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カブト虫

作者: 山神伸二

 八月二十四日、高原龍太は吉川の家の中から裏庭を窓越しに見ていた。

「どうした龍太。裏庭なんか見て」

「いや、ちょっとな」

 龍太の従兄弟の高原洸哉の言葉に龍太は言葉を濁した。

 龍太は現在二十三歳で高校を卒業した後、色々な仕事をし、会社に入社しては辞め、会社に入社しては辞め、のいうことをして先日までは居酒屋で働いていて今は無職である。そして四人の中では最年長であり、リーダー格であり、皆んなのまとめ役であった。

 洸哉は現在二十一歳で神奈川の大学に通っている。そして四人の中では一番頭が良い副リーダーである。

「なあ、伸二は来ないのかよ」

 高原涼はそう言いながら携帯をいじっていた。

 涼は洸哉の弟で四人の中では一番の暴れん坊である。昔は四人中三番目に身長が小さかったが現在では一番身長が高く、それと同時に体も太っていった。そして今は専門学校に通っており、バイトでは高校時代からずっとガソリンスタンドで働いている。

「多分、あと少しで来ると思う」

 龍太がそう言った瞬間、玄関の扉の開く音がした。

「お、来たか」

 龍太がそう言うと涼は茶の間の扉を開けた。茶の間の扉を開けるとそこは玄関なのである。

「あら、涼ちゃん久し振り。大きくなって」

 そこにいたのは家の前のおばさんだった。

「あ、久し振りです。あ、ばば。おばさんが来たよ」

「はーい」

 涼がそう言うと台所から涼達の祖母である翔子が出てきた。

「あ、どうしたこて?」

「家で良い茄子取れたからあげようと思ってこて」

 二人は井戸端会議を始めた。

「ああ、いらんいらん。いいってこて」

「そう言わずに貰ってくれよ。俺達じゃ食べ切れないこて」

「そうかい?ならもらっておくね」

「ありがとう」

 おばさんはそう言って後ろを振り向いた時そこに一人の少年がいることに気がついた。

「あら、伸二ちゃん」

「あ、久し振りっす」

 山田圭吾はそう言って頭を少し下げた。

「圭吾⁉︎」

 涼は驚きながら言った。

 伸二は四人の中では最年少であり、現在十七歳の高校三年生である。

「お、涼。久し振りじゃん」

 伸二がそう言うと、彼をここまで車で運んで来た龍太達の祖父、長治が立っていた。

「あ、私帰るね。じゃあね涼ちゃん。圭吾ちゃん」

 そう言っておばさんは家を出て行った。

「よし、圭吾入れ」

「うん、じじ」

 長治の言葉に伸二は従い、茶の間に入った。

 圭吾が部屋に入った時、龍太は六年振りに見る伸二の姿に少し感動をした。

「伸ちゃん。大きくなったな」

「まあ、そりゃあ、なあ」

 圭吾は少し照れくさそうに言った。

「ほら、龍太そこどけ」

 長治にそう言われ、龍太ははいよと言い椅子から立った。

「よし、これで全員揃ったな」

 龍太が言った。

「じゃあ、LINE交換しようぜ。俺、龍ちゃんと伸二のLINE持ってないからさ」

 涼が元気にそう言った。

「まあ、確かにそうだな。よし、じゃあ俺は全員の持ってっからお前らでやれ」

 洸哉がそう言うと涼は信也の言葉に疑問を持った。

「え?洸哉。伸二のLINE持ってるの?」

「ああ、昔、メアド交換したからな。LINEって始めはメアド持ってる奴に友達追加されましたってなるだろ?」

 洸哉は携帯をいじりながら言った。

「あ、そう言うことか。じゃあ、伸二、LINE教えてくれ」

「おお」

 そして涼と伸二は友達追加をした。その後、伸二と龍太でも友達追加をした。

「じゃあ、夕飯はバーベキューだから買い出しに行こうぜ!」

 龍太はそう言って立ち上がった。

「どこ行くん龍ちゃん?」

 伸二が聞いた。

「近所のスーパー。行ったことあるじゃん」

「ああ、あそこか」

 龍太の言葉に伸二は納得した。

 そして四人は外へ出た。その時、龍太が車庫から自転車を取り出した。

「え?チャリ乗るの?」

「まあ、少し距離あるし」

 涼の言葉に龍太はさらりと返した。

「いや、二人乗りは無理だろ」

 洸哉が言った。

「まあやってみないとわかんないだろ。洸哉、もう一台取って来てくれ」

「はいよ」

 龍太にそう言われ、洸哉はしぶしぶ自転車を取り行った。

 伸二はある疑問を龍太に言った。

「これ、誰が乗って誰が漕ぐん?」

「ああ、とりあえず俺が涼を乗せるから、伸ちゃんは洸哉のに乗ってくれ」

「了解」

 そして洸哉が自転車を持って来て、涼と伸二は荷台に乗った。だが、流石にこの歳では全く動かなかった。

「やばい、やっぱ無理だわ。涼が重すぎる」

 龍太が息切れをしながら言った。

「ってかなんで涼が荷台で龍ちゃんが漕いでたんだよ」

「確かに」

 伸二の言葉に洸哉も同意した。

 結局スーパーまでは歩いて行くことになった。

「結局歩くのか。昔は自転車に涼を乗せられなんだけどな」

「いや、六年前と今を一緒にすんなよ。俺だって伸二だって少し辛かったぜ」

