11 平穏な日常
GWが開けて最初の平日。休みが続いて夜更かしすることに慣れきっていたせいで、朝スマホのアラームで起きるのが心底辛かった。
眠い目をこすりながら、やっとこさ布団から抜け出す。おはようございます。どうも、八剣舞桜です。
洗面所に行って顔を洗えば、少しは眠気が逃げていく。眼帯をつけて、左目をおおう。処理すべき情報が一気に減って、頭が楽になる。
部屋に戻って、タンスからシャツと靴下を取り出す。寝間着かわりのトレーナーを脱いで、シャツを羽織る。吊り下げてあるズボンを履いて、この1ヶ月でずいぶんと慣れたネクタイを締める。
ブレザーは、後でもいいか。まずは朝食だ。ふすまを開けて、廊下に出る。日の光がずいぶんと眩しく感じて、思わず顔をしかめる。
日差しがずいぶんと凶悪じゃない? え、今5月だよね? こんなんじゃ、夏本番どうなるの?
冗談抜きに、私は夏の日差しで溶けるかもしれない。常時結界を張っておこうかな。日差しさえシャットダウンしてしまえば、案外快適に夏を過ごせるかもなぁ。
わりと心底から夏の可能性に怯えていると、居間に着いた。お、味噌汁の良い香りだ。それに反応して、お腹が盛大に鳴る。
いや、成長期真っ盛りの男子高校生なんて、総じて皆こんな感じだよね!? 私だけが食いしん坊なわけじゃないって、信じてるからな。
「おはようございます、舞桜さん」
今日も今日とて和服をきっちりと着こなした母さんが、優しい笑みを向けてくれる。
「おはよう、母さん」
母さんが食事当番の日には、希望を言わない限りは全て和食になる。母さんの和食は好きだから、私は全く問題ないけど。
レシピを聞いて自分でも作ってみるのだが、なんか違うんだよな。煮物とかは特に顕著だ。これが料理の腕の違いってやつだろうか。
「いただきます」
今日のメニューは、ワカメとじゃがいもの味噌汁に焼き鮭、のり入りの卵焼きにひじきの煮つけだ。ひじきの煮つけが地味に好きな身としては、嬉しい。
「舞桜さんは昔からひじきが好きですよね」
早々に、ひじきの煮つけを口に入れてモグモグしていると、母さんに笑いながら言われてしまった。別に隠してもないので、素直に頷く。
鮭も塩が利いていて、これはいくらでもご飯が進みそうだ。結局ご飯を3杯おかわりしてしまった。
お腹いっぱいになると眠くなるが、今からが本番だ。アクビを連発しながら洗面所で歯みがきをして、髪も整える。さすがに女子もいるなかで、寝癖がついたまま登校なんて出来ないからな。
ブレザーを羽織って、昨日準備したカバンを手に持つ。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい。お気をつけて」
今日も、実の息子相手とは思えないくらいの深々とした礼で見送られる。
うちも旧家だから、本当はあれくらいの礼儀作法は自然にできないといけないんだろうな。
私自身は、そんなに厳しい躾をされてないからできないけど。
両親共におおらかな教育方針で良かったぜ。
「で? 舞桜は今回のGW は、いったいどんなトラブルに巻き込まれたんだ?」
一時間目の『歴史学概論』の授業。席に着くか着かないかのところで、千波がいかにも興味津々ですといった顔で聞いてきた。
私はあきれたようにため息をつく。
「そう何度も何度もヤバい事件に巻き込まれてたまるか。今回は実家の家業の手伝いをしてたから、平和も平和。ゆっくり絵も描けたし、お菓子作りまでできたぞ」
何故か千波だけではなく、周りにいた保育所からの友人たちまで戦慄した顔になる。
「なん……だと。舞桜が無傷で連休を乗り越えるなんて、初めてじゃないのか!?」
「これは吉兆じゃない。絶対に嵐がくる前触れだ。この後世界が終わるんじゃないか?」
「イヤだー!! 俺まだ死にたくねーよ!」
「たった15年の命か……。なんて儚い人生だったんだ」
まわりの恐慌っぷりに、高校からのクラスメイトまで私を怯えた目で見始めた。
熱い風評被害である。
たしかに、トラブルに巻き込まれやすい体質なのは認めるよ。
一度、母さんに本気でお祓いを受けた方がいいのか相談したら、「強い力を持つものの宿命です」と言って優しく微笑むばかりで、取り合ってもくれなかった。言外に諦めろって言われてるよな、これ。
でも、GW が平和だったのはアレだよ。4月にさんざん人喰いな桜の妖とやりやって退治してきたからな! そのご褒美だよ!
