お守り
「光輝、ピアスホールは空いてる?」
「空いてません。つけてたら会社でしばかれますよ」
「それもそうだね。うーん……、ブレスレットも難しいときたら……、スーツならペンダント、アリ?」
「まぁ……、耳や手首、指がナシならそれしかないですね。……っていうか、何なんですか?」
「お守り」
凪さんは黄色い宝石を手にして机に戻り、眼鏡を掛けると工具を持ち、スフェーンのルースをあっという間にペンダントトップにしてしまった。
「私は本職じゃないから、簡易的な作り方しかできない。もしも心配だったら自分で加工してくれる人を探して、しっかりした物を作ってもらって」
凪さんはそう言い、「少し太めのチェーンのほうがいいかな?」と言ってシルバーのチェーンをペンダントトップに通す。
「はい」
「ど、どうも……」
光輝さんは戸惑いながらも、会釈をしてペンダントを受け取る。
ていうか、迷い人に狙われてるのは私なんですが!
そう思い、私は身を乗り出して挙手し、凪さんに訴える。
「私にはお守りくれないんですか? どう考えても私のほうが狙われてるじゃないですか」
抗議すると、凪さんはギシッとハイバックチェアを軋ませて背もたれにもたれ掛かる。
そして指で眼鏡のブリッジを上げ、私を睥睨した。
(う……っ)
その態度を見て、私は深々と頭を下げる。
「お願いします! 私にもお守りください! 死にたくないです!」
「……よかろう」
凪さんは勿体ぶった言い方をし、鷹揚に頷いてみせた。
「ははーっ! ありがたき幸せ!」
私はノッたまま感謝を示し、「良かったー」と胸に手を当てて溜め息をつく。
「光輝に渡したのは、魔除けでもあるんだけど、この店に来るための通行証みたいな物だよ」
「なるほど」
彼はペンダントを見て頷く。
「一応、邪魔にならないようにペンダントにしたけど、小さい巾着に入れてポケットに入れておくだけでもOK。でも忘れたらアウトだからね」
「…………着けます」
光輝さんはこっくりと頷き、ペンダントを着けようと両手を首の後ろに回す。
でもアクセサリーに慣れていないのか、微妙な表情をしてチマチマと指先を動かしている。
「やってあげましょうか?」
チャンスだと思って言うと、彼は「ありがとう」と私に背中を向ける。
光輝さんは男の人らしい太い首をしていて、そこにはすでに普段から着けているらしいペンダントのチェーンがあった。
私はこっそり彼の匂いを嗅ぎながら、凪さんのお守りをつけてあげる。
(凪さんにはバレてるのかな……)
チラッと顔を上げると、ニヤついている彼女と目が合い、私は慌てて光輝さんの首元に視線を落とす。
(……でも、慕ってる相手がいる人なんだ)
心の中で呟いたあと、私はパッと手を放して言う。
「はい、できましたよ」
「ありがとう」
照れまくった私が座ったあと、凪さんが提案した。
「千秋のお守りはあとで作るとして、光輝はそろそろ帰ってもいいよ。今日は金曜日だから、明日の午前中にでも来られる? この店に来るために、同じ居酒屋のドアを開ける必要はない。その通行所を持ってこの辺のドアを開けながら店に入るイメージをすれば、自然と扉は開かれる」
「分かりました、やってみます。十時くらいには来られるようにしますが、もしも上手く繋がらなかったらすみません」
「その時は使いでも出すよ」
凪さんが言った時、またいきなりカクが口を開いた。
「お客様のお帰り~!」
「うわぁっ!」
光輝さんがさっきの私みたいに跳び上がって驚き、声の主を探してキョロキョロする。
あの鹿、本当に悪趣味だな……。
今まで黙っていたから私も存在を忘れかけていたけど、こうやって光輝さんを驚かせるために沈黙していたのか……。
「ハロー、カクで~す!」
カクは首だけこちらに巡らせ、器用にウインクしてみせる。
それを見て光輝さんは完全に固まっていた。……そうなりますよね。
光輝さんは無言で凪さんを振り向き、口をパクパクさせてカクを指さす。
「そういう事ってあるよね!」
「ねぇよ!」
明るく言った凪さんに、今度こそ光輝さんは全力で突っ込んだ。