 龍太の嘆きに達也は少し呆れながら言った。龍太は一回溜息をし、こう言った。

「まあでもそうだよな。二人を初めて乗せたの十二年前だひ、年が経つにつれ、重くなっていったからな」

「まあ、昔のままってないしな」

 伸二がどこか遠くを見ながら言った。

「そうだな、でもこう話してる内にあと少しでスーパーに着くぜ」

 龍太がそう言うと、四人の目にスーパーが見えた。

 そして四人はスーパーで肉や野菜などを買い、ついでに花火を買った。

 その後、四人はそれぞれ材料を持ちながら家に帰った。

「ばば、買ってきたぞ」

 洸哉が茶の間にある翔子に言った。

「じゃあ、それ台所に置いていてくれ。でもまだ時間あるすけねえ、まだ夕飯はまだだよ」

「わかってるって」

 龍太はそう言いながら茶の間に入った。

「なあ、時間あるならちょっと俺行きたい所があるんだけどさ、材料置いたらそこに一緒に行こうぜ」

 伸二が声を上げながら言った。

「まあいいけど、どこなの?」

「え?内緒」

 龍太が聞くと伸二は怪しく笑いながら言った。

 四人は台所に材料を置いて外に出た。

「それでどこ行くの伸ちゃん?」

 龍太が聞いた。

「まあ、少し歩くだけの所、着いてきて」

 伸二がそう言ったので龍太達は伸二に着いて行った。

 そして家を出て、左に曲がり、その先を歩き、また左に曲がると伸二の行きたい所と言っていた場所はあった。

「ここか」

 龍太が言った。

 そこは家から五十メートルくらい先の道から見える田んぼの景色だった。今は夕陽に照らされていて田んぼがオレンジ色に染まっていた。

「な?良い所だろ。身近だからわかりにくいだろうけどな」

 伸二はドヤ顔で言った。

「オレンジ色の海みたいだな」

「なんだよそれ」

 洸哉の言葉に龍太は思わず吹いてしまった。

「龍ちゃん笑うなよ」

「悪い悪い。真剣な顔で言うからよ」

 二人はそんな事を言っていた。その時、涼はこんな事を呟いた。

「オレンジと言えばさ、昔、そんな名前のカブト虫を飼ってたな。他にも三匹のカブトがいたな。なんだっけ?」

「ええと、確か一番大きいのがビッグと一番小さいチビ助とカプリコから取った名前のカプ助の最後に赤カブのオレンジ」

 伸二が言った。

「ああそれだそれ。伸二、よく覚えてるな」

「記憶力だけはいいからな」

 その言葉で四人は笑った。

           ・

 そしてその日は十二年前だった。龍太は来年中学に上がる小六。洸哉は小四。涼は小学校に上がったばかりの小一。そして伸二は来年小学校に上がる年長だった。

「ほら見ろよ。でかいカブトだぜ」

 龍太がカブト虫を持ちながら自信満々に言った。そして洸哉もカブト虫を持ちながらこう言った。

「俺は龍ちゃん程でかいカブト虫じゃないけど赤カブだぜ」

「すげえ洸哉。俺は普通のカブトだ....」

 涼が少し落ち込みながら言った。

「そんな事ないよ。涼のは小さくないだけいいじゃん俺のは小さいんだぞ」

「まあまあ、可愛いしいいじゃん」

 涼以上に落ち込む伸二を龍太は慰めた。

「龍ちゃん、俺のと交換してくれよ」

 伸二が龍太に言った。

「それは無理だな」

「バカ野郎」

 伸二は龍太に暴言を吐いた。龍太はそんな伸二宥めた。

「小さいのだってかっこいいじゃんよ」

「ええ、そうかなぁ....」

 伸二はそう言いながらカブト虫を上に上げて見た。

 伸二は少し溜息をついた。

 その後、四人は家に帰った。

「そうだ、まだ名前をつけてなかったから名前をつけようぜ」

 洸哉が言った。

「よし、じゃあこいつはカプ助だ」

「カプリコから適当に決めるなよ」

 洸哉は笑いながら言った。カプリコとは涼が好きなアイスの名称である。

「適当じゃねえし」

「はいはい」

 洸哉は涼の言葉を適当にあしらった。

「じゃあ俺のは赤カブだからオレンジだな」

「赤カブだから赤でいいじゃんよ」

「そうだよ」

 洸哉のつけた名前に不満を持った涼と伸二は声を張り上げながら言った。

「なんでだよ。じゃあ伸ちゃんのはなんだよ」

 洸哉は挑発するように言った。

「俺のはチビ助。小ちゃいから」

 伸二はチビ助を洸哉に見せつけながら言った。

「まんまじゃん」

「でもコウちゃんのよりはいいじゃん。なら涼?」

 伸二は涼に聞いた。伸二の心は涼が自分の思っている事を言って欲しかったのだ。だが涼はその気持ちに気づかなかった。

「いや、だったら洸哉の方がいいかな」

「なんで⁉︎」

「ほら見ろ」

 洸哉は伸二を小馬鹿にしながら言った。

「まあ、洸哉はそこまでにしておけよ」

 龍太が言った。

「じゃあ、龍ちゃんの奴の名前はなんだ?」

 涼が龍太に指を差しながら言った。

「俺?俺は....」

 龍太は少し考える様子を見せた。

「じゃあ、ビッグって名前でどうだ?」

 三人は龍太の考えた名前に驚いた顔で龍太を見た。龍太は何がなんだかわからなかった。

「センスないな」

 洸哉が言った。

 涼と伸二は龍太にださいと言った。