なんか自分で言っていて悲しくなってきた。
そんなことを一生懸命説明していれば、皆はとりあえず納得したように頷いてはくれた。
疑いのまなざしは、多分に残っていたけどさ。
やっぱり、厄除けの神社とかに一回お詣りするべきなのかなぁ。
なんて黄昏れていれば、ピョコピョコと飛び跳ねながら、埴輪な姿をした春海先生が入ってきた。
ユーモラスな動きは微笑ましいが、体にまとわりつく面倒な呪いを見れば笑えない。
いったい何があったら、こんなこんがらがった呪いをかけられるんだか。
いや、好奇心で首を突っ込むと、経験則からしてロクなことにならないのは分かりきっているから、聞かないけどさ。
先生のよく通る声を聞きながら、真面目な学生らしくノートをとる。
ときおり埴輪の後ろに揺らいで見える人影が、やはりどうしても気になる。
チャイムが鳴り、皆我先にと教室を後にする。皆、片付けが早くないか!?
私もあたふたと教科書とノート、筆箱をカバンの中にしまう。
「八剣は、今日は部活に来るのか?」
移動魔法で黒板消しを操って、黒板を消していた春海先生が、静かに問いかけてきた。
私は結局、美術部と郷土研究部をかけもちで入部することに決めた。
なお、千波はさっさと写真部に入部しており、郷土研究部への入部は丁重に辞退している。
ま、元々桜の妖を狩るのが真の目的だったから仕方ない。私が入部すると言った時は、かなり驚いた顔をしていたっけ。
郷土研究部の方では、夏の歴史フォーラムに向けて、そろそろ研究テーマを決めなければならない。
GWは、家業の手伝いがあるからと部活には全く行ってないから(休日出勤とか、御免こうむる)先生も私の進捗が気になるのだろう。
進捗? 真っ白ですよ。まだなーんにも決まっていない。
美術部の方の活動では、ただいま漫画に初挑戦していて、そちらが楽し過ぎたせいで、郷土研究部の活動には何も手をつけていない。
漫画の方は、9月の文化祭で配布する部誌に載せられるレベルの方は描けそうなので、見通しは明るい。
郷土研究の方は、ただいま暗雲が立ちこめている。1年生のうちは、先輩の研究を手伝うのでも良いと言われているから、最悪何もテーマが考えつかなかったらそうしようかな。
東雲先輩とか優しいから、私のことも仲間に入れてくれるはずだ。
「行きますよ。そろそろ行かないとマズいでしょう」
「うちは幽霊部員も多いから無理にとは言わないが、来たら先輩たちは喜ぶと思うぞ。特に天羽なんか、君の訪れを首を長ーくして待ってるよ」
「まぁ、今年の新入部員は私だけですから、そうなりますよね」
唯一の1年生とか、それは可愛かろう。
「来るなら良かった。それじゃあ、放課後に」
「はい、春海先生」
私はお辞儀をしてから教室を出た。2時間目は空きコマだ。
さて、どうしようかな。
さすがに何もなしは気まずい。一応、お近づきの印という名の貢ぎ物を昨日焼いてはきたけど、それじゃダメだよね。
せめて少しはやっている感を出さないと。
私は図書館に足を向けた。
結局、何も思いつかないままに放課後が来てしまった。
「また明日な」
「おう、また明日」
千波とは手をふって別れ、そのまま3階にある歴史学教室に向かう。
窓から見える木々の、新緑の緑がとても綺麗だなー。爽やかで、柔らかなこの緑が、昔から好きなんだよなぁ。
「こんにちはー。お疲れ様です」
「お疲れ様」
