聖女のオマケらしいので自力で帰ります
「おぉ、召喚に成功した」
「「「「「聖女様ぁぁぁぁ」」」」」
突然赤い光に包まれたかと思うと、目が慣れた先には先程とは全く違う光景。
何が何だか分からず、呆気に取られていると一人の老人が語る。
「この度、我が国にお越しくださり大変感謝しております。どうか聖女様、我が国をお助けください」
違和感を覚える。
異世界に転生してしまい、聖女をしてくれ……よくあるアニメの設定。
皆が聖女召喚に歓喜しているのだが……目線が合わない。
誰も私を見ていない。
「鶴ちゃん、ここ何処かな?」
振り向くと聖子の姿が。
聖子は小学生の頃からの知り合い。
親友とも友達とも言いたくない。
私は彼女の世話係というか補佐役……いや、踏み台。
『助けて』『一緒にやろう』『代わって』は全て、私に押し付ける為の魔法の言葉。
『ありがとう』感謝の言葉はあるものの、周囲には事情を説明しない。
結果、評価は彼女のもの。
聖子の代わりに掃除をしても、褒められるのは聖子。
授業の準備を事前にしても、感謝されるのは聖子。
一緒に同じことをしても、目立つのは聖子。
私は誰の目にも映っていない。
聖子とどうにか離れたいのに、彼女は私と一緒に居たがる。
彼女からすると、面倒事を押し付ける人間が傍に欲しいだけなのだと高校生になってから気が付いた。
大学は絶対に別のところを受験しようと必死に勉強していた。
今日も、学校からの帰り道一人帰宅していたはず……
なのに、一緒に召喚?
神様は何処までも私に意地悪だ。
「……聖子? どうして? 瀬良島君は?」
聖子は放課後、瀬良島君に呼び出しを受けていた。
どうして私が知っているのかというと、瀬良島君に聖子に伝えてほしいと伝言を頼まれたから。
周囲も私の事を聖子の小間使いだと思っている。
「話なら終わったよ。心配しないでね。瀬良島君は鶴ちゃんの好きな人でしょ? 友達の好きな人を取るわけないじゃない。断った事を伝える為に、鶴ちゃんの事追いかけてきたの」
聖子は私の為のように言うが、私と瀬良島君が話していると必ずと言っていいほど割り込んできていた。
三人でいるのに次第に二人だけの会話となり、放課後の教室で親密にしているのを目撃。
そんな関係なので、瀬良島君が聖子に告白するのも頷ける。
なのに、聖子は『勘違いさせちゃったかな? 私は鶴ちゃんと三人でいるのが楽しかっただけの』と言って断る。
最初は私も勘違いしていたなとは思ったが、何度も続くので聖子の行動を疑うようになった。
聖子は私が気になっている男子と親しくなり、告白されると私を持ち出し友情で断る事を繰り返す。
時には、『鶴ちゃんを裏切れないから、付き合えないの……ごめんね』と私を悪者にしている時もあった。
その後、聖子に振られた男子に『お前、最低だな』と言われたこともある。
聖子に、何度も『私の事は気にせず、付き合いたいなら付き合ったらいいよ』というも、聖子は変わらなかった。
なので、私は告白していないのに何人にも振られ嫌われていく。
『聖女様』
「はい」
聖子が返事をする。
『聖女』を『聖子』と聞き間違えたのかもしれない。
「聖女様、どうか我が国を救って頂けないだろうか?」
芸能人のようなカッコいい男性が聖子に話しかける。
聖子も目の前の彼に一目ぼれしたのが分かった。
「救う? 私がですか?」
その後も聖子は『聖女』を否定する事なく話を進める。
「はい、聖女様にお願いいたします」
聖女召喚に立ち会った人間達が聖子に頭を下げる。
「……分かりました。私に出来る事であれば」
「おぉ、ありがとうございます。では、ここではなく別室でお話を」
「はい」
聖子は差し出された手を取り、その後ろを召喚の儀式をしていた人達が続く。
置き去りにされた私は、その集団を眺めるしかない。
このような光景には慣れている。
いつもの事。
虚しくなったりはしない。
私は気持ちを切り替える。
「あのっ」
「……はい」
一人残された私をどうするべきなのか、気まずそうにしている二人。
彼らの恰好からして聖女召喚に関わっていると思われる。
「私、帰りたいんですけど」
「……申し訳ありません。帰る方法は……」
「ないの?」
「はい……」
申し訳なさそうに答える姿に唖然とする。
「帰る方法がないのに、呼び出したの?」
「……私達は聖女様を呼び出したく……その……貴方様は……」
「間違いだったと言いたいのね?」
「……はぃ」
「帰る方法はないと……」
「……はぃ」
間違いで来た私が悪いような発言。
「……ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな。なんでいつもこうなのよ。どうして聖子に振り回されなきゃいけないのよぉ」
どうして私はいつも聖子に巻き込まれなきゃいけないの……
「ぁの……ここにいるのも……」
「帰りたい……帰りたい……帰りたい……」
あまりの理不尽さに崩れ落ち、涙を流していた。
私の人生、聖子のオマケなの?