「いや、そんな事ないだろ。伸ちゃんのチビ助よりはマシだと思うけど」

 龍太は少し声を震わせながら言った。伸二はショックを受け、涼は伸二を庇った。

「え?」

「ひでえよ龍ちゃん。伸二だって頑張って名前付けたんだよ」

「でもそれなら俺だってショックだし」

「そういやそっか」

 龍太がそう言うと涼は何か気づいたような顔をしながら言った。

「じゃあ、どっちも謝ろうな」

 洸哉が言った。

「そうだな。ごめんな伸ちゃん」

「ううんこっちこそごめんなさい」

「ったく。人の名前の悪口はダメだからな」

 その時、龍太はある事に気づいた。

「なんやかんやでお前が一番人のつけた名前の悪口言ってんじゃん。俺ら全員の悪口言ってんじゃん」

 洸哉の顔は青くなった。

「洸哉、何か言うことは?」

「ごめんなさい」

 洸哉は謝った。

 その後、四匹のカブト虫は四人が家に持って帰って行った。洸哉と涼は吉川から引っ越してまだ一年の直江津の家にオレンジとカプ助を持って行き、伸二は埼玉の家にチビ助を持って行き、龍太は東京の家にビッグを持って行った。

           ・

「そんなこともあったな」

 洸哉が田んぼを見ながら言った。

「あの後、どれくらい生きた?俺は九月の半ばくらい生きたぜ」

 龍太が言った。

「俺らはオレンジが十月でカプ助がビッグと同じくらいだったよな?」

 洸哉はそう言いながら涼に聞いた。

「ああ、そのくらい伸二は?」

「うん?俺?俺は十月半ばくらい」

「長生きしたな」

「確かにな」

 涼の言葉に伸二は鼻を高くした。

「じゃあ、そろそろ帰るか」

 龍太が腕に付けていた腕時計を見ながら言った。

「おお、そうだな」

 洸哉はそう言うと家の方向へ歩き出した。そしてそれに続いて龍太も歩き出したので涼と伸二は慌てて二人の元へ走った。

 そして四人は山に沈みかける夕陽を見た。

「綺麗だな」

「な、そうだろ?」

 涼が呟くと伸二は涼の顔を見ながら笑顔で言った。

 そしてその後、四人は長治と翔子と六人でバーベキューをした。

 長治と龍太と洸哉は酒を飲み、翔子と涼と伸二麦茶を飲んでいた。

「涼と伸ちゃんは麦茶か」

 龍太が笑いながら言った。

「もう二人とも大人だこて酒飲んだっていいじゃねえか」

 長治がそう言うと翔子は麦茶を一口飲み込んだ。

「ダメだこて。涼ちゃんはあと....何年だっけ?涼ちゃん」

「あと一年半」

 翔子は涼に大人までの年月を聞き、涼はさらりと答えた。

「じゃあ、涼ちゃんはあと一年半。伸ちゃんは二年半経たないとお酒飲めないんだよ」

 翔子はそう言って麦茶をまた一口飲んだ。ちなみに翔子が涼が酒を飲めるまであと、一年半と言った。伸二が酒を飲めるまであと二年半とすぐに言えたのは、涼と伸二の誕生日が一日違いであるからである。涼の誕生日は一月六日、伸二の誕生日は一月五日である。

 その後、バーベキューは終わり、四人は風呂に入る準備をした。とは言っても吉川の風呂は狭い為一人でもかなりきついと感じるのである。

 普段、吉川では夕飯の前に風呂に入るのだが伸二はその事を忘れて三人を外に連れ出していったせいで夕飯の後に風呂に入ることになった。

「なんかごめん。俺ん家と違うこと忘れてた」

 伸二はその事を思い出し謝った。

「いいよ別に、こういうのも新鮮だし」

 そう言って龍太は伸二をフォローした。

「じゃあ誰から行くかじゃんけんな」

 龍太がそう言うと四人はじゃんけんをした。その結果、最初が涼、次が伸二、その次が洸哉で最後が龍太になった。

「じゃあ行ってくるわ」

 そう言って涼は茶の間を後にした。その間、三人は携帯をいじったり、少し話をしたりテレビを見たりした。

 五分後に涼が戻ってきた。

「早いな」

 伸二は驚いた。だが、龍太と洸哉は特に気にしてもいなかった。

「俺行ってくるわ」

 そう言いながら伸二は鼻歌を歌いながら茶の間を後にした。

 そして十五分後に伸二は戻ってきた。

「俺の番か」

 洸哉は立ち上がり茶の間を後にした。

 そして洸哉も十五分程で戻ってきた。

「うし、行ってくるか」

 龍太はバッグからパジャマとパンツを持ち、茶の間を後にした。吉川の風呂は地下にある。地下と言っても吉川の家は小さな二メートル程の崖に立てた家であるから、一般的な地下とは違い、地下から庭に出れるし、風呂に入る窓も付いているのである。

 そして龍太は地下に降り、脱衣所に入った。脱衣所自体は狭くないのだが、風呂と入浴場はとても狭いのである。そして龍太は入浴場の扉を開けた。

「やっぱり狭いな」

 そう呟いてしまう程、入浴場は狭かった。それでも昔はもっと広かったと言う。そして地下を改装した時、今のようになったらしい。その代わりに長治の地下部屋はとても広くなった。

「なんであんな事しちゃったかな」

 龍太は呟いた。長治の手先はとても器用でそれは彼の父も同じだった。長治は表札やバスケット、さらには小屋も作ってしまう程の腕があった。そしてその小屋は今日バーベキューをするのにも役に立った。

