沙織とカフェへ
店の外に出て待っていると、しばらくして私服に着替えた沙織さんが「お待たせ」とやって来た。
白Tにベージュのカーディガン、ブルージーンズというシンプルな格好なのに、飾り気のないナチュラル感が彼女の魅力を引き出している。
「近くの店でいい? お昼ご飯食べたいわ」
「はい」
そのあと二人は世間話をしながら歩き、イタリアンの店に入った。
(わあ……、美味しそう。体に戻ったら絶対来よう)
二人はメニューを見て、それぞれパスタを頼んでピザとシーザーサラダをシェアするようだった。
光輝さんと沙織さんは二人掛けの席に座り、私は少し迷ったあと、ベンチシートの空いている所に座った。
オーダーしたあと、沙織さんは水を一口飲んでから溜め息をつき、切りだした。
「……緋一は会社でも相変わらず?」
「そうですね。仕事ができるのは相変わらず……と言いたいですが、誰彼構わず暴言を吐くので、他部署との関係が悪くなっています。営業の成績がトップだったのも、人当たりの良さや気遣いがあっての事でしたが、今は一緒に外回りをしていると、強引に契約を結ぼうとする姿勢を感じられます。先方もそういう雰囲気を感じるとムッとされ、いやみを言われる事も多くなりました。……うまくいかなかった時は、帰りの社用車の中でハンドルを叩いて先方を罵ったりで……」
光輝さんの言葉を聞き、沙織さんは溜め息をつく。
「……本当にどうしちゃったのかしらね。前はそんな人じゃなかったのに」
緋一さんを想っているなら、彼女としても他人事じゃないだろう。
沙織さんを見ていて「いい人そうだな」と感じた私は、光輝さんに提案してみた。
「彼女に霊だのなんだの……って言うのは、良くないでしょうか? 笑われて終わりか、信じてくれるか……」
[他人の言う事を馬鹿にする人ではないから、言ってみる価値はあるけど、信じてくれるかは分からない。……でもこの件については沙織さんも悩んでいるから、少しでもとっかかりができるなら……、と捉えてくれる可能性はある]
「慎重に言ってみたら味方になってくれるかもしれませんね」
[だね。もしもこちらの事情を理解してくれたら、視える人ではないけど、千秋ちゃんの件についても協力してくれるかもしれない]
「……ありがとうございます」
光輝さんにも解決したい事があるのに、こうやって私を優先してくれるのはありがたいし、優しいな思う。
沙織さんは物憂げな表情で、緋一さんの変化を語る。
「前にも言ったけど、緋一は全然連絡をくれなくなったのよね。私から連絡をしたら凄く雑な扱いをするし、あんまりにも人が変わって誰かと思っちゃった」
彼女も緋一さんに暴言を吐かれたのか、その表情は曇っている。
「本心ではないと思いますよ」
「そうね。……そう信じたい」
光輝さんは話題を切り替えた。
「俺、柚良ちゃんの親友を知ってるんです」
話題が変わり、沙織さんは顔を上げて興味深そうな表情をした。
「その子は千秋ちゃんと言うんですが、彼女が言うには、柚良ちゃんも緋一さんと同じように突然性格が変わったみたいなんです」
「……何それ。……どんな関係が……」
「緋一さんと柚良ちゃんは、なんらかの事情で同時期に性格を変えてしまった。千秋ちゃんは親友を心配し、俺たちは緋一さんの心配をしている感じです」
「……緋一と柚良ちゃんに何があったのかしら。……私、柚良ちゃんにはあまりいい感情を持てていないけど、何かに巻き込まれただけなら気の毒だと思うわ。……緋一って女子大生と付き合うタイプじゃないのよ。自分の社会的な立場や守るべきものを自覚しているから、不安要素とは距離を取る人だわ。夜のお店だって行かないし、休みができたら友達や私を誘って健全にキャンプやBBQ、スポーツをする。……緋一はそういう人だって、ずっと側にいる私が一番よく分かってる」
「ですよね」
光輝さんが頷いた時、シーザーサラダが運ばれてきて二人はシェアをする。
それを食べながら、光輝さんは慎重に切りだした。
「……俺、前のキャンプの時に『幽霊が視える』って話をしたじゃないですか」
「ああ、うん」
彼女はサラダを咀嚼しながら頷く。
「……その関係で心当たりがあるって言ったら……、胡散臭いと思いますか? 信じてくれますか?」
沙織さんはそれを聞き、一旦フォークを置いて腕組みをし、少しテーブルから体を離してマジマジと彼を見る。
そのまま彼女は、真偽を問うような目で彼を凝視していたけれど、溜め息をついて再度フォークを手にすると言った。




