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幽香の庵 幽霊女子大生、神降ろしのサラリーマンと体を探す  作者: 臣 桜


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20/71

カフェ『フルール・カナン』にて

《ほらほら、動揺してるとあいつが調子に乗るから。スッと澄ましてな。……まぁ、千秋には無理かもしれないけど》


 カクは鹿頭なのに憎たらしい表情でニヤリと笑い、私の背中に手を当てて自分のほうに引き寄せた。カクのくせに。


「光輝さんの体を勝手に操るのやめてよ」


 どうやらカクが現れた時、光輝さんの体は意のままに操れるらしい。


 光輝さんから触られた事はないのに、ファーストタッチがカクだなんて悲しすぎる。


《パイプが通った以上、僕がどう降りようが、何をしようが自由だしねぇ……》


 カクは横を向いて《ふふん》と笑っている。


《まぁ、とにかく、さっきも言ったように感情と匂いは密接に結びついてる。怒った時、悲しい時、楽しい時、なんなら色気づいて盛ってる時もそれぞれ匂いが異なる。生身の人間でも、嗅覚が敏感な人はそういうのが分かるもんなんだよ》


「マジですか……」


 私は呆然として呟く。


《一般的な死者が元気のある生身の人間に取り憑こうとしても、大して生命エネルギーを削る事はできない。でも今の千秋は霊体だから、感情と共に生者の匂いがブワーッと広がって彼らを刺激する。加えて死者は自分たちを怖がってる者、興味を持ってる人へのアピールが強い。だから可能な限り恐怖心は持たないほうがいいし、気にしてる素振りも見せないほうがいいよ》


 カクから真面目なアドバイスを受け、私は頷いた。


「ありがとう。気をつける」


《じゃあ、またねー。バーイ》


 カクはそう言ったあと、スッと光輝さんから抜けていった。


「はぁ……」


 光輝さんは溜め息をつき、確かめるように自分の体をポンポン叩いている。


「カクが降りた時ってどんな感じになるんですか?」


[うーん、グイッと意識が後ろに引っ張られる感じかな。目線は同じだし、触った物の感触も分かる。聴覚も嗅覚も働いているけど、自分の意志では動かせない。そんな感じ]


「なるほど……。不快感とか、自分が自分じゃなくなる感じとか、弊害はないですか?」


 いくら光輝さんが自分の意志で神降ろしに応じたとはいえ、私を手伝うためとなれば責任感がある。


 もしも私のせいで光輝さんの体調が悪くなったら、申し訳ないじゃ済まない。


[大丈夫だよ。凪さんもカクも、色々と事情はありそうだけど基本的にいい人だと信じてる。それでなかったら千秋ちゃんを助けないだろうしね。神降ろしについても、危険な行為を勧めるとは思えないんだ。長期的に見たら危険かもしれなくても、短期間なら問題ない。彼らはそう捉えてると思うよ]


「そうですね。今はあの人達しか頼れませんから」


 そこまで話した時、柚良が姿を現した。


 柚良は中肉中背で、ウエーブの掛かったミディアムヘアをクリップでまとめ髪にし、ミントグリーンのモヘアニットに、白いチュールスカートを穿いている。


 あれだけ光輝さんを警戒しながらも、柚良はしっかりメイクをしてよそ行きの格好をしてる。


 残念ながら、女子大生という生き物はそういうものなのだ。


(でも光輝さんに先に会ったのは私だからね!)


 彼に聞かれてはいけないので、私は心の中で宣言する。


「お待たせしました。行きましょうか」


 柚良は光輝さんに言い、彼から少し離れて駅に向かって歩き始めた。






 柚良が向かったカフェ『フルール・カナン』は彼女のお気に入りの所で、店内に花が溢れる素敵な所だ。


 どことなく凪さんのお店を思い出した私は、妙な安堵感を覚えていた。


 光輝さんはコーヒー、柚良はフルーツティーを頼んだ。


 随分久しぶりに感じられるカフェに入り、私も何か頼みたくなったけれど我慢しておいた。


 光輝さんは店の奥のほうを見ていて、なんだか様子がおかしい。


 ――と、柚良が先に口を開いた。


「まず、失礼ですけど、あなたが本当に千秋のお兄さんだという証拠はありますか?」


 もっともな事を言われ、光輝さんは不安そうな表情で免許証を出す。


 事前にそうなる事も考え、凪さんが彼の身分証すべてに〝おまじない〟をかけていた。


 光輝さんが「羽根谷光輝だ」と強く念じると、その時だけ身分証の名前が変化して見える、ちょっとした魔法みたいなものらしい。


「……ありがとうございます」


 柚良は彼が私の兄だと信じたらしく、先ほどより和らいだ表情になって溜め息をついた。


 それから彼女は水を飲み、知らずとまた息を吐く。


「……私も千秋の事、心配しているんです。最後に会った時は喧嘩別れをしてしまったとはいえ、親友ですし嫌いになったわけじゃありません。……ちょっとムカッとくる事を言われたから怒鳴ってしまったけど、まさかあれが最後の会話になるなんて……」


 ちょっと待て。最後の会話って縁起が悪いからやめてほしい。


「……まぁ、まだ亡くなったわけじゃないですから、希望を持ちましょう」


 光輝さんが慰めるけれど、柚良はさめざめと泣き始める。


「でも行方不明になってもう一週間ですよ? 千秋のお母さんだってあんなに憔悴して……」


 彼女の話を聞き、家族が心配してくれているのだと知って胸がギュッと痛くなった。


「柚良ちゃん……、と呼んでもいい?」


「はい」


「柚良ちゃんは、千秋が失踪した心当たりはないかな? 警察にも聞かれているだろうし、うちの両親にも質問されたあとだと思ってる。重複するのは承知の上で、些細な事でもいいから何でも教えてほしい」


「……そう言われましても……」


 柚良は本当に心当たりがないようで、視線を落とす。


 ……っていうか、さっきから柚良が臭いと思うのは私だけだろうか。

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