 そして龍太は十五分程で風呂から出た。そしてそのまま茶の間に戻ってきた。

「あれ、ジジは?」

「ああ、もう寝たよ」

 龍太がそう言うと翔子が答えた。そして翔子は龍太達の顔を見た。

「私もう寝るすけ。布団はおまんた達でなんとかしてちょうだい」

 翔子は最近足を痛め、二階へ上がれなくなってしまい、ベッドを茶の間に持ってきた。

「わかった」

 洸哉はそう言い、何か怪しそうな顔をした。

「さてさて、虫取りと肝試しの時間だ」

「なんだよそれ」

「さては涼、怖いんだな」

「違うよ別に」

 洸哉は涼をからかった。涼は洸哉のからかいを無視した。

「本当に行くん?」

 伸二が洸哉に聞いた。

「ああ、もちろん。行くぞ」

 洸哉はそう言って立ち上がった。そして玄関に行った。他の三人もしぶしぶと洸哉について行った。

 外へ出ると夜空には星がいくつか見つけられた。夏の夜だが龍太はあまり暑さを感じなかった。それどころか風があり少し肌寒くも感じた。

 そして四人は目の前の道路を渡り、二メートル程の幅は坂を歩いた。するとそこには人のいない建物があった。

「じゃあ、まずここからだな。俺が写真撮るから三人はあれの前に並んで」

 洸哉はそう言ってポケットからスマホを取り出した。

「じゃあ撮るよ」

 洸哉はそう言うと写真を撮った。フラッシュで撮った為、龍太は少し眩しかった。

「じゃあ行こう」

「次はどこ行くの?」

 龍太が洸哉に聞いた。

「次は中学校」

 洸哉は言った。そして四人は一旦家に帰った。そして洸哉は家から虫籠を取ってきた。

「なんだそれ?」

 龍太が聞いた。

「虫籠だよ。虫取りの事すっかり忘れてた」

 洸哉は笑いながら言った。

「じゃあ、虫取りしながら行くか」

 伸二の言葉に三人は驚いた。

「なんだよ?」

「いや、伸二がそう言う事言うの珍しいなって....」

 涼がそう言うと伸二は顔を真っ赤にしながら恥ずかしそうにした。

「まあ。確かに自分でも珍しいとは思うけどいいじゃん」

「まあ恥ずかしい事じゃないから、気にすんなよ」

 龍太はそう言って伸二を落ち着かせた。

 そして四人は再び家を出て、吉川中学校に行った。

 吉川中学校は敷地の一部が道路になっていて門が無かった。その為、龍太達は普通に入ることができた。

「懐かしいなここも」

 洸哉が言った。

「確かに五年振りだな、俺と伸二と洸哉で行ったな」

「そうなのか?」

 龍太は驚きながら言った。そして伸二はなんてことのない顔をした。

「そういや、龍ちゃんいなかったっけ?」

「ああ、いなかったと思う。なんでいなかったんだろ」

 龍太は自分を悔やんだ。洸哉は龍太を慰めた。

「まあ、しょうがないさ。それより今があるじゃんよ」

「ああ、そうだな。今があるな。よし、写真撮ろうぜ。今度は俺が撮るわ」

 龍太はそう言って自分のスマホをポケットから取り出しフラッシュ撮影をした。

 その光は暗い吉川を一瞬だけ明るくした。そしてスマホの画面に写る弟みたいな三人を見て笑った。

「じゃあ、次は神社な」

「え?また家超えて行くのかよ」

 洸哉の言葉に涼が嘆いた。神社のある場所は夕方の時に伸二が行きたいと言った場所である。

「たくさん歩くな....」

 伸二は呆れてそれだけしか言えなかった。

「うるせうるせ、とにかく行くぞ」

 洸哉はそう言って歩き出した。

 のそのそと歩く涼と伸二と龍太は肩に手を置き、洸哉をフォローした。

「まあ、あれは洸哉の夏の楽しませ方なんだよ」

「そっか....まあそうだよな」

「洸哉っぽいな」

 龍太達はそう言うと小走りをした。その時、龍太は上を向いた。暗い夜空にはやはり点々とした星があった。

 神社に行く途中、涼が一匹のカブト虫を見つけた。

「お、カブト発見した」

 涼は自慢げに言いながら三人にカブト虫を見せつけた。

「マジかよ!くれよ」

「いや、やらねえよ」

 伸二の言葉に涼は瞬時にそう言った。

 そして四人は軽い話でもしながら歩いているとあっという間に神社に着いた。神社には明かりが全く無く、蝉の鳴き声が聴こえるだけである。

「じゃあ次は誰が撮るよ?」

 龍太な言ったその時、洸哉はスマホを軽く振った。

「いや、次はみんなで撮ろう」

 洸哉は自撮りをする形になり、三人は洸哉の横に並んだ。

「よし、撮るぜ」

 洸哉はそう言ってシャッターを押した。

「よしと、さて」

「待って」

「どうした伸二?」

 洸哉が帰ろうとした時、伸二はみんなを止めた。

 伸二は草の中に行き、木の前に止まり、そして三人の元は戻ってきた。

「どうしたんだ伸二?」

「これ見てくれ」

 涼が何をしたのかと聞くと伸二は子供のようにそれを涼に見せた。

 それはカブト虫だった。だが、涼とは違いそのカブト虫はメスだった。

「メスだな」

「まあな。だけど良いんだよメスで」

 伸二は声を強くして言った。

「探したらカブトいるかもな。ちょっと探そうぜ」

 洸哉はそう言ってカブト虫を探し始めた。そして龍太もそれに続いてカブト虫を探し始めた。

