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【誘拐された人々の居場所は分からないようだ。もうなんか面倒くさいんで、さらっと誘拐されてきて相手の基地を破壊しようと思う】
おい待て! 早まるんじゃない! 命大事に! なんか読むのがだんだん怖くなってきた。
【犯人に一番誘拐されやすそうだからと、女装をしてみることにする。小柄な身長だから、メイクを施せば少女に見えないこともない。髪を長くして、その辺の店で調達した白い細かなドット柄が可愛い紺のワンピースを着てみる。我ながらいい線を行っている】
添えられた写真には、明るい髪をした、聡明そうな顔立ちの美少女が微笑んでいた。信じられない。これ、男の子なの? しかも敵の本拠地をぶっ潰そうとしてるおっかない子にはとても見えない。
【女装は男しかできない最高に男らしい行為だと思うのだが、何故皆そこまで体張らなくてもと必死で止めるんだい?】
危険な場所に乗り込んでほしくないという心配の気持ちだと思うよ。天使のような美少女だから、庇護欲が駆り立てられ……。僕は変態でもロリコンでもありませんからね?
【危ないとおもったら手段なんか選ばずに逃げてくること、バックアップ体制をきちんと作る事を条件に夜の一人歩きが認められた。
千波ちゃんの遠視魔法で見守られている様がなんともむずがゆい。街灯に照らされた趣ある街並みを歩いて数分で誘拐されました。獲物の方から来てくれるとは。これから楽しくなりそうだ】
うわー! 今度は八剣が誘拐されたー! って、あれ、悪魔の微笑みが見えるのは気のせいかな。犯人の命の方が心配になってきた。
【ダブリン郊外の緑の丘に1本立つ、白い花を満開にさせた林檎の木に誘拐犯が手を当てる。やはり、見つからない場所ということは精霊が結界を張った場所だったか。
転移で訪れたそこは、ツタが絡まったクラシカルな雰囲気の洋館だった。煙突が四つもあるからサンタさんが入り放題である。中は青い絨毯が敷かれ、水晶のシャンデリアが光り出す豪華な内装だった。品のある調度品も素敵だ。悪くはない】
うん、お屋敷が気に入ったみたいで良かったね。
【私は花の名前があてがわれた一室に入れられた。物理的な鍵と魔法で閉じ込められる。気配を探れば私の他に7人ほど人の気配を感じる。
私の部屋はホクシャという赤い花の名を持つため室内も赤を基調にしてまとめられている。大きなベッドでゴロゴロしながら堪能していると食事が運ばれて来た。
菜の花とチキンのトマトパスタを平らげ、兎の耳を苺で模して作った可愛らしいカップケーキを食べる。イチゴの甘酸っぱさがアクセントになって美味しい。皿を下げに来た人の手を掴んで私は笑う。
捕まえた】
何。何か今背筋がすっごい寒くなったんだけど! 何これホラー! 思わず背後を確認してしまった。
【完全無欠の美少女に手を握ってもらっているというのに、喜ぶでもなく顔面を蒼白にさせて悲鳴を上げるなんて失礼な泥棒である】
良かった。僕だけの感覚じゃなかった。え、待って、泥棒?
【私と同じで誘拐された人々を助けにきたヴィオラとかいう泥棒さんでしょ? と言えばはぐらかされるが、クライストチャーチ大聖堂で得た泥棒の気配を間違う私ではない。私も誘拐された人達を助けに来たんだよね、と自由に動けるならとちょっとした仕掛けを施してもらうように頼む】
まさかのここで、あの人登場。いや、もしかしたら来るかもと思ったけどビックリ。
【誘拐された人たちをまずは安全な場所に避難させないと、と思い、千波ちゃんに頼んでホテルに警察を呼んでもらう。準備が出来たところで被害者の人たちを私達の泊るホテルに転移させる。
疲れたので、柔らかなベッドでゴロゴロしつつ、仕掛けがすべて取り付けられたか確認すれば、思ったよりも早く終わっていた。優秀な泥棒さんで、私は大変嬉しいよ。
私は目を閉じ魔法を発動させる。
世界が闇に閉ざされた】
え、ちょっと。真っ暗になっちゃったけど、どういうこと!? てか、誘拐された人たちと一緒に逃げればいいのになんで八剣は一番危険な場所に残っているんだ!