聖子のいない世界で生きたい……
『まさか……おやめください……聖女様っ』
誰かが叫んでいたが、興味もない。
聖子がどうなろうと、私には関係ない。
悲しい時ぐらい、泣かせてよ……
「あなた……大丈夫? 具合悪いの?」
女性に心配され肩に触れられる。
先程までは男性しかいなかったのに。
顔を上げ、相手を確認する。
「ここは危ないから、公園のベンチで休みなさい」
「……あれ?」
光景が変わっている。
先程まで会話していた男性はいないし、場所も違う。
私のよく知っている帰り道。
「救急車呼ぼうか?」
「いえ、もう大丈夫です」
「そう」
女性が去って行く。
一人となった私は、周囲を再度確認する。
見知った道。
「私……寝不足でここで寝ちゃったの?」
先程の体験が現実だったのか夢だったのか……
理解できないまま、家へと向かう。
「あんな事、現実で起きるわけないか……今日は、早く寝よう」
勉強もほどほどにして、今日は早く眠ることにした。
翌日。
「荻浦、少しいいか?」
「はい」
「昨日、岩崎と一緒だったか?」
「いえ」
「そうか……はぁぁ」
気になる先生の反応。
「……聖子に何かあったんですか?」
「昨日から岩崎が帰ってきていないらしい。親御さんから連絡があった」
「帰って来て……」
想像以上に深刻な内容に混乱する。
「瀬良島が言うには、『荻浦に会いに行く』と言っていたらしい」
「……え?」
「会ってないならいいんだ。岩崎が行きそうな場所や、親しい人間を知らないか?」
「……えっと……聖子が行きそうな場所……」
「何か思いだしたら言ってくれ」
「はい」
それから、聖子を探している両親から話を聞かれた。
「鶴子ちゃん、聖子がどこ行ったか心当たりない?」
小学生からの仲なので、聖子の両親とも顔見知り。
「わからないです。放課後、用があるというので私は先に帰りました」
「用ってなに?」
「えっと……同級生に呼び出されて……」
「同級生が聖子になんの用だったの?」
「彼はその……聖子に気持ちを伝えたんだと……」
「告白したって事?」
「おそらくです」
「相手は誰なの?」
「……瀬良……島君という人です」
聖子の母に気迫に負け、相手の名前を口にしてしまった。
「瀬良島……」
私の余計な一言で聖子の両親は瀬良島に突撃した。
彼は『すぐに別れて、岩崎さんは荻浦を追いかけた』と訴える。
その為、聖子の両親は再び私のところへ。
「瀬良島君って子は、『聖子は鶴子ちゃんを追いかけた』って話しているんだけど会ってない?」
「……会ってないです。私、帰る途中で気分が悪くなって公園で休んでいたので……」
「そう……聖子から何か相談とかされてない? 不審な人に付けられてるとか?」
「聞いてないです」
「……もし、何か思いだしたら教えて頂戴」
「はい」
心配する聖子の両親に何も言えなかった。
異世界に呼ばれて『聖女』になりました……なんて。
そんな事を言っても信じてもらえないだろう。
私だって、あれが現実だと今でも思えないでいる。
聖子を心配する心もあるが、聖子を最後に見た光景を思い出す。
イケメンにエスコートされ頬を染める聖子。
「私は自力で戻れたんだもの、聖子だって願えば帰って来れるはず。帰ってこないのは、あちらの世界が心地いいんでしょ?」
聖女と持てはやされ、あちらでも上手くやれているのだろう。
私は、こちらの世界で大学受験に向け勉強に励む。
聖子に告白した瀬良島君や過去の男子生徒達は、私が関係しているんじゃないかと噂する。