 涼と伸二は虫籠に入ったカブト虫を眺めていた。その時、涼がふとこんな事を言った。

「あいつら二十歳すぎてるのにいつまでも子供だよな」

「そうだな。でも大人って子供とそんなに変わんないんじゃねえかな。子供のままでいられるって大事だと思うよ俺は」

 伸二はスマホのライトでカブト虫を探す二人を見ながら言った。

「ああ、そうだな」

 未成年の大人二人は成人した子供二人を眺めていた。

 しばらくしてカブト虫探しは終わった。

「よっしゃ、一匹捕まえた」

 洸哉がカブト虫を持ちながら言った。

「俺は見つけられなかったな」

 龍太はそう言って少しだけ落ち込んでいた。

「まあまあ、そんな事で落ち込むなよ。俺はそんな事で落ち込まないぜ」

「じゃあ、洸哉はどんな事で落ち込むんだよ」

「まあ、就職がなかなか終わらない時とかさ」

 洸哉の呟いた小さな声はすぐに蝉の鳴き声にかき消されていった。

「そんなら俺だって無職だよ。どの仕事も向いてないんだ。俺はこの世界で必要の無い人間なのかなって思う時があるよ」

 龍太の寂しい声は天までは届かなかった。

「そんな事ないよ」

 龍太と洸哉は驚きながらその声が聞こえた方を向いた。その声は伸二の声だった。

「二人は凄いと思う。龍ちゃんは必要の無いない人間なんかじゃない。俺が保証する。だって龍ちゃんは勇気があって困っている人をほって置けないじゃん。そんなの俺じゃできねえよ」

 伸二の言葉で龍太はいつの間にか涙が出ていることに気づいた。

「洸哉もだ」

 伸二は洸哉の方を向いた。

「洸哉も頭が良くて運動ができてかっこいいじゃんよ。それに洸哉にはずっといて欲しいっていうオーラがあるんだ。そのオーラや洸哉っていう人間の長所は俺が目標とする人物に洸哉を上がる程凄いんだ」

 洸哉は伸二の声が蝉の鳴き声にかき消さずに耳に届いた。

「本当凄いよな。まじで尊敬するよ」

 伸二は急に寂しげな事を言った、ら

「何かあったのか伸二」

 涼が心配そうに言った。

「まあな、友達だった奴から裏切られたというか無視されてな」

「は?なんだよそれ」

 涼は声を荒げた。その顔は伸二への悲しみと怒りだった。

「いや、まあ春休みに飯でも行こうぜって話しがあって、だけど春休みが終わりに近づいても飯に行く話が出ないから俺がLINEで飯を食いに行く予定のある友人二人に飯どうするんって聞いたんだ。そしたら一人がバイトの休み貰えるように頑張るわって言ってて、もう一人からもそうだよ早くしろよって言われてたんだ。とりあえず、行く気はあるんだと安心したんだ」

 そして伸二はここで一回一息をつき、また話をし始めた。

「そして妹がさ、LINEでお前の友達じゃないかって動画と一緒に送りつけたんだ。その動画にはさっきまでバイト休み貰うって言った奴と早くしろって言った奴がカラオケの列に並んでたんだ」

「え....」

 涼はそれ以上の声が出なかった。龍太と洸哉は言葉さえも出なかった。伸二は話を始めた。

「そして、これを言おうか迷ったんだけど、このもやもやした気持ちをなんとかしたくて二人にその動画を送ったんだ。できるだけ優しくふざけてさ。そして二人は何か言い訳を言ってたよ。でも謝ったから俺はそれでもやもやした気持ちが晴れてそれを許した」

 伸二は再び一息ついた。

「そして次の日さ。俺はいつものようにLINEを開いた。そして何か変なことに気付いたんだ、

それはすぐにわかったよ。あいつらグループを退会してたんだ。そのグループだけじゃなくて俺がいるグループ全て退会してた。あと、俺がいるグループの友達も強制退会させてた。そしてTwitterで俺の悪口を言ったりタイムラインで俺が写っているツイートも消したらしてたな。新学期になってもいつもは俺も学校に行くのに俺を無視して俺から逃げるように学校に行ってたよ。表向きなイジメはされてないからそれだけマシかな」

 伸二はいつの間にか下を向いていた。涼は怒りで体が震えていた。

「ふざけんな。伸二が何をしたっていうんだよ。そんな奴らにはわかんねえよ。伸二は普段はふざけてるけど本当は誰よりも人の事を思ってる優しい奴なんだ。なんで、なんでそんなに優しいお前がそんな事をされるんだよ」

 涼は泣いていた。

「でも、学校で別の友達もいるし、新しい友達もできたし、そいつらとはもうクラスも違うからさ」

「伸二は甘過ぎなんだよ」

 涼は怒鳴った。

「いいか伸二。これは立派なイジメだ。お前は悔しくないのか」

 涼がそう言った時、三人は凄い物を見てしまった。

「悔しいさ」

 伸二が怒鳴った。それは見てはいけないものを見た感じとよく似ていた。温厚な伸二が怒鳴った瞬間辺りはしんと静かになった。

「俺だってイジメなんかされたくない。そしてそれを笑顔で誤魔化してた。俺が何をしたんだよ。なんで俺はこんな目にあってんだよ。なんで人間関係に気を遣ってたのにこんなことで人間関係はぶっ壊れるんだよ。なんで俺は悪者にされて、あいつはヒーロー扱いなんだよ。俺が悪い事をしたかよ。なんでそのあと、俺とは飯行かなかったくせに他の奴とは飯に行ってんだよ。もう何もかもわかんねえよ。何が正しくて何が悪いのか全くわかんねえってんだよ」

