〝視える〟人
「幽霊が?」
私は思わず合いの手のように尋ねる。
すると光輝さんは気乗りしない表情で頷き、椅子に背中を預けて話し始めた。
「俺の実家が、八丁堀にある橋川神社なんです。俺は祖父さんから『向いてるから宮司になれ』と言われてるんですが、そのまま神職になるのに抵抗があって、今は会社勤めをしています」
「へー!」
私は驚きの声を上げる。
橋川神社と言えば都内にある割と有名な神社で、名前の通り亀島川沿いにあって、〝橋渡し〟から縁結びのイメージが強く、女性誌でも紹介されている。
でも光輝さんはそういう反応をされるのに慣れているのか、自慢そうでも嫌悪を抱くでもなく淡々と続けた。
「血筋……って安直に言うのは嫌なんですが、子供の頃から幽霊が視えるのが当たり前で育って、普通の人には視えないものだと知った時は結構なショックを受けました」
「……ぐ、具体的にはどういう風に見えるんですか?」
私が興味津々に尋ねると、光輝さんは視線を落として答えた。
「ちょっと長い人がいるとか、首だけが浮いているとか、普通の人に見えるタイプでも、着ている服が季節に合わないとか、違和感がある」
「へぇ……」
私は怖れの混じった表情で相槌を打つ。
私も幽霊のようなものになっているけれど、〝視える人〟の話を聞くのは初めてだ。
「……でも、そういう感じは珍しいほうで、普通の幽霊はもっと生きている人に近いんだ。街中を歩いていれば普通にすれ違うし、カフェにも映画館にも遊園地にも普通にいる」
光輝さんは凪さんと同じ事を言う。
だからこそ、私は彼らが見ている世界を信じた。
凪さんは質問に答えた光輝さんを見て満足げに頷き、私に向かって言う。
「彼なら千秋を助けてくれると思うよ」
その言葉を聞いて、私は思わず期待の籠もった眼差しで光輝さんを見てしまう。
「……な、なに……?」
彼は不安そうな目で私と凪さんを見比べる。
そりゃそうだろう。いきなり初対面の人を助けるなんて言われたら、誰だって戸惑う。
けれどのんびりしていられない私は、凪さんの言葉を皮切りに、自分の事情を話す事にした。
「私、今、とても困っているんです」
私はそう切りだしたあと、これまでの流れを彼に説明した。
「それは……」
すべてを聞いたあと、光輝さんは何とも言えない表情になる。
私は「そうなるよね……」と思いつつも、パンッと両手を合わせて頭を下げた。
「お願いします! 信じてください!」
証拠になる物は何も持っていないけれど、光輝さんは人がいいからか信じてくれたようだった。
「……でも、俺が千秋ちゃんに何をできるんですか?」
すると、凪さんはにんまりと笑って彼に尋ねた。
「光輝は縁があってこの店に入ったと思うんだけど、何か困り事ってある? うちの店は、困った人がうっかり足を踏み入れてしまう所なんだ」
光輝さんは名前を呼び捨てにされても特に嫌そうな表情は見せず、腕組みをして思案する。
「……俺、今日は会社でミスして落ち込んだのと、残業で疲れたのもあって、ムシャクシャして飲もうと思ってたんですよ。最近ツイてなくて、慕っている人からも嫌われて踏んだり蹴ったりで……。……で、新宿に来たんですが、この辺って〝彼ら〟が視える事が多いんです。……それで『あー、やだな。視えなくなればいいのになー』って思いながら歩いてました。……そうしたら、居酒屋に入るつもりがこの店に入ってしまい、初対面の人とお茶をする羽目になっています」
(そんな事あるんだ……)
私は内心で驚きつつも、星見の部屋で見た〝運命〟が当たっている事に少し肌を粟立たせた。
今は店に戻って安心し、星見の部屋は夢か幻でも見たんじゃ……と思いかけている。
でもこの状況が夢でないなら、私が迷い人に追いかけられている事も肉体がない事も、あの星見の部屋だって紛れもない現実だ。
あそこで私と光輝さんの運命が重なるのを確認したあと、彼がこの店に来たのも事実。
ささやかな生活を送っていると、〝運命〟なんて言葉は特別なものに感じられるけれど、今はその大きな力が確実に働いているのを思い知らされた気分だ。
そう思いながら、私は光輝さんが言った言葉を思い出して落胆する。
(……やっぱり〝慕ってる人〟いるんだ。そうだよね……)
二十六歳にもなって彼女や好きな人がいないわけがない。
凪さんは私の気持ちも知らず、「ふんふん」と頷いて提案した。
「視える事で困っているなら、私が作った魔除けを使えば〝彼ら〟の存在をぼかす事はできるよ」
「マジですか!?」
光輝さんは前のめりになり、少し興奮して凪さんを見つめる。