彼らは全員聖子の両親に詰め寄られ犯人扱いを受けていた。
その腹いせに私が事件に関わっていると噂を流す。
それでも噂が回らないのは、女子の間で私が聖子の雑用係をさせられていた事に同情していたらしい。
聖子が男子達をとっかえひっかえしていたことで女子に目を付けられていた。
私は昨日と変わらず学校へ通う。
私は私が無実であるのを知っている。
聖子がどうしていなくなったのか知っていても、それを話したところでどうにもできない。
『異世界で聖女やってます』
なんて、証言でもしたら受験ノイローゼと言われかねない。
こうなれば、聖子自身がどうにかするしかない。
一カ月もすると皆、受験に目を向け聖子の事よりも自身の事で精一杯だ。
私もようやく私の人生を生き始めている。
一方、聖女を呼び出した異世界では……
「まさか、聖女様があちらだったとは……」
聖女召喚に立ち会った王子。
その後、なかなか能力を発揮しない聖女を不審に思い儀式を執行した代表者の元へ赴きあの日の続きを知る。
「あの聖女様、自力で戻ったようです」
聖女召喚の儀式を執行した司祭が報告する。
「あの魔法陣は、呼び寄せる事は出来ても帰る事は出来ないんじゃなかったのか?」
「……そう聞いております」
「帰ってしまったのは仕方がない。もう一度儀式を執り行うしかあるまい。それから誠心誠意謝罪をしよう」
「それがですね……」
「何だ?」
「聖女様が帰る際、魔法陣に亀裂が……」
「亀裂? では、もう聖女様は呼べないという事か?」
「……はい」
「どうするんだっ、使えない女だけが残り聖女様が帰還だなんて」
「申し訳ありません」
「……はぁぁぁぁぁぁぁ」
王子は長い溜息を吐く。
聖女召喚には成功したものの、聖女はすぐに帰還。
聖女召喚に巻き込まれた人間だけが取り残されている状態。
国は今も魔獣に襲われ続け、被害が拡大している。
騎士も応戦してはいるが、日に日に戦力を失い衰退している。
いつ王都に魔獣が襲ってきてもおかしくない状況。
今や他国から『消滅への秒読みが始まった国』と揶揄され援助も打ち切られた。
神頼みも、聖女頼みも手は尽くし、最大のチャンスを手放した。
悔やんでも悔やみきれない……
「聖女様……」
〈聖女:岩崎聖子〉
「どうして、鶴子が聖女なのよ。聖女は私よ。アイツ等間違ってる」
数か月前。
私は聖女召喚に呼ばれ、王宮に滞在している。
皆が私を『聖女』と求め、崇める姿が堪らなく心地よかった。
対照的に一人取り残される鶴子。
惨めな扱いを受ける彼女がいる事で、私は恵まれている事に幸せを実感していた。
「聖女様、我が国にお越しくださり感謝しています」
「私が聖女?」
困惑した様子を見せながら、当然だと内心思っていた。
鶴子が聖女なわけがない。
あの子はきっと私の召喚に巻き込まれたのだろう。
この世界でも面倒事はあの子にしてもらおうっ。
それがあの子にはお似合いだもの。
「はい」
皆が羨望の眼差しで私を見る。
目の前の素敵な男性も。
こんなにカッコいい男性初めて見た。
彼に出会えただけで私が呼ばれた理由が分かる。
彼は私の運命の相手。
今まで出会った男達とは比べ物にならない程、素敵な人。
顔は整っていて綺麗で、体も逞しい。
そして一番の魅力は身なり。
彼の服装や周囲からの対応を見ると『王子』だと予想。
それから、この国の事を説明を受ける。
