親友のマンションへ
渋谷駅に着いたあと、私は覚えている道を辿って柚良の家に向かった。
柚良は表参道にあるマンションで一人暮らしをしている。
見覚えのあるマンションを見上げると、期待と不安とで胸が高鳴る。
エントランスに入ってインターフォンの前に立つと、二人とも期せずして溜め息をつく。
「いくぞ」
光輝さんは小さく呟いたあと、呼び出しボタンを押した。
少し経ってから、インターフォン越しに柚良の声がした。
《はい?》
光輝さんはゴクッと唾を嚥下してから名乗った。
「初めまして。俺は羽根谷光輝と言います。三津邑柚良さんですよね?」
《……はい》
柚良は戸惑った声で返事をする。胡散臭い男が来たと思っているんだろう。
「お話をしたくて伺いました。羽根谷千秋をご存知ですか?」
《……どうして千秋を知ってるんですか? 千秋の知り合いですか?》
緊張を孕んだ声を聞いた瞬間、私は声を張り上げた。
「柚良! 私! ドアを開けて!」
十分に大きな声を出したはずだったのに、彼女は光輝さんに話しかけた。
《あなたは千秋とどういう関係なんですか?》
「…………あ、……兄です」
光輝さんは動揺しつつ言う。
嘘をつけない素直な人なんだろうけど、しっかり!
《千秋はお兄さんがいるなんて言ってませんでしたけど》
「……喧嘩してばっかりで嫌われてるから、言わなかったんだと思います」
よし、なんとか持ちこたえた。
けれど光輝さんはタラタラと冷や汗を掻いていて、表情も引きつっている。
勘の鋭い人なら、すぐに彼が嘘をついていると分かるだろう。
(そういう所がいいんだけど……)
「光輝さん、なんとか柚良と会える状況にしてください」
[やってみる]
焦っているみたいだけど、私との会話は心の中でという事は失念していないようだ。
「お願いします。怪しい奴と思っているのは承知の上ですが、顔を合わせて話せないでしょうか。俺としても、妹の行方が分からなくなって不安で堪らないんです」
光輝さんが言ったあと、柚良は溜め息をついて譲歩してくれた。
《じゃあ、ちょっと待っていてください。いくらなんでも知らない男性を家に上げられないので、近くのカフェにでも入って話しませんか? 申し訳ないですが、突然自宅まで押しかけられて、怖いと感じているのは事実なので》
確かに柚良の言う通りだ。
「すみません、仰る通りです。下で待っていますので、支度をしてもらえたらと思います」
《分かりました。少し待っていてください》
そこまで会話が進んだあと、インターフォンはプツッと切れた。
光輝さんは怪しまれないようにすぐ移動し、外まで戻る。
「私の事を覚えてくれて良かったです。幽霊になっちゃったから、忘れられてるかも……って、心配だったので」
[まず、一つクリアと思おう。どんな状況になっているのか、全容はまだ把握できていないけれど、千秋ちゃんがどこにいるか、手がかりを探していくんだ]
「はい」
頷いた時、私はうなじが逆立つような感覚を覚えて振り向く。
すると少し離れた電柱の陰に迷い人がいて、こちらを窺っていた。
「……光輝さん……。あれ……」
[ああ。……でも一体なら大丈夫だと思う]
彼は迷い人と目を合わせないように、周囲の景色を見るふりをしながら言う。
「……ちなみにどんな幽霊ですか?」
小さな声で尋ねると、光輝さんは首を横に振った。
「どんな姿をしているか知ったら、余計に怖くなると思うから、知ろうとしないほうがいいと思う」
その時、底抜けに明るい声がした。
《感情と体臭って結びついてるからね! 恐怖心を抱いたらそういう匂いになるから、相手にもバレるよ!》
カク! こいつがいたの忘れてた!
私はいきなり光輝さんが鹿頭になってビクッとし、一歩後ずさる。




