1 春、エメラルドの島へ
プロローグ的なお話なので、主人公の八剣ではなく担任の先生視点になります。
基本ほのぼのな魔法学校コメディです。楽しんで読んで頂けますように。よろしくお願いいたします。
ピンクの花が主役となり世界を彩る鮮やかな季節。諸事情で仕事を退職しなければならなくなった僕は、母校の門を今度は教師となってくぐることになった。
持っていた資格は多い方がいいとノリで取った社会科の教員免許を、まさか使う事になるとはね。運命は分からないものだ。
とはいえ、僕の勤務校は魔法を使う素質を持った子供たちが通う学校だ。魔力があり、なおかつ教員免許を持つ僕みたいな人材は喉から手が出るほど欲しいのだろう。
前職からの紹介状の効果もあって、履歴書を送るだけで教員としてあっさり採用されてしまった。……多感な子どもに深く関わる教師という職に、そんな簡単になって良いのだろうか。よりいっそう気を引き締めねば。
魔法使い。それは、おとぎ話の存在ではない。
全世界の人口からだと2パーセントほどの存在だが、魔法使いは存在する。彼らは魔法素養のない普通の両親の元にも突然変異のように生まれる。そして何食わぬ顔で人の社会に溶け込み、時には傍観し、時には人の営みに干渉しながら混ざり合って暮らしている。
古代からこの世界に数少ないまでも、魔法使いはいた。 そんな魔法使いの存在が公に知られたのは、今から80年ほど前の第二次世界大戦末期のころ。毒ガス兵器や爆薬、戦闘機を使った空からの爆撃で大切な人が傷ついたり、故郷が破壊されたその当時の魔法使いたちはついに盛大にブチ切れた。
その当時は100名ほどだった各国に散らばっていた魔法使いたちは、隠れ家から出ると一同に集結し作戦会議を開き、精霊や幻獣と協力しながら戦争で使われる兵器や戦艦、戦闘機をすべて破壊しデータも各国の機密機関に潜入し軒並み消去、さらに精神干渉魔法に秀でたものたちは戦争の原因を作った上層部の意識に入り、戦争を止めるように誘導し、そもそもの戦争の原因となった第一次世界大戦の賠償金問題や貿易の問題が上手く折り合いが付くように操作していった。
結果、1日で戦争を全て終わらせた魔法使いたちは軍部独裁状態だった国々を軒並み民主主義に変えていき、戦争をしないで済むように支援しつつ、法律を変えていくように提案していった。
そして、地中海に浮かぶ魔法で作った人工島に魔法使いの国際組織の本部を作り、戦争を起こした国はうちが相手になって全力で叩き潰すと脅しをかけた。そうなる前にうちが仲介するから話し合いや裁判で解決しましょうという提案をし、全世界の国に承諾させた。この時出来たのがオランダ・ハーグにある国際司法裁判所である。
そして現在、国際魔法連盟に所属する魔法使いたちは、各国政府に協力しながら世界が平和になるよう日々世界を見守っている。
生まれた子どもは全て魔力が測定され、魔法を使う能力を持つ者は、国際魔法本部に登録されて各国に必ず2校以上ある魔法学校で学ぶことが義務付けられている。
日本では全部で30校の魔法学校と2つの魔法大学があり、日々教育や魔法の発展のための研究をしている。
睡蓮の浮かぶ池を通り過ぎ、近未来的な淡いブラウンの校舎に入れば、懐かしい気持ちになる。遠くからは生徒の笑い声が聞こえてきて表情が緩む。
「おはようございます、春海先生。お待ちしておりましたわ」
清楚な雰囲気の女性に、僕は丁寧にお辞儀をして挨拶を返す。この学校の校長である楠葉那津子先生だ。一見おっとりのんびりした雰囲気だが、読み取れる魔力から舐めてかかっていけないことを肌で理解している。世間的には、優秀な治癒魔法の使い手として名声が轟いている。
僕の在学中の頃も楠葉先生がこの学校の校長先生ではあった。だが、行事以外で全くと言っていいほど関わりがなかったので、未だキャラが掴めないでいる。
さて、楠葉先生の案内で職員室に向かう間に魔法高校の紹介に付き合ってください。