 そう言って伸二はその場に倒れ落ちて泣いた。

 涼は彼に手を差し伸べた。

「大丈夫。俺は....俺達はわかってるよ。伸二の優しさ。あんな奴らは伸二と一緒にいて短いだろ?」

「まだ二年だな」

 伸二は涙声で言った。

「二年なんか一分とも変わんねえじゃねえか。俺らはそんな奴らより何倍も一緒にいるだろ。長くいた俺らにはわかるんだ。お前は正しい。お前は何も間違ってなんかいない」

 涼はそう言って笑った。

「涼....」

 伸二は泣きながら涼に抱きついた。涼の優しい笑顔は伸二の頭から離れなかった。

 その後、龍太達は家に帰る為にただただ歩いていた。言葉も何も無く、蝉の鳴き声と伸二の少しばかりの泣き声がそこにはあった。

「伸二、もう泣くなよ」

「うるせえよ。悩みもない涼が言うんじゃねえよ」

 伸二がそう言うと涼は優しい笑みを浮かべた。そして涼は少し怒ったように見せながらこう言った。

「何言ってるんだよ。俺にだって悩みくらいあるさ」

「例えば?」

「まあ、バイトで怒られたとか」

「それだけかよ」

 龍太はそう言って笑った。それに続き、洸哉も笑った。伸二も涙を流しながら笑っていた。

「お、なんだ伸二。笑い泣きか?」

「違えよ涼。ってかそもそも泣いてねえし」

 四人は笑っていた。龍太はいつの間にか先程までの悲しみが無くなっていることに気がついた。

 悲しみは夏が笑い流したのかも知れないなと龍太は心の中で呟き蝉の鳴き声だけがある道をただただ歩いた。

 洸哉達は疲れていたのか家に帰ったらすぐに布団に入ったり涼はカブト虫をケース型の虫籠に入れてから寝た。

 だが、龍太はすぐには寝られなかった。疲れはいつも以上にあり、普段ならすぐに眠りつくのだが、何故だか目が冴えてしまうのだ。龍太は布団から起き上がり、財布とスマホを持ち、外へ出た。そしてバーベキューの材料を買ったスーパーに行き、そこにある自動販売機で煙草を買い、家に戻った、

 家に戻る途中の坂で龍太は目の前の景色を見た。そこには美しい夜空と静けさのある田んぼがあった。

 家に帰ると茶の間の机に長治が使っている灰皿を持ち出し、二階へ上がった。そして三人が寝ている部屋の前の廊下に座り、扉のような窓を開けた。

 涼しい風に浸りながら煙草を一服すると龍太の後ろから声がした。

「寝られないのか?」

 その声は洸哉だった。

「お前だって寝られてないじゃん」

「俺は起きただけだ」

 洸哉はそう言って龍太の煙草を見た。

「お前、吸うのか?」

「まあな、お前も吸うか」

「いや、俺はいい」

 洸哉はそう言うと外を見た。

「俺、就職ができるのか不安だよ」

「大丈夫。俺なんか無職だから。不安になることはないさ」

「はは、そうだな」

 洸哉は笑った。

「でもさ、俺達きっと今のようにはもうならないと思うんだ。いつかは俺らは仕事をする。そうするとこんな風に会えなくなる。きっと結婚して、子供もできるだろう。そうしたら俺らはどうなるんだろうって思うんだ。まだ、俺らはおろか涼や伸二が結婚や子供ができるなんて考えられないけどな」

 洸哉はそう言って笑った。

「まあ、あいつらはまだガキだから」

 龍太は言った。

「でもまだガキだって思っているといつの間にか大人になっている。少し前は涼なんて小一、伸ちゃんはまだ保育園。お前は小四、俺は小六。でも今は俺は無職。お前は大学生。涼は専門学生。伸ちゃんは福祉大学希望の高校生。早いよな、早すぎる」

 龍太はそう言うと煙草を吸った。

「伸二は福祉系に行くんか」

「そうだよ。知らなかったのか」

「ああ」

 そして洸哉を無視して独り言のように龍太は言った。

「だからこの先、結婚して子供ができるのもあっという間だと思う。でもこの先はまだまだ長い。だから一回くらいはこんな感じで会えるんじゃないかな?」

「適当だな」

 そう言って洸哉は笑った。

「まあ先って怖いよな。でも進まないといけないんだ。そして進めばわかるが思った程怖い所じゃないんだ。このままでいたい気持ちもわかるが、それじゃだめなんだよ。先なんてそんなもんだ」

