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入学式当日。天気は快晴。私は午後からの入学式に備えて、真新しい制服に袖を通していた。鏡の前に立つも、どこか違和感。成長に合わせて、ブレザーは大きめにしたからか。なんだか、制服に着られているような気がしないでもない。見慣れてないのもあるのかも。ま、1年もすれば良い感じに馴染むでしょ。
最後に、金のストライプが入った赤いネクタイをしっかり結ぶ。よし、曲がってないな。さすがに入学初日くらいはちゃんとしないとね。癖っ毛な髪もなんとか整え、眼帯をつける。今日は銀の目を外に出す。八剣と言えば銀の瞳だから、余計な詮索をされないためにも4月いっぱいは銀の瞳の方を表に出しておこう。
「素敵ですね。よく似合っていますよ。すっかり大人っぽくなりましたね」
「ありがとう。母さん」
リュックを背負ってリビングに降りれば、華やかな桜の柄の晴れ着を着た母がいた。母さんは頬に手を当てると、しみじみと呟く。だが、同時に銀の瞳は残念そうな色を帯びていた。
「女の子の制服もとても似合っていたでしょうに。心機一転女子として高校には入学してもよろしかったのでは? 母は悲しいです」
八剣家の人間には、左右異なる色の瞳を持って生まれた者は必ずある特異体質を持って生まれてくるという厄介な性質がある。
それは、男女両方の性別を持つこと。男の姿にも女の姿にも、息を吸うように簡単に変化出来る。
どちらの姿になったところで、自分は自分だから体の性別に違和感を持つことはない。ただし、男女の姿で発動できる魔法の種類が何故か変わるため、習得できた魔法を鑑みて性別を適宜変える必要が出てくる。
私は今のところ男の姿で会得した魔法で事は足りるので、必要な時以外は常に男の姿を取っている。
あとは、母さんの着せ替え人形になる時と買い物に付き合うくらいかな。
女の姿の私はそれはもう宇宙全体に噂が轟くレベルの美少女だから、母が私を着飾ったりつれ回したくなるのは分かる。私もオシャレをするのは楽しい。
「私は少なくとも学生時代は、必要な時以外女の姿を取るつもりはないよ」
「何故ですか?」
「女子の中にその気になれば男になれる奴が混ざっているとか、純粋な女性にとっては恐怖でしかないよ」
「舞桜さんの、相手の立場になって物事を考えられるところ。母は好きです」
誇らしげな目線に照れる。そんな大層なものではないのだ。照れを誤魔化すために無駄に咳払いをした。
「じゃ、友だちと待ち合わせしているから先に出るな」
「帰りは一緒に帰れるのでしょう? お祝いもかねてどこかに食べに行きましょう」
私は頷き、ヒラリと母さんに手を振ってから玄関に向かった。
待ち合わせ場所の公園の時計塔の前には、すでに待ち合わせ相手の幼なじみがいた。見慣れたポニーテールに微笑み、私は手を振って駆け寄った。中学の頃とは違い、髪をまとめるのがリボンではなくシュシュに変わっている。
「ごめん、千波。待った?」
「こんにちは、舞桜。まだ待ち合わせの時間の前だから、気にする必要はないぞ」
凛とした黒曜石の瞳が真っ直ぐに私を見る。白石千波は、私の保育所からの幼なじみだ。武術を嗜み、武器と魔法を組み合わせたコンビネーション魔法を得意とする。それが影響してか、本人も言動はクールでカッコいい。私のやらかしにツッコミを入れつつも見捨てず面倒を見てくれる、有難い友だちである。
「やっぱ、千波は似合うね。その制服」
「ありがとう。舞桜は中学生って感じだな」
「ひどっ! 高校生だよ」
身長が低くて顔も童顔だからそう見えるのは仕方ないけど、何も本人に言わなくたって……。やはり今日から毎日牛乳を飲むか。
「行こう。入学式の日に遅刻は避けたい」
千波はさっさと学校に向かって歩き出した。私は慌てて追いかける。
私達は薄いピンクの花を咲かせた桜並木を歩いて、バス停に向かった。でもまあ、バス通学っていかにも高校生って感じだ。
上を見上げ、雨みたいに降る桜の花びらに見惚れていると、何もない場所で蹴つまずく。地味に痛い。
「置いていくぞ」
「ちょっとは心配してよ!」
「転ぶのが趣味の奴を心配してどうする」
そのような趣味を持った覚えは一切ございません。
タイミング良く、バス停に着いてすぐ私達の乗るバスが来た。私達の他にもいろいろな高校の制服をきた人たちが同じバスに乗った。沿線には高校が多い。予想通り人は多かった。でも、私達は難なく座れた。ラッキー!
