二重で迎えた朝
翌朝、服を着て髪を梳かし、階下に向かうと凪さんがソファに座ってニュースを見ていた。
「おはようございます」
「おはよう。よく眠れた?」
「はい、お陰様で」
凪さんは昨日の中華風の服は脱ぎ、代わりにゆったりとした生成り色のワンピースにスパッツ、その上にダボッとしたカーディガンを羽織っていた。
……やっぱり、性別が分からない。
一応、女性と思う事にしたけれど、男性にも見える。
でも最初に凪さんが言っていたように、何でも白黒つけようとすると、かえって視野が狭くなってしまうんだろう。
この世に起こるすべての事が、明確な科学的根拠を添えて説明できるわけではない。
それでなければホラー映画もオカルトも流行せず、鼻で嗤われて終わりだろう。
未知という余白があるから、私たちは夢を見て、理解できないものを畏れる事ができるのだと思う。
「食欲はある?」
凪さんに尋ねられ、私は頷いた。
「必要ないのかもしれませんが、気合いを入れるために食べたいです」
「よし。じゃあ用意しよう。和食、パンどっちがいい?」
「しっかり和食で」
「了解。手伝って」
「はい」
私は凪さんと一緒にキッチンに立ち、お米を研いで味噌汁の用意をし、グリルに塩鯖を入れて点火し、玉子焼きを作る。
母に仕込まれた事もあり、私はそこそこ料理ができる。
凪さんは冷蔵庫から残り物のほうれん草のごま和え、煮物を出して小鉢に盛る。
「結構なボリュームだけど大丈夫?」
「いけます! 食べるの大好きなので!」
「頼もしいね」
私は手を動かしながら尋ねた。
「食材とかはどうやって仕入れるんですか? 凪さんが買い物するんですか?」
この浮世離れした人が、スーパーでカートを押している姿はあまり想像できない。
それにこんなに綺麗な人が出歩いていたら、SNSで話題になってもおかしくない気がする。
「協力者がいる。あちこち買い物をしてくれたり、商売に必要な道具を仕入れてくれる。二重に店が出ていたら、自分で買い物にも行くけどね」
「へぇ、ぼっちじゃなくて良かったですね。てっきりカクと二人っきりかと思っていました」
「……言うねぇ、千秋」
凪さんは私を見てニヤリと笑う。
「千秋のそういう図太いところ、いいと思うよ。君みたいな状況になって、すぐに順応できる人って割と少ない。騒いで喚いて、泣き崩れて手が着けられなくなったり、『早く元の世界に戻せ』と私を脅す人もいた。カクが喋るのを見て『あり得ない!』ってブチ切れた人もいたね」
「……思っている以上に、私と同じ体験をしている人がいるんですね。……っていうか、気持ちは分からないでもない」
私は玉子焼きをひっくり返し、お皿に移す。我ながらいい出来だ。
「私は特殊な存在ではあるけど、ベースはヒトだからね。嫌な態度をとられたらムッとするし、あまりにも失礼だったら『放置してやろうかな』とも思う。でも彼らが縋る相手は私しかいないし、ある意味私は人助けをするためにこの店を営んでいる。だから嫌な事があっても淡々と〝店主〟を貫いて対応するよ」
「……結構大変なんですね。凪さんがお客さんを振り回してる印象がありました」
「ま、二重なんて場所にいても、結局は客商売だよ」
明るく笑った凪さんは、できあがった料理をダイニングテーブルに運ぶ。
すっぴんだからか、昨晩よりずっと素の凪さんを知る事ができたように思えた。
美味しいご飯を食べたあと、歯磨きをした。
お店は十時に開店で、「それまでのんびりしていいよ」と言われた。
でもスマホもないのに一人で時間を潰すのはきつく、私は階下で凪さんと過ごす事にした。
ソファに座っている彼女は昨晩の衣装を着ていて、メイクもばっちりだ。
彼女から少し距離を開けて座ると、「どうぞ」と湯気を立てているコーヒーを勧められた。
「ありがとうございます」
私はいつもコーヒーには砂糖を入れず、ミルクだけで飲む。
出されたコーヒーには牛乳が入っていて、一口飲むと無糖だ。
「何も言っていないのによく分かったな」と思ったけれど、「運命を読める彼女を相手に今さらか……」と思い直し、深く聞かない事にした。
「千秋、手を出して」
「はい」
不意にそう言われて手を出すと、掌の上にブレスレットを置かれた。
「ターコイズにラピスラズリ、タンザナイトと浄化のクリスタル、アメジスト。暫定的な魔除け」
「ありがとうございます!」
私はパッと笑顔になって青系で統一されたブレスレットを見る。
「言っておくけど、それが完全に身を守ってくれるわけじゃないからね。石は邪気を吸ったり、祓ったりしてくれるけど、限界がある。キャパを超えたら石がバラけたり、割れる時もある。私の所に持ってきたら作り直してあげるけど、そうならないように気をつけて。無理に危険に首を突っ込もうとすれば、お守りがあっても痛い目を見る。二重にいようが、現世にいようがそれは同じ」
「はい」
私は利き手ではない左手首にブレスレットをつけ、安心感から少しニヤつく。
「光輝が来たら一緒に出かけて、夕方には帰っておいで。危険だからちゃんと光輝に送ってもらってね」
「分かりました」
私は彼を思いだし、少し表情を緩ませる。
「千秋って光輝みたいなタイプが好きなの?」
「えっ!?」
ズバリと言い当てられ、私は思いきり動揺する。




