第239話:この世界なら何とかなるよきっと
王都へ旅行に来た。
懐かしい場所に行ってみたくて、真っ白な街並みの路地に入る。
ふらふらしているとあの時のことを思い出す。
「ここでさ、パパとママを知っている人に出会ったんだ。」
「お?」
「ふむ。」
「ほぉ。」
「その人がさ、今代の転生賢者だった。」
「なんだって。」
「なんですって。」
「なんと。」
「それで転生賢者に伝わる日記?をもらった。」
「なんか知らないところで色々してたんだな。」
「あの頃は何にも教えてくれませんでしたしね。」
「能力を知っていた我にも転生のことは話さなかったからな。」
「ごめんって。だから全部話そうと思ってここに来たんだよ。」
王国はさんざん満喫済みだしね。
「……私の前世は、幸せなごく普通の家庭で育って、普通に学校に通って、普通に仕事について、普通じゃない死に方をした。」
「うん?」
「普通じゃない死に方?」
「流れが変わったな。」
「上から落下してきた看板に頭をぶつけて意識を失って気が付いたころには火葬……燃やされていた。」
「うわぁ……。」
「きついですね……。」
「う、うむ。」
「そして次に目が覚めたら、この世界で産まれていた。」
「なるほど。」
「赤ん坊のころから記憶があったんですね。」
「生まれたころから長殿のままなのだな。」
「私の前世の世界は子供は普通に学校に行って、大人は普通に仕事をして、たまに引きこもった人とか逆に若くして仕事している人もいて、なんていうか、自由で縛られた世界だったな。」
「何がなんて?」
「強制的に学校や仕事に行かなければいけないけれどそれを拒否する者もいたということでしょうか?」
「しかし、その結果が若くしての労働か自主的な監禁か、ということか?」
「技術は皇国とは別方向に進んでいて。」
「おい、質問に答える~。」
「連合国よりも栄えていて。」
「それは……すごそうですね。」
「帝国よりも豊かで。」
「あれよりもか。」
「共和国よりも沢山の国があって。」
「多いなおい。」
「王国よりも広かった。」
「世界一広い王国よりも!?」
「多分。」
「適当だな。」
「うん。もうほとんど覚えていない。確かにあの世界にも大切な家族や友人がいたってこと以外は、もう忘れちゃってる。」
「「「……。」」」
「でも、その代わりに沢山の大切な思い出が今この頭の中に詰まっている。」
「そうだな。」
「そうですね。」
「間違いないな。」
「自信満々だな!……うん、でも、本当にお前達のおかげでこの世界に沢山の大切なものができた。」
「抱えきれないくらいな。」
「もう皆大人になってしまいましたね。」
「立派に長を務めているしな。」
「うん、あの子達もだし、孫達もだし、お前達もだ。……私は、この世界に大切なものを作りすぎた。」
「……。」
「死ぬのが怖いんだ!全部、皆置いて死んでいくのが!」
「……。」
「けど、すべてが滅んでほしいわけじゃない!ずっとずっと皆平和に暮らしていってほしい!」
「……。」
「私は弱いから!常に死を恐れてきた!けど、最後まで生きて、もう死んでもいいとすら思えていたのに!それでもまた後悔する!申し訳なくなる!」
「カノイ……。」
「怖いんだ……死ぬのが……怖いよ……。」
「カノイ!」
「へ?」
「カノイ!お前転生賢者だろ!?だったらまた生まれ変われるかもしれないって言えよ!」
「それは……でも、次はないかも……。」
「カノイ様!生まれ変わりは実在します!だから、いつかまた会えるって思いましょうよ!」
「でも、でも、覚えてないかも……。」
「我らは長殿のことを忘れるわけがないだろう。忘れていたとしても、必ず見つけるさ。」
「……。」
私は泣いていた。
弱さを見せながらずっとずっと泣いていた。
彼らも、リボルも、ヴァイスも、ルーも泣いていた。
それでも、私を元気づけるためだけに紡いだ言葉はどうしようもなく力強くて。
もしかしたらを、強く望んでしまった。
カノイ・マークガーフ、59歳、悲しみと弱みと望みを共有した夏の出来事である。
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