「我が国は今、魔獣の標的となっています。騎士も疲弊し国民にも甚大な被害が出ています。国としてやれることはやったつもりですが、もう聖女様に頼るしか出来ないのです。どうか、我が国を救って頂けないでしょうか?」
「……私に出来る事であれば……」
「ありがとう」
「……えっと……貴方は?」
「名乗っていなかったな。私はこの国の王子、エヴァルド・レイニカイネンだ」
「私は岩崎聖子。聖子って呼んで」
「聖子……良い名前だな。聖子には王宮に滞在してもらう。不便な事があれば遠慮なくなんでも使用人に言ってくれ」
「私が王宮に?」
「当たり前だ……聖子に部屋を案内してくれ」
エヴァルドの言葉で使用人に部屋を案内される。
「ここが私の部屋?」
「はい、こちらが聖女様の部屋でございます」
与えられた部屋は映画に出て来そうな豪華な部屋。
まるでお姫様気分。
幼い頃からお姫様に憧れていた。
父にも『うちのお姫様』と、姫扱いを受けて育ったくらい。
これから楽しみで仕方がない。
私はきっとパーティーなどで紹介されるのだろう。
「その場で王子との結婚を公表されたりして?」
今後の事を考えると楽しみで仕方なく、一緒に召喚された鶴子の事は忘れていた。
豪勢な食事に好待遇。
私は異世界という環境に適応していく。
「それで、聖子。君には魔獣の被害が続出している場所に向かってほしい」
「……魔獣が続出する場所にですか?」
いつかは行くのではないかと予想はしていた。
だが、採寸などを行われたのでパーティーでのお披露目が先に行われると思っていた。
「あぁ。これが装備一式だ」
エヴァルドの後ろに控えている使用人が箱をいくつもテーブルの上に置く。
てっきり、パーティーに参加する為のドレスや宝石だと決めつけていた。
箱を開けると、白を基調としたワンピースに帽子付きのコートのようなもの。
私の好みではない。
「これは……」
「司祭に保護魔法をかけてもらってある。聖女の聖子には必要ないものだが、我々の気持ちだ」
少し、聖女という立場が面倒に思えた。
「……エヴァルド様も一緒ですよね?」
「いや、私は足手まといになる。王宮で指揮を執る」
それって、安全な場所で待機ってこと?
大抵、聖女と共に王子も一緒に魔獣討伐に向かうものじゃないの?
次第にやる気を奪われる。
「……いつからでしょうか? まだ心の準備が出来ておらず」
「そうか。こちらとしては万全の準備が整ったので明日にでもと思っていた」
「明日? それは、少し早すぎます。私はこちらに来てまだ体が対応できておらず能力もまだ……」
「……あぁ、そうだったな。少し焦り過ぎてしまった。では、どのくらいで向かえる?」
一カ月と言いたいが、相手の反応からして難しいと判断。
……どうして私が相手を窺う必要がある?
「一カ月は必要かと」
私はこの国にたった一人しかいない聖女。
これはワガママではなく、国を救うための準備期間であり正当な訴えだ。
「一カ月? それは難しい」
「ですが、万全な体調でないと私も難しいです」
「……分かった。一カ月待とう」
私の訴えが通り魔獣討伐は一カ月後となった。
「あの……」
「どうした?」
「私は貴族の方にご挨拶などはしなくていいのでしょうか?」
早くパーティーで私を紹介してほしい。
「挨拶? それは、魔獣討伐を終えてからパーティーを開催する」
「終えてからですか……」
私は今すぐにでも『聖女』と公表して皆に羨ましがられたいのに。
聖女になってあげたのに、全然私の事を分かってくれない。
エヴァルドは女の子にプレゼントを贈った事ないのかな?