 龍太はそう言った。

「まあ、何となくわかるけど、無職の龍太には言われたくないな」

「おい、俺が今まで言ってた事、全否定かよ」

 二人はそう言い、笑い合っている内に眠りについてしまった。

           ・

「おい、起きろ。起きねえな。どうする?」

「どうするってたってなあ」

 そんな声が聞こえた。龍太は山の中の会話かと思ったがそうでもないことに気づいた。

「あ、龍ちゃん起きた。あとは洸哉だけだな、おい洸哉起きろ」

 涼はそう言うと洸哉を叩いた。

「なんだよ....」

 洸哉は寝ぼけながら言った。

「なんだよじゃねえよ。もう朝だよ」

「いいよ寝かせろよ」

「俺も」

 洸哉がそう言いながら横になると龍太もそれに続いて横になった。

「ってかなんでそこで寝てんだよ....」

 伸二が龍太の頭上で言った。

「これは大人の事情だ。子供には関係ない話だ」

「いや、からは大人の事情とか全く関係ないだろ」

 龍太の言葉を伸二は半ば呆れながら言った。

「いや関係あるよこれは本当に。なあ洸哉」

 龍太がそう言うと洸哉は眠りについていた。

「おい、洸哉。起きろ」

「なんでお前まで俺を起こすんだよ」

 洸哉はそう言いながら目を再び閉じた。

「待て、寝るな洸哉。起こしてすまない。いきなり直球だが、俺とお前がここで寝ているのは大人の事情だよな?」

「そうじゃね」

 洸哉はそう言い横になった。

「ほら見ろ。大人の事情だろ?」

「大人気ない」

 興奮しながら叫ぶ龍太を伸二はゴミを見るような目で見た。

「と言うか俺、目が覚めちゃったな」

 龍太はそう言いながら頭をボリボリと掻いた。「じゃあもうそのまま寝るなよ」

「そうだな。そうと決まれば洸哉!洸哉!!」

 龍太は必死に洸哉の体を揺らした。

「もう寝かせろよ。てゆうかお前さっきまで味方だったじゃん」

「今から敵だ。起きろ」

「うるさい。わかったよ起きるよ。起きればいいんだろ。ったく....」

 洸哉は乱暴にそう言い、起き上がった。先程までの眠そうな顔は無くなっているように見えた。

 その後、四人は一階に行き、茶の間に入った。

「あら、随分早いこて」

 翔子がからかいながら言った。

「ああ、こいつらに起こされた」

 洸哉がそう言って涼と伸二に指を差した。指を差された二人はニカっと笑った。

「こんなに早く起きたんならおまんたあっこ行きな。ラジオ体操」

 翔子の言葉に龍太と洸哉は驚いた。

「お前ら、まさか」

「まあな」

「そう言うことか」

 達也の言葉に涼が笑って返すと龍太は頭を押さえた。

「ジジは先に行ってるからおまんたも早く行きなさい」

「わかったよ」

 龍太は翔子の言葉に返事をしながら玄関へ行った。

「ほら、お前ら出るぞ」

 龍太はそう言い、返事も聞かず夏の朝を感じようと外へ出た。

 八月二十五日。この雲一つ見当たらない青空に龍太は感動した。

「おい、こっち来てみろよ」

 龍太はそう言い、三人を外に連れ出した。

「お、雲一つ無いじゃん」

「だろ?」

 洸哉の言葉に龍太は心が昂っていた。

「おお、これだよこれ。俺はこの空を待っていたんだ」

「だよな。伸ちゃん」

 青空は伸二の変な言葉も気にならなくなる程であった。

「まあ、とりあえず行くか」

 洸哉がそう言ったので四人は歩き出した。

 ラジオ体操をやっている場所は昨日四人が悩みを言い合った場所をさらに超えた先にあり、家から五百メートルくらいの距離がある。

「懐かしいな。ラジオ体操なんて何年もやってないんだろ?お前ら最後にやったのいつの時だ?」

 龍太がそう言うと、洸哉は答えた。

「俺は小四だな」

「じゃあ、俺と同じか」

 龍太はそう言い、涼と信じに顔を向けた。

「俺らは七年前が最後だよな?俺が小六で伸二が小五」

「ああ、そうだな」

 涼と伸二が龍太を見ながら言った。

「そうか」

 龍太はそう呟いたまま黙った。

「どうした龍ちゃん?」

「いや、なんでもない」

 龍がそう言うと龍太はそう言い少し歩くスピードを早めた。

 その後、四人はラジオ体操をやる場所に着いた。

「お、じじいるじゃん」

 涼がそう言ったので龍太は涼の見る先を見るとそこには長治がいた。

「早いなじじ」

 龍太はそう言うと人を探すように全体を見回した。二十人程がそこにいた。

 そしてラジオ体操が始まった。久し振りにやるラジオ体操を龍太はとても懐かしく思った。そしてそれは他の三人も同じらしく、三人も何か感じて思っているような顔つきだった。