「着いたー」
他愛ない話をしていればあっという間に金蘭高校前のバス停に到着だ。同じ新入生らしき初々しい学生たちの姿もちらほら見える。仲良くなれるかな。
人の流れに乗りながら坂道を登る。どうして学校って大抵丘の上にあるんだろう。結構傾斜がキツイから、3年間で体力が随分増えそう。
ブラウンの巨大な校舎が見える。迷わなくなるのに、1ヶ月はかかるぐらいに広い。探検のしがいがありそうだ。桜の木が多い学校でどこからともなく桜の花の甘い香りがする。校門から校舎に入ると生徒用玄関の前の中庭の池で、変わらず翼を広げたペリカンの像が鎮座していた。
「こんにちは。これから三年間よろしくね。」
私は笑顔でペリカンに向かっていった。千波は若干あきれたような顔をしていたけど、ペリカンに向かって小さくお辞儀をした。それから、入学前に渡された資料で指定されていた教室に入る。
1年生のみんなと仲良くできるのかな。とりあえず目つきをなんとかしないと。私の目つきは時々周囲をびびらすほど怖いときがあるらしい。気をつけなくては。
教室の扉を開けると集合時間の1時間前なのに半分以上の人が来ている。て、それはそうか。友達づくりをする時間は長い方がいいもんね。私は学籍番号で指定されている席に鞄を置き、隣の席の子に話しかけた。
「こんにちは。私は八剣舞桜です。よろしく」
「あ、よろし、きゃー!」
悲鳴をあげて教室から出ていく隣の席の人。え、えーと?
千波が私の肩に手を置き一言。
「だから言っただろ。おまえの目つきはこわいって」
今それをものすごく痛感しています。
目つきが怖い、怖いと言われ続けて15年。
まさかここまでとは。
若干ショックを受けていると、先生から体育館に行くよう指示があったので列に並ぶ。ちなみに隣の席の人はそれっきり戻ってこなかった。どうしよう。
「気にするな」
千波が小声でそっと言ってくれた。
私が気にしてることに気づいたみたい。
「ありがとう」
悩んでもしょうがない。また逢えたらその時怖がらせないようにすればいい。
「でも、あの子なんか惹き付けられるな」
私は聞き取れないぐらいの声でつぶやいたのに、千波にはばっちり聞こえていたみたいで一言。
「友達になるには、いばらの道だな」
「確かに」
体育館の前に並んで入場の合図を待つ。新入生たちの小声でのおしゃべりが続いている。
もちろん私もその一人だ。しばらくすると体育館の扉が開いた。
先輩たちの拍手の中を、私達はパンジーやチューリップのプランターが両側に置かれた通路を進んでいく。なんか緊張するなぁ。
椅子に座り、校長先生のありがたい話を聞く。式は滞りなく進んで、次は新入生代表挨拶になった。これって、入試トップの人だよね。
女の子が舞台へと進んでいく。セミロングの黒髪をハーフアップにした、黒目勝ちのパッチリした瞳が印象的な美少女。
「新入生代表、藤間絵美子!」
演台の前で向き直り、藤間さんは顔をあげた。
「えっ!」
私は声を出さないよう素早く口を手で覆った。藤間さんは私がさっき怖がらせてしまった隣の席の人だった。
良かった。とりあえず帰ってなくて……。
綺麗なそしてはっきりとした声で、藤間さんは挨拶を終えた。
教室に戻ると、藤間さんは本を読んでいた。
私の方は一瞬たりとも見ない。そして机の距離が若干開いている。何か嫌われることをしただろうか。声をかけるチャンスを見計らう。それで藤間さんの顔をじーっと見ることになる。
聡明そうな黒い大きな瞳に、長いまつ毛。白い肌に頬は薄くピンクがかっている。
整ったきれいな容姿の子だ。かなりもてそう。いや、これは変態の所業か?
