即席コンビのできあがり
「あれは形だけだね。カクが宿るために、ハンティングトロフィーとして飾られていた鹿の首を引き取り、そこにカクを降ろしたんだ。憑代さえあればカクはどこにでも行ける。だから、店で私のアドバイスを聞いたカクが、光輝に宿って君たちに伝言する事も可能なんだ」
「なるほど……」
とりあえず納得した私は、ぼんやりとカクを見つめる。
「僕がいい男だからって、見とれるなよ……」
「間違えても鹿には見とれないわ」
自惚れ鹿に、私はボソッと突っ込む。
「……安全なら神降ろし……、をするのもやぶさかではないですが、どうやれば? 俺は本当にしがないサラリーマンで、神社の掃除ぐらいしか手伝ってないんですよ」
光輝さんは困ったように言う。
「じゃあ、ちょっと〝繋いで〟おこうか」
凪さんは立ちあがり、光輝さんに「おいで」と言ってカクのもとへ行く。
少し怯えた表情で光輝さんがカクの前に立つと、凪さんは彼の手をとってカクの鼻面に触らせた。
「はい、終わり」
「え?」
てっきり神主さんのように祝詞でも唱えるのかと思いきや、あっさり「終わり」と言うので私も光輝さんも困惑顔だ。
「凪、この子凄いね。霊力が通る穴が物凄く広い」
カクが感心したように言い、彼女は「マジか」と頷く。
「……これで俺は〝アメノカク〟を降ろせるようになったと?」
光輝さんはまだ不安そうな表情だ。
私もそれには全力で同意で、ただ触れるだけで神様を降ろせると思っていない。
それに答えたのはカクだった。
「僕らにも意志がある。神社に祀られている神は大勢の願いを向けられて、疲れてやる気がなくなってる。でも真剣な祈りなら聞き入れるけどね。特に宮司が祝詞を唱えて丁寧に『お願いします』と頼んだら『やってあげよう』って応えるんだ。でも僕の場合、こうして目の前でやり取りを目にしてるじゃん? だから、凪の客だし力になってやらないでもない……と思ってるから、祝詞なしでも協力できるわけ。触ったのは、目に見えない霊力のパイプみたいなのを繋いだんだよ」
「へぇえ……」
私はまだ疑い深くカクを見る。
「まぁ、論より証拠っていう事で、さっそく外に出てみなよ」
凪さんに言われ、私はこわごわと出入り口のドアを見る。
「怖い気持ちは分かるけど、あまりのんびりしていられないのは分かるよね?」
「はい」
お膳立ては十分にしてもらったし、光輝さんが付き添ってくれる。
自分の問題なのに、全部他人に任せて助けてもらおうなんて思ったら駄目だ。
何かを得るなら、相応のリスクを得る事も覚悟しなければ。
私は左手首にあるブレスレットを右手でギュッと握り、「行きましょう」と言う。
「よし、とことん付き合うよ」
彼が微笑んだ時、凪さんは机から小瓶を二つ手に取った。
「これはブーストのお守りだと思って。千秋はジャスミンとローズウッド、プチグレン。精神を安定させてくれる香りだ。……光輝はライムにネロリ、プチグレン。作用は似た感じだけど、君は実際に現世の人と話して接しなければならないから、この香りでリフレッシュして自分をしっかり保って」
「はい」
私たちは小瓶を受け取り、凪さんに言われたように数滴手首に落とす。
するとフワッといい香りがし、気持ちが幾分シャッキリしたように思えた。
「こういうの、自分でも作れますか?」
「材料があればできるけど、私のは特別なモノがブレンドされてるから、まったく同じとはいかないよ」
ニヤッと笑われ、私は「そうだった」と彼女が単なる調香師ではない事を思いだした。
「じゃあ、肉体に戻れるまでお世話になります」
私はもう一度手首の匂いをスンッと嗅いでから、光輝さんに「行きましょう!」と笑いかけて歩き始めた。
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外に出ると、いきなりガヤガヤとした喧噪に包まれ、私は面食らう。
周囲を見回すと飲食店やパチンコ屋、占いの店などがあり、本当にごく普通の街並みが続いている。
「……えっと、この辺は新宿のどこですか?」
「三丁目辺りかな」
「はぁ……」
私は昨晩逃げ惑っていた時の心許なさを思い出し、溜め息をつく。
迷い人は……と思って周囲を見ると、パッと見た限り目に付かない。
「光輝さん〝視え〟ますか? 私からは迷い人は認識できないんですが」
彼はグルリと周囲を見回して「害のありそうなのはいないと思う」と小声で言った。
現世の人から見れば、私と会話している光輝さんは独り言を言っているように見えるんだろう。それはあまりにも可哀想だ。
(何とかして、意思疎通を図る方法はないかな……。そうだ、スマホのメッセージに打ち込んでもらったら……)
思いついて光輝さんに提案しようとした時、私は彼を見て「ぎゃあっ!」と悲鳴を上げた。