 そしてラジオ体操はいつの間にか終わっていた。

「あ、スタンプカード忘れた」

 涼が叫んだ。

「いや涼、もう流石にいいだろ」

「まあ、そうなんだけどさ」

 伸二の言葉に涼は少し恥ずかしそうにしながら言った。

「記念にと思ってさ」

「まあ、気持ちはわかるけどさ」

 伸二はそう言って涼をやさしいめでみた。

「持ってないことには何もできないからな」

 洸哉はキッパリと言った。

「じゃあ帰るか」

 龍太が言った。

「そうだな」

 洸哉はそう言い、歩き始めた。

「しょうがない帰るか」

「ドンマイ涼」

 落ち込む涼を伸二は慰めた。だが伸二は実は涼がそれほど落ち込んでいないのを知っていた。

 そして四人はラジオ体操を終えて家に帰った。

「ただいま」

「おかえり」

 龍太の言葉に長治は新聞を読みながら言った。

「なんでじじ先に家にいるの?」

「ラジオ体操終わったらさっさと戻って来たんだこて」

 長治はただそう言った。

 四人は嫌な汗が出た。昨日の肝試しよりも恐怖を感じた。

「じじ、怖」

 龍太は呟いた。

 そして四人は朝食を食べた。

 朝食は白米と魚と味噌汁だった。

「なんかこんな朝ごはん久し振りだな」

 龍太が言った。

「わかる気がする。俺も最近は軽いもので済ましてるから懐かしいな」

 洸哉は味噌汁を一口啜った。

「でも俺は毎日こんな感じだわ」

 涼は嬉しそうに言った。

「俺はいつもパンだから、余計懐かしく感じるわ」

 伸二は味噌汁を眺めながら言った。

「久し振りなんだなこういうの。涼以外は」

 龍太が言った。涼は顔が少し青ざめた。

「涼....」

「空気読めよ」

 伸二と洸哉の言葉の矢が涼の心臓に刺さった。

「悪い。まあ俺もこの一週間はこういうのは食べてないんだ」

 涼は手を合わせながら言った。

「冗談だよ涼。何マジになったんだよ」

 龍太の笑った顔と言葉に涼は一瞬呆気に取られていた。そしてすぐ怒ってないことを知り、声を大きくした。

「なんだよ。ビビったじゃねえか」

 そう言いながら笑う涼を伸二は少し意地悪をしてみたくなった。

「でも龍ちゃんは許しても俺は許さないよ」

「え⁉︎」

「嘘だよ」

 伸二はそう言い、涼を指差し笑った。

「伸二!」

 涼の叫び声は吉川の朝に響かせていた。

 その後、四人は昨日、肝試しで撮った写真を見ていた。

 龍太と涼と伸二はその事を忘れていた。だが、昨日撮った心霊写真を見ようと言う洸哉の一言で三人は洸哉の携帯の画面の元へ集まった。

 龍太はまだ見てもいないのに心霊写真と決めつける洸哉を面白いと思った。

「さてと」

 洸哉はそう言いながら携帯の写真を開いた。写真は二枚しか無かった。

「よひ、じゃあまず一枚目」

 洸哉はそう言って携帯を三人に見せた。

「どうだ?何か写ってたか?」

 写真を一瞬しか見ていない洸哉は三人に聞いた。

「いや、別に何も....」

 涼がそう答えた。

「そっか。じゃあ次だ」

 洸哉はそう言ってもう一枚の写真を見せた。だが、もう一枚もこれと言って何もなかった。

「どうだ?」

 洸哉は興奮しながら言った。その興奮は焦りに似ていた。

「残念ながら何も無い」

 龍太はキッパリと言った。

「そっか....確かに何も無いな」

 洸哉はそう言いながら携帯の写真を目を細めながら見ていて龍太は少し笑った。

「そういえば神社で写真撮らなかったな」

 伸二が何か思い付いたように言った、

「お前らが何かごちゃごちゃ言ってたから完全に忘れてたな」

 涼が笑いながら言った。

「まあでも何か写るよりいいんじゃね?」

「え?つまらねえよそれ」

 伸二の言葉も洸哉は思いっきり否定した。伸二は驚きながらも少し呆れていた。

「いや、伸二の言う通りだろ。何かあるのは絶対にやばいから」

 涼は真面目な顔で言った。洸哉は苦しい顔をした。

「じゃあ、一枚だけここで撮ろうぜ。ここなら大丈夫だろ?」

「まあ」

 龍太はそう言い、茶の間を見回した。

「よし、撮るぜ」

 洸哉はそう言いながら、携帯のカメラのタイマーを押した。そしてそれを机に置いた。

 十秒後、写真を撮る音がして洸哉は真っ先に携帯の元へ行った。そして写真を見た洸哉の顔は青ざめた。

 三人は嫌な予感がした。

「おい、見てみろ」

 洸哉はそう言い、写真を三人に見せた。

 だが、写真はこれと言って何もなかった。四人がいてそれ以外は特に変わった所は無い。

「何も無いじゃん」

 伸二は言った。

「何言ってるんだよ。左上の遺影を見てみろ。白い物体があるだろ。あれオーブって言うんだよ」

 洸哉に言われ、三人は写真の左上にある遺影を見た。確かにそこにはオーブがあった。

「まあ、でも大丈夫だろ」

 伸二は言った。その顔は普通に見えるが不安のように見えた。

「わかんねえよ。大丈夫かもしれないし、大丈夫じゃ無いかもしれない。伸二を呪うかもしれないぞ」

「怖いな」

 洸哉の言葉を伸二は真に受けた。

「まあ、大丈夫だ。安心しな」

 洸哉は笑いながら言った。

 そして洸哉は三枚の写真を削除した。

「あ、餌買ってないじゃん」

 涼のその一言で涼と伸二は買い物に行かされてしまった。

「ついでにケースも三つ買っとくか」

 涼は伸二の顔を見ながら言った。

「あ、そうか分けるもんな」

 伸二は笑顔で言った。涼は少し安堵した。涼の付き添いとして連れて来られた事を怒っていると涼は思っていたのだ。

 涼は昨日の泣いた時の伸二を思い出した。

 あの時の伸二は涼には伸二のようには見えなかった。だが、あれが伸二の深い気持ちなのだろうと思った。涼にとって伸二は友人であるが、その友人は付き合っていけば行く程素直では無いことがわかる。何を考えているかわからないのだ。だが、昨日、あんな伸二を見てしまった。

 涼は自分の左手を伸二の頭に当て、ゆっくりと撫でた。

「どうした涼?」

「いや、別に」

 伸二の疑問を涼は濁し、そんな