部室の扉を開けると、中には副部長の東雲先輩しかいなかった。
「GW、たいへんだったみたいだね」
本気で心配した顔をされると、ちょっと罪悪感が募る。
実際は、実家の蔵の資料の整理をするだけで、あとは悠々自適に休みを満喫してました、なんて言えない。
「あ、はい。まぁ」
日本人の必殺技、笑って誤魔化すを使う。
後ろでガラッと扉が開く音がした。部長の天羽先輩と、顧問の春海先生が揃って登場した。
「あれ、八剣くんだ。良かった、来てくれた!!」
「はい、まぁ今日は来ましたよ」
喜色満面な天羽先輩が、私の両手を握ってブンブン振り回す。ここまで喜ばれるとは、思わなかった。
大会前でもなければ、郷土研究部の部員はこれで全員揃ったことになる。
ならば、さっそく。
私は収納魔法でしまっておいた、自作のマドレーヌを取り出した。
「良かったら、これ作ったのでどうぞ」
「わぁ、八剣くんったら料理男子だったんだね! 甘い物が欲しかったから、ちょうど良かった。ありがとう」
「すごいな、美味しそうだね。ありがとう」
「これは、八剣の手作りなのか?」
何故か春海先生の声が硬い。警戒心MAXのまなざしが、マドレーヌを見ている。
マドレーヌは別に爆発しませんよ?
「お前たち、覚悟をきめて食べろよ。八剣の作る菓子は相当ヤバい」
「え、どういうことですか?」
「美味し過ぎて死ぬ。人は美味し過ぎるものを食べても、死ぬんだ」
「先生はまだ生きてますよね」
おかしいな。春海先生まで真顔で変な冗談を言い出したぞ。
「そ、そんなに?」
ほら、天羽先輩が真面目な顔になってしまった。
「大丈夫ですよ。ただの素人の手作り菓子です。味見はしたので、不味くはないはずですが……」
「素晴らしい宝物を頂けるとは。休み明けで嫌だったけど、出勤してきて良かった」
先生な埴輪がむせび泣き始めた。涙はどこから出ているのだろう?
てか、先生もやっぱり月曜日は学校に来るのキツいんだ。
「いただきます」
東雲先輩が、最初にマドレーヌを口に入れた。天羽先輩が勇者を見る目を向けている。
「これは……あまりに美味し過ぎるな」
東雲先輩の顔が赤く染まり、明らかに蕩けている。明らかに未成年が見てはいけない色気の暴力に、直視は危険だと本能で悟って明後日の方向を向く。
「このお菓子を得るためなら、何だってしてしまいそうだ。貴方の奴隷になろう」
「すごい独特な褒め方しますね!? 言ってくだされば、お菓子くらいいつでも作りますよ」
「貴方の配偶者になれる方は、とても幸せだろうな」
東雲先輩は、とても私のお菓子の味を気に入ってくれたようだ。作った者としては、冥利に尽きる。えへへ、嬉しいな。有難いかぎりだ。
しかし、配偶者かー。私の場合は、相手が女性でも男性でもいいんだよな。相手に合わせて性別を変えればいいのだから。女性の姿でも、違和感などは特になく自分であるという認識だ。
そう考えたら、選択しが他人より多いんだよな。高校生になったし、やっぱり恋愛とかもしてみたいよね。
今のところ、フラグの1つも立ちそうにないけど。
「よ、よーし。なら、私も食べよう」
「家まで我慢できそうにないから、僕も」
そう言って、天羽先輩と春海先生も私の作ったお菓子を食べてくれたのだが、2人して安らかな表情で意識を失ったのが解せぬ。
東雲先輩は、後ろで当然とばかりにウンウン頷いていたけれど。