【ワイズマン博士の人口幽霊屋敷の研究についてご存知だろうか? 博士によれば超低周波音が内臓を振動させ、それが恐怖心や不安感に関係して言うのかもしれないと言う。メトロポリタン大聖堂での実験では、本来人が聞こえない低周波音をパイプオルガンを使って流したところ、聴衆はその音を流した時だけ悲しみや畏怖、寒気を感じた人々が現れたのだ。
今回、私はこの博士の研究を利用して人工的な幽霊屋敷を作り上げた。泥棒に頼んで低周波音を発生させるスピーカーの他、絵画の裏には電磁コイルをしかけ、空調設備をいじって気温を低下させてもらった。びっちゃーという音が地味に怖い、粘性のある水を流す装置も置いてもらった。本能に働きかけるものだから恐怖に対する訓練をしていても防げない。
むしろ、克服したはずの恐怖感を無理やり引きずり出されるのだからより恐怖は増すだろう。しとしとと雨が降って来たし雰囲気は満点だ。
あぁ、今、悲鳴が聞こえた】
どんなお化けよりも恐ろしいのは、八剣なんじゃないかな。あと、そんな研究初めて知ったよ。
【扉を開錠の魔法で開けて外に出れば、精霊たちが何を見ているのか上を指さし、泣きながら逃げている所だった。服を引っ張られただの、光が点滅しているだの、悪魔がいるとか言っているが、そんな仕掛けは用意していない。脳が見せる錯覚かな? 興味深い】
実験動物を見る目で誘拐犯を見ている気がするのは、気のせいだと思いたい。
【気配をさぐれば、今現在この屋敷にいる者は泥棒を除いて全て暖炉が置かれたラウンジに集まっているようだ。仕上げかな、と賢人君に連絡を入れたところで犯人の一人に私の存在が気づかれる。いや、待て、私お化けじゃない。呪縛の魔法と銀の短剣が投げつけられ、甘んじて受け入れるしかないかなとため息を吐いた】
え、ちょっと、諦めたらそこで試合終了だからね! もうちょっと粘って!
【抱きこまれて視界が暗くなる。庇われたのだと気づくと同時に、お嬢さんも無茶をしますねと呆れたような声が聞こえる。恐怖と私に対する攻撃により隙が出来てたから、相打ち覚悟で犯人に眠りの魔法をかけたのだけど、泥棒さんに庇われて怪我まで負わせてしまうとは失敗だった】
良かった! 大事な生徒を守ってくれてありがとう! と心の中で感謝を告げておく。
【取りあえず犯人を警察署に送り込み、泥棒さんに治癒魔法をかけようとした所でやんわり止められる。もう治りかけだからと見せられた腕の傷口には、綺麗なピンクの線が一本だけ入っていた。綺麗な白い肌に傷を付けてしまったと申し訳なくなったので、治癒魔法で泥棒さんのケガを綺麗に治しておく】
傷の治りが早いって、やっぱり普通の人間ではないのか。
【泥棒に抱きかかえられ、いつ知ったのか分からないが、私が泊るホテルの前まで転移魔法で送ってもらった。赤い薔薇の花が一輪髪に飾られる。もう危ないことに首を突っ込まないようにと私に念押ししてから、彼は帰っていった。貴方の幸福を祈るという言葉を残して。
この花のプレゼントは花言葉にちなんだものだろう。次に会った時に私が男の子だと知ったら、どんな反応をするのか楽しみだな。愉快な想像に微笑み、私は玄関の扉を開けた】
嘘だと言ってくれと~! と叫びたい内容だったけど、なんとか事件が終わったな。後は翌3月17日の町中が緑に染まると言う聖パトリックのお祭りの様子で締められていた。
朝6時から鼓笛隊のパレードが行われるんだね。聖人の日を祝うミサはクリスマスの日の荘厳さに加え、祭りの華やかさをミックスした独特のものでとても印象に残ったようだ。
なお、この日は皆緑色の物をまとって祭りに参加する。ナショナルカラーの緑は、大地とカトリック教徒の色を表すらしい。
事件の顛末はともかく、よく勉強されているのが分かる内容だ。中学の担任がA評価を付けたのも頷ける。事件の解決をよく頑張りましたが、危ないことはしないでね。心配です。とかなり心のこもったコメントに思わず僕も頷いてしまう。
【泥棒さんの瞳の色は、作り物でなければ青紫色でスミレを思わせる色だった。ヴィオラという名前も楽器はミスリードで本当はスミレの意味の方なのかなと思った。自由研究として泥棒を捕まえて、是非聞いてみようと私は心に誓った】
と、いう文言でレポートは終わっていた。おい待て。そんな自由研究提出されても採点できないからね! やめてください、お願いします。
「いかがでしたか。これが八剣さんの提出したレポートのなかで、一番平和な事件の物だそうです」
楠葉先生の言葉に僕はあんぐり口を開ける。これが平和って何やらかしたんだ八剣!