「それでは、私はこれで」
「もう行っちゃうの?」
「あぁ。魔獣被害は各地で起きている。その支援に援助を検討しなければならない」
「……そうですか」
エヴァルドは去って行った。
魔獣被害と言われると、それ以上彼を引き止める事が出来なかった。
「……こういう時、物わかりの良い私って損よね」
暇な私は、使用人を引き連れて庭の散歩。
穏やかな王宮。
「本当に魔獣なんているの?」
犬や猫ではなく、トラやライオンなんて動物園でしか見たことがない。
アニメのような魔獣なんて信じられないでいる。
討伐までの一カ月、静かに過ごす。
本当ならお茶会でも開催したいのに、誰も提案をしてくれない。
エヴァルドも、最初の頃は毎日一度は会いに来ていたのに次第に二日に一度、三日に一度に変わる。
「私の事、蔑ろにしすぎじゃない?」
不満が募っていくばかり。
そして……
「聖女様、本日はよろしくお願いいたします」
「……えぇ」
共に行動する騎士達とも対面。
騎士団長は予想とは違い、強面で屈強な男。
アニメなどに出てくるようなイケメン騎士ではなかった。
共に出発する騎士達は『聖女』の私に羨望の眼差しを向ける。
これよ、これ。
私が望んでいたもの。
「俺、聖女様の護衛に選ばれ光栄です」
一人の騎士に声を掛けられる。
顔は普通でパッとしないが、正直な感想が私を喜ばせる。
「よろしくお願いね」
「はいっ」
彼の喜ぶ姿に他の騎士も、私達に温かい眼差しを向ける。
「聖子よ、頼んだ」
「はい」
エヴァルドに見送られ、私は出発する。
「はぁ……面倒……こういう面倒事はアイツの仕事でしょ……てか、アイツ何処行ったんだろう? もしかして、王宮追い出されてたりして……笑える。帰ったら聞いてみなきゃ」
久しぶりに鶴子の事を思い出す。
私がパーティーで主役の姿をアイツに見せつけたくなった。
「帰ったら、アイツを王宮へ戻してもらおう。それで、私のお付きにしてあげようっ」
帰る楽しみを考えながら魔獣の被害に遇っている場所を目指す。
到着まで一カ月ほどは掛かるのかと思っていたが、二週間程で到着してしまった。
「聖女様っ、お願いします」
「はい」
私は呼ばれ、優雅に登場する。
魔獣と対峙しているという場所へ案内される。
「え?」
熊サイズの魔獣かと思っていたが、騎士達が戦っているのはバスと同じくらいの魔獣。
大きさに圧倒されてしまう。
「聖女様、お願いします」
お願いしますと言われても私は何をすればいいの?
混乱しながらも、アニメとかであるように祈りを捧げる。
祈りと言うよりも、願い。
『お願い、消えてください。私、死にたくない。お願い、死んで。早く、死んで……』
私は目をつぶって必死に願った。
「聖女様っ」
『やだ、やだ、やだ。私、死にたくない。お願いだから早く終わって……早く』
「くそっ」
その後も騎士の戦いは続く。
ドン
私の足元に何かが転がって来た。
コロコロコロ
「……ひゃっ」
目を開け何事かと確認すると、先程挨拶した騎士と目が合った。
彼の首から下を確認できない。
私はどうしてこんなところに来てしまったの?
帰りたい。
「いやぁぁぁぁぁぁああああああ」
私は、急いで乗って来た馬車に乗り込む。
「聖女ぉぉぉおおお……」
その後も、戦いは続く。
私は終わるまで目を瞑り耳を塞ぎしゃがみ込んでいた。
「……聖女……」
「きゃっ……」
馬車の扉が開き、呼ばれる。
「……魔獣は退治した。この後も続く。今日は、宿に戻る」
「……はい」
私はいち早くこの場所から移動したかった。
いつの間にか泣いていた私は、騎士が鋭い視線を私に向けている事になど気付く余裕がなかった。
宿に到着し部屋に戻り、私はベッドに潜り込む。
「帰りたい、帰りたい、帰りたい……」
何度も繰り返すも現実は変わらず。
早朝、騎士団長に呼ばれる。
「朝食だ」
「……いりません」
「食べないと身が持たない」
「……私には無理です」
「……貴方は聖女様として呼ばれました、ここで王宮に引き返すことは出来ません」
「そんなこと言われても……」
「貴方は聖女様なのですよね?」
「力の使い方が分からないんです」