「また怖がられるぞ」
いきなり背後から声がした。
「ぎゃっ! 千波、急に現れないでくれ!」
びっくりした。心臓がばくばくいってる。忍者か? 忍者の血でもはいっているのか!?
「あのね、こう謝る機会をね。うかがっていたの」
「ふーん、あ、藤間さん」
千波が声をかけた。藤間さんがはじかれたようにこっちを見た。
その瞳からおびえがうかがえる。
でも、謝るチャンスは今しかない!
「あ、えと、さっきは怖がらせてごめんなさい。あの、別に睨んでいた訳ではなくて、生まれつき目つきが怖いんです。でも、本当にごめんなさい」
私が謝ると、藤間さんが驚いたような顔をした。え? えーと?
「私こそごめん。勘違いさせたね。目つきのことじゃないんだ。ただ……」
藤間さんが迷っているような顔をする。なんだろう? 目つき以外に理由は思いつかない。と、そこで先生が入ってきた。あ、春海先生だ。埴輪がピョコピョコ跳ねながら教室に入ってきたことに、教室内にさざ波のように驚愕が広がる。
「さすが、高校。俺たちの常識を軽々と越えてくるぜ……」
誰かの呟きに、賛同するように何人か頷く。埴輪は生徒の動揺を全く意にかえさず、淡々と自己紹介をした。そして、プリントが配られると、明日からの日程や持ってくるものについて、事務的な説明をしていく。説明が終われば、今日は解散となった。
声をかける前に、藤間さんは逃げるように帰ってしまった。結局怖がられた理由は不明のまま、高校生活初日は終了した。
「なんだろうな、理由って」
「確かに」
階段を下りて靴箱へ向かう。靴箱は生徒でごった返していた。
外に出ると柔らかい春の風が私の髪をなびかせていった。
桜の花びらが風に吹かれて私の前をゆっくりと降りていく。私は花びらを1枚捕まえた。小さくてかわいい。
「お見事」
「どうも」
「なぁ、部活どうする?」
と千波が聞いてきた。私はちょっと意外だった。
「とりあえずは美術部かな~。他にどんな部活があったっけ?」
「まあ、まず運動部はお前がダメだろ」
私の普段のどんくささ加減を知っている千波が、カバンから取り出した部活の一覧表を見ながら言った。
ちなみにうちの学校には、ライフル射撃部や草スキー部という珍しい部活がある。
中でも一番人気のニュースポーツ部は自分たちで新しい競技を考えて、実際にそれをやるという部活だ。高校の部活ってすごいね。
「へぇ、盆栽部とかあるのか。どうりで……」
と、千波が中庭の棚にならんだ盆栽の数々を見ながら言った。
「千波は写真部で決まりじゃないのか?」
彼女は写真が趣味で、長期休暇のさいは愛用する一眼レフカメラをお供に撮影旅行に出かけるのだ。
「それはプライベートで出来るからな。どうせなら高校でしか出来ない体験がしたい」
その気持ちは分かる。私も安易に美術部に入ろうとしていたけど、心機一転何か新しいことを初めてみようかな。
「げふっ!」
考えこんでいると、顔面に何やら紙が貼りついた。見ると、金蘭高校の校内新聞だった。新聞部なんて部活もあるんだな。
「あれ、この記事」
目を引いた記事は、『怪奇! 赤い桜事件』というタイトルが付けられていた。