行動する前に
「見てれば分かるよねぇ。ニヤニヤしてさ」
愉しそうに言われ、私は赤面して決まり悪くそっぽを向く。
「まぁ、好きなら応援するよ。私はいっさい関知しないけど、頑張りな」
「でも光輝さん、最初凪さんに見とれてませんでした?」
「自慢じゃないけど、初見のお客さんは皆私の顔に見とれるよ。光輝からは色目みたいなものを感じなかったし、千秋が気にする必要はない」
彼女の言葉を聞いて興味を抱いた私は、バッと凪さんのほうを見て質問する。
「お客さんに迫られた事ってあるんですか?」
すると彼女は嫌そうに答えた。
「あるよ。でも、この店で私に手を出そうなんて考えた日には、痛い目に遭ってもらうけどね」
彼女はカラカラと笑ったあと、脚を組む。
「話が横道に逸れたけど、柚良ちゃんの住まいは覚えてる?」
「はい」
「なら、まず柚良ちゃんの所に行って、光輝に千秋の事について質問してもらって。それから、緋一くんとも話したほうがいい」
「……万が一、危険な目に遭ったら?」
私は不安げに尋ねる。
お守りをもらったし、光輝さんもいる。でも彼は霊を祓えるわけじゃない。
せいぜい私と一緒に逃げるのが関の山と思っているけれど、もしも迷い人に追い詰められたら、霊体の私はあまりに危険だ。
「私は外には出ないけど、指示を出す事はできる」
「本当ですか? どうやって?」
「ま、あとから光輝が来たら話すよ」
それで話は終わり、十時まで私たちはたわいのない話をしながらテレビを見ていた。
テレビに映っている現世に自分は属していたのに、今はそれをとても遠く感じた。
**
十時前に凪さんと一緒に店の椅子に座っていると、カクが大きな声で告げた。
「お客様のご来店~!」
けれど私は「そろそろだろうな」と思っていたので、大して驚かずに済んだ。
するとカクは「ちっ、驚かないのか」と舌打ちをする。
「あんた、本当に性格悪いね」
「店から動けないから、娯楽に飢えてるんだよ」
私とカクが睨み合っていると、「あー、入れた!」と光輝さんが入店してきた。
「おはようございます!」
私がニコッと満面の笑顔で彼を迎えるのを見て、カクはまた舌打ちをしする。
光輝さんは黒いハイネックニットの上にジージャンを羽織り、黒いテーパードパンツにスニーカーという姿だ。
スーツ姿も格好いいけど、イケメンは何を着ても格好いい。
挨拶が終わったあと、私たちは応接セットで打ち合わせをする。
「千秋から聞いたけど、柚良ちゃんの家は表参道にある。これから二人で向かって、まず彼女に話を聞いてみてほしい。道案内は千秋に任せて、光輝は怪しまれない話の流れを考えて」
「そうは言われても……、下手すると不審者ですからね」
光輝さんが困り果てた顔で腕組みすると、凪さんは提案する。
「千秋にはお兄さんがいるらしいし、兄として心配している体にしたら? 『妹が家に帰っていない。だから話を聞きたい』って言ったら、大体の人は応じてくれると思うよ」
「……まぁ、やってみますか」
光輝さんが頷くと、彼女は「そうそう、行動あるのみ」と激励する。
「迷い人? は、お守りで遠ざけられるんですか?」
彼が自分のペンダントを握って尋ねると、凪さんは頷く。
「お守りから半径三メートルは守られていると言っていい。でも、一般的な迷い人に限りだ。時々、物凄い悪霊とエンカウントする事もあるけど、〝視える〟なら、そういうのと鉢合わせないように千秋を誘導して」
「分かりました」
光輝さんは凪さんの言っているモノに心当たりがあるのか、少し固い表情で頷く。
「凪さんが遠隔で指示を出すと言っていたのは?」
私が尋ねると、彼女はニカッと笑って光輝さんを指さした。
「彼、さすが神社の跡取り息子なだけあって、神降ろしに適した体質をしてるんだ」
「え?」
光輝さんは思ってもみない事を言われ、戸惑っている。
「そこで登場するのが……、じゃじゃーん、カクです!」
「どうも~!」
凪さんに紹介され、カクが明るく話に割り込んでくる。
「なんでその首だけ鹿?」
私が突っ込むと、カクは「ペッ」と唾を吐く真似をする。本当に態度が悪い。
「ずっとここにいるから性格がねじ曲がってしまったけど、カクは古事記に出てくる〝アメノカク〟という鹿の神の化身なんだ」
「ええ……?」
まったく神様らしからぬ態度のカクを見て、私は表情を引きつらせる。
「なんで首を切られてるんですか?」
光輝さんがもっともな質問をする。




