店の奥に豪邸がありました
光輝さんが帰ったあと、私は凪さんに導かれてバックヤードに入り、星見の部屋とは異なるドアを通って奥へ向かった。
そこは住居スペースになっていて、普通の家のようにリビングダイニング、キッチンがある。
店の外装はこぢんまりとした印象だったけれど、まさか中にこんな住み心地の良さそうな空間があると思わなかった。
座面の広いコーナーソファはライトグレーで、その側には正方形の木製テーブルがある。
液晶テレビは大きく、左右にはスタンド型のステレオ、天井や周囲にも複数のステレオがあって、かなり音響にこだわっているのが分かる。
大きめの観葉植物もあり、吹き抜けになっている頭上からは現代的なデザインのシャンデリアが下がっていた。
素敵な事に暖炉や薪もあり、その前にはフカフカの毛皮のラグが敷かれてある。
吹き抜けになった天井にはシーリングファンがあり、二階の手すりから一階が見下ろせる造りになっていた。
「物凄い豪邸ですね。……っていうか、テレビとか繋がるんですか?」
「二重は現世とも重なっているから、電気も電波もガスも水道も繋がってるよ。私の住まいは私の意志一つでどうにでもなるから、もっと広くする事もできるし自由自在だ」
「……魔法使いみたい」
ポツンと呟くと、凪さんはクスクス笑う。
「その姿ではお腹が空かない事になってるけど、何か食べるなら出すよ。私の作り置きのおかずでも、カップ麺でも」
言われて、やけ食いしたい気持ちに駆られたけれど、心身共に疲れているのもあり、休ませてもらう事にした。
「休ませてもらいます。……走って汗だくになった気がしたんですが、もしかしてお風呂に入る必要もない……?」
「そうだね。焦って走ったら、息が切れるし汗も出ると思うけど、今の千秋は魂だけだから、老廃物は出ていない。トイレも必要ないし、本当なら睡眠も必要ないけど、千秋が『疲れた、寝たい』と思うなら眠れると思うよ」
「はぁ……、とりあえず寝てみます。明日、もしかしたら朝食がほしいと思うかもしれません」
「了解」
凪さんは二階にある一室に私を案内してくれた。
八畳ほどの部屋はホテルの一室と言っても良く、セミダブルベッドにソファセットとテレビ、書き物机がある。
「使うかどうかは任せるけど、バスルームと洗面所は向かいにある。お風呂や洗顔、歯磨きをしたかったら、道具を出しておくから自由に使って。あと、パジャマや新品の下着はここにあるから、嫌じゃなかったら使って」
そう言って彼女はクローゼットを開け、ハンガーに掛かっているベージュピンクのルームウェアや、袋に入ったままの下着を示す。
「至れり尽くせりですみません。ありがとうございます」
「これもなんかの縁だから、気にせずいこう。千秋には私の実験台になってもらうわけだしね」
ニヤリと意地悪く笑われ、私は「そうだった」と渋面になる。
「疲れただろうからゆっくり寝て」
「ありがとうございます。おやすみなさい」
溜め息をついてソファに座ると、凪さんは洗面所で必要な物を出したあと、階下に向かった。
(とんでもない事になったな……)
私はぐったりとソファにもたれかかり、大きな溜め息をつく。
(外はどうなっているんだろう?)
不意に興味を抱いた私は、窓辺に寄ってボタニカル柄のカーテンを開ける。すると、どういう作りなのか、新宿の通りが見えた。
(……でも、外に出ても誰にも認識してもらえないんだ)
何回も「これは夢なんじゃ……」と思って確かめたい気持ちに駆られるけれど、迷い人がいる外に出ようとは思わない。
その不安を裏付けるように、外を彷徨っていた迷い人が立ち止まり、私を見てきた。
「うわっ」
私は声を上げてシャッとカーテンを閉め、その場にしゃがみ込む。
「……絶対に捕まりたくない」
あの悪臭を思い出しただけで、今でも「うぷっ」となってしまう。
かつては人間だったんだろうけど、生者を死の世界に引きずり込む人たちに、同情心は持てない。
「……どうにかなればいいな……」
呟いたあと、私は答えの出ない事に悩むより、思い切って寝たほうがいいと判断した。
洗面所に向かうとタオルやヘアバンド、ヘアクリップ、洗顔料や基礎化粧品、歯磨き粉など、必要な物が置かれてあった。
凪さんが言うように汚れていないかもしれないけど、明日も光輝さんに会うのに歯磨き、洗顔をせずに会うのは乙女として嫌だ。
ありがたくバスルームと洗面所を使わせてもらってスッキリしたあと、私はパジャマに着替えてベッドにダイブし、電気を消した。
(こんなに本物みたいな感触があるのに……)
布団は干したてなのかお日様の匂いがし、触れる感触も気持ちいい。
入りたての羽根布団とシーツは少し冷たく、けれど時間が経つと共にジワジワぬくもってくる。それを感じると、「本当に私は霊体なんだろうか?」と疑問に思う。
低反発枕はあつらえたように頭にフィットし、とても寝心地がいい。
こんな信じられない状況、しかも初めての場所で熟睡できるはずがないと思っていたのに、気がつけば私は目を閉じて深い眠りの淵に落ちていた。
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