全国的にも30校ほどしかない、珍しい専門教育を行う魔法高校。その入学条件ただ一つ。実用的なレベルで魔法が扱える程度の魔力を持つこと。逆に言うと、多少なりとも魔力がありさえすれば、当人の意志は関係なく、魔法高校に強制的に入学させられる。それは国際法で決まっており、例外はただの一つも許されない。
国際魔法連盟が費用を持つため公立私立問わず学費は無料。遠方に住む生徒は学校の寮から通ってきている。教育課程としては、これはほぼ公立の魔法高校に言えることだが基本的に朝9時から午後4時まで学校の中にいる事というルールさえ守れば後は基本何をしても自由なのである。
学校の基本スタンスは自分の意思で学んだ事にこそ意味がある、といったもの。興味があるのであれば別に遊んでいても怒られない。校庭でサッカーや鬼ごっこをしたり、音楽室で楽器を弾いたり、中には持ち込んだゲーム機で遊んでいる生徒もいる。
勿論、勉強自体が禁止というわけではない。生徒は何百万冊もの蔵書を誇る図書館棟で本を読んで調べたり、教師が定期的に開講する様々な講座を受講したり、ネット検索や実際に現地に行く校外学習などを通して自ら学んでいくのだ。
ちなみに、私立の魔法高校の場合は学習指導要領に即した授業等が行われているところもあるらしい。
教科書に所属するクラスや、試験、担任の先生もいない。ただし、義務教育ではない高校の場合は、先生方が用意する多彩な教育プロジェクトを最終学年の3年生までに5つ以上こなしてレポートを提出し、さらに自由研究課題をこなければ卒業はできない。
このレポートの成績が大学、特に魔法教育学部に進むのなら重要な選抜要素になるので、卒業が近づくほど皆本気で取り組み始めるのだ。
楠葉先生が教室の扉の前で足を止め、鍵を差し込み扉を開けた。中は5畳ほどで木の椅子とテーブルがあるだけだ。部屋の名称を見れば面談室となっている。
「あの、ここは?」
「まずは、どうぞお座りください」
魔法学校は色々と特殊な空間だ。機密事項も多い。校長先生自らの手で、繊細かつ強固な盗聴防止結界が室内に張り巡らせる。ということは、余程重要な話を聞かされるのか。
魔法でアシストしながら、苦労して椅子に座る。僕のそんな姿を見て、校長先生が一瞬痛ましそうな顔をする。僕が未熟なために呪いを受けただけだ。幸い、魔法使いの命綱とも言える魔力は呪いを受ける前と変わらない。だから、全く気にする必要はないのに。
「そんなに緊張しないで。リラックスできるように紅茶を淹れるわね」
「ありがとうございます」
魔法でカップを浮かせて、口元に運ぶ。ホッとする温かさに、無意識に入っていた力が抜ける。
「先生方に紹介する前に貴方に担当して頂きたい生徒の事をお話します。まずは、入試の際に彼が提出したプロジェクトのレポートを読んでください」
魔術高校は、日本の法律上は義務教育ではないので一応入試は存在する。全員合格するけど。その際は、魔法学校の中等部の卒業レポートが大体提出される。
そして、表向きは生徒に担任はいない事になっているが、心のケアや適度に発達に合わせた学びへと促したり、レポートの採点をするために実は担当の先生が生徒一人一人に決まっているのだ。僕もそれは大学の教職課程を受講して初めて知った。僕の担任の先生は一体誰だったのだろう。
僕が今回主に担当することになる新入生の八剣舞桜は、犯罪捜査に有用な能力を多く備えた生徒だった。
僕自身強力な精神支配の魔法を得意とするため、その能力を使って各国の警察機関に学生の頃から協力していた。その類似性から、今回彼の担任に選ばれたのだろう。
そして、強大な魔力を持ち、攻撃魔法に高い適性がある彼が人類の敵とならないように教育の力で導くこと。
もし、彼が闇に堕ちるようなことがあれば、その際は僕の特異魔法によって封印する。それが僕に託された秘密の使命だった。
まずは人となりと、どのような能力があるのか知らないといけないな。僕は高校入試の際に提出された、八剣の書いたレポートをめくった。