返事をする。


「……仮に緋一を憎んでいる人がいるとして、……心当たりはある?」


 沙織さんに尋ねられ、光輝さんはしばし考える。


「……みんな、腹の底では何を考えているか分かりませんからね。……でも……」


 そこまで言い、緋一さんは両手で頭を抱えてテーブルに肘をつく。


「何でも言ってみて。誰の名前を出しても、私は告げ口しないわ」


「……神野晶(じんのあきら)さん」


 光輝さんは溜め息混じりに名前を口にする。


「三十歳で営業部のやり手。緋一さんが入社した時は教育係としてついたらしい。それまでは彼が営業部のエースだったけど、あっという間に緋一さんに抜かされてしまった」


「それは……、恨まれそうね」


 沙織さんが溜め息混じりに言う。


「さっき柚良から悪臭を感じましたが、神野さんに異変はありましたか?」


 私の質問を聞いて、彼はハッと軽く瞠目した。


「……すれ違った時、妙な匂いがするなとは思ってた。……今になって言われてみれば、どことなく顔色が悪かったかもしれない」


 言ったあと、光輝さんは深い溜め息をつく。


「……本当に今さらですまない。……言い訳をすれば、いつも自分の仕事で手一杯で、他人……まして同性を気にする暇なんてなかったんだ。……それに神野さんは、俺を見下して馬鹿にしていた。だから余計に『関わりたくない』と思って視界に入れないようにしていたんだ」


「そう思うのは当然だわ」


 沙織さんは同意し、光輝さんに非はないと訴える。


「……光輝さん、提案なんですが、沙織さんも一緒に凪さんのお店に戻ってみませんか? 彼女の知恵も借りたほうがいい気がします」


「そうだな」


 彼は頷き、沙織さんに一緒に凪さんの店に来られないか提案する。


「勿論、行きたいわ。その不思議なお店にも凪さんにも、鹿の頭のカクにも会ってみたい」


 私はニコッと笑った彼女を見て「結構大物だな……」と感じる。


 同時に沙織さんと出会った事も、運命の一部なのかと思った。




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