この子の担任僕にできるのかなと、ちょっと遠い目になった。
「これ、珍しく卒業レポートではないのですね」
入試の際には、一番自信のあるレポートを提出するのが通例だから何もおかしなことはないが、普通は卒業レポートが最高レベルになるはずなので珍しい。
「八剣さんの卒業レポートは、ここ10年の生徒の中で見ても一番素晴らしく優秀な論文でした。しかし、合間合間の余談で挟まれる事件の内容が恐ろしくて、中学の先生方の判断で入試に提出する論文はこれになったようです」
普段から冷静沈着で慌てたところなど見たことがない。我らの頼れる校長先生のあの楠葉先生の顔が青ざめている。嘘だろ。怖いもの見たさで残りの論文にも目を通したくなる。
その後は、この高校に勤務するうえで大切なことが書かれたマニュアルを手渡され説明された。それから職員室に案内され、先生方に挨拶をする。教師一年目の僕につく、指導教員も紹介された。
教師としては、生徒理解が一番大事だ。指導教員に、まず手始めにと僕が今年担当する生徒たちの生徒記録簿や学習記録、これまで提出されたレポートのコピーを渡される。
僕が担当するのは全員今年度入学する1年生だ。最初だからと八剣含めて6人だけだが、机の上にちょっとした山ができる。これは本腰を入れなければ、と腹に力を入れる。
今夜、徹夜しても読み終わるかな。
根を詰めすぎていた。文字が霞んで見える。これはいかん、と少し休憩することにする。学校の中を歩いていると、博物館の建物が見える。
この高校は、古墳がたくさん点在する立地も影響してか、歴史教育に力を入れている。『歴史学』や『考古学』の授業で使用する、貴重な資料や遺物。生徒たちが実習で発掘、収集してきた貴重な品々も展示されている。
また、この学校には郷土研究部という部活もあり、その部に所属する生徒が集めた考古学や郷土資料も数多く収蔵されている。
社会の教員だからと、僕は春から郷土研究部の顧問を任されることになっている。部員は皆ゆるく和やかだが、好奇心の鬼とも聞いている。はたして僕の手におえる生徒なのか。心配だ。
この博物館は、地域に広く公開されており入館も無料だ。だから、博物館内にこの高校の関係者以外がいてもおかしくはない。
学校の周辺にある、弥生時代の遺跡から発掘された土器や勾玉が展示されたコーナー。そこに僕でさえ警戒せざるを得ない、渦巻く魔力の気配を捕らえた。
その少年はうちの高校の制服ではなく私服を着ていた。校長先生自らが張った防衛用の結界に弾かれなかったってことは、不審者じゃないな。
気配に気づいたのか。その少年がこちらを振り向いた。
「これは、ずいぶんと可愛いな。博物館のマスコットか?」
呪いのため低くなった目線では、男子高校生としては小柄な身長な相手に対しても威圧感を覚える。……表情を読みとられる顔じゃなくて良かった。この姿だと、ポーカーフェイスはかなり容易だ。
少年の顔には見覚えがありすぎる。生徒記録簿で幼稚園から見てきた。
「八剣」
「おや、私の名前をご存知とは。どこかでお会いいたしましたか? うーん、でもこの魔力。もしや先生でしたか? それは失礼いたしました」
ピンクの瞳が妖しく光る。僕はその目に魅了されたかのように、視線を反らすことが出来なかった。
幽霊屋敷の実験のくだりについては、以下の本を参考にさせて頂きました。ありがとうございます。
『博士たちの奇妙な研究 素晴らしき異端科学の世界』 久我羅内 文春文庫(2012)
また、アイルランドの伝説や建物、食事などの描写については以下の本を参考にさせて頂きました。ありがとうございます。
『地球の歩き方 アイルランド』 「地球の歩き方」編集室 ダイヤモンド・ビッグ社 (2013)
『旅のヒントBOOK 絶景とファンタジーの島 アイルランドへ』 山下直子 イカロス出版 (2017)
次回からは、第一部完結まで毎日朝8時に更新します。第一部完結は4月10日を予定しています。よろしくお願いいたします。