「……何故、今さらそんなことを……」
「王子には、準備が必要と話しました。それなのに強引に行くよう言われたんです」
「だから、一カ月も出発を遅らせたのですか?」
何も言わず頷いた。
「まさか……分かりました。今から王宮へ戻りましょう」
騎士は納得し、王宮へ戻る決意をした。
王宮へ戻る馬車に乗り込む際、騎士達から鋭い視線を受けた。
行きとは違う、睨みつけるような視線。
そんな視線、初めて向けられた。
王宮へ戻る道中、休憩や宿に宿泊する時も騎士達の目に触れないよう過ごした。
何日も何日も、隠れて過ごす。
そしてようやく王宮へ到着した。
「……聖女」
私が帰ってくるのを報せでも受けていたかのようにエヴァルドが待ち構えていた。
「エヴァルド……」
「話がしたい」
「……少し休みたいのですが……」
エヴァルドの態度からいい話ではないと察知し、休みたいと告げる。
告げた瞬間、エヴァルドから今まで見たこともない目で睨まれた。
「時間が無い。着替えたら、私の執務室に来るように。騎士団長、報告をしてくれ」
「はい」
エヴァルドと騎士団長は私を置いて歩き出す。
残された私は、共に帰還した騎士から悪意を向けられているのに気が付く。
体が強張り、後ろにいる彼らに振り向けないでいた。
『能力を制御できないって……』
『出発前に言えば、アイツらは死ぬことなかったのに……』
『本当に聖女なのか?』
『偽者じゃないのか?』
幻聴なのか現実に言われているのか、私には分からなかった。
彼らから逃げるように部屋を目指す。
すれ違う使用人達は早すぎる私の帰還に困惑していた。
時間を掛け、お風呂に入り着替えを済ませる。
部屋に戻ると使用人が待ち構える。
「エヴァルド王子がお待ちです」
「……はい」
エヴァルドの待つ執務室へ向かう。
早く会いたいと思っていたエヴァルドが、今では気が重い。
「……聖子」
「お待たせしました」
「騎士団長から報告を受けたが、能力を使いこなせないというのは本当か?」
「……はい」
「一カ月何を……いや、聖子にはこれから教会に移り住み訓練してもらう」
「……はい」
エヴァルドの提案を断る事が出来ず、教会で訓練する事に。
だが、私が聖女の能力を発揮する事は無かった。
そして、ある事実を告げられる。
「貴方は聖女ではありませんでした。聖女は、一緒に訪れた女性の方でした」
「一緒に訪れた……鶴子の事? そんな事はあり得ない。あの子が聖女だなんて……絶対に間違いよ」
「いえ、あの方は自らの力で帰還されました」
「帰った? あの子が? なら、私も帰れるのね? なら帰るわ。聖女じゃないなら、こんな処いたくない」
「それは難しいでしょう。魔法陣は使用できなくなりましたから」
「どうして、アイツは帰れて私は帰れないのよ」
「こちらの手違いでお呼びしてしまったお詫びにこちらを……」
差し出された袋の中には金貨が入っていた。
「これは……手切れ金じゃないですよね?」
「その通りです」「こんな訳も分からない魔獣の世界に一人で生きられるわけないじゃない。帰してよ」
「私にはどうにもできません」
「なら、ここにいさせてよ」
「それも難しいです」
「責任取りなさいよ」
「この金貨がお詫びです」
話は平行線で譲るつもりは無かったが、騎士が登場。
そして私は力ずくで教会から追い出された。
「……なんでこんな事になるのよ……」
私は王宮を目指す。
無我夢中だったが、到着。
人間その気になればなんでも出来るもので、何も知らない騎士を言いくるめ聖女召喚の儀式が行われた場所を探す。
「……あった」
司祭の言った通り、儀式場の床には亀裂が。
「お願い、私を元の世界に帰らせて。お願い。私、帰りたいのお願い……お願い……」
いくら願っても魔法陣が反応する事は無かった。
そして、私は王宮へ許可なく侵入したとして犯罪者となった。
本来であれば処刑されてもおかしくないのだが、私の境遇もあり二度と王宮へ足を踏み入れないという事で私は解放された。
街で私は他の人と同じように魔獣に怯える日々を過ごす。
「帰りたいよ……鶴子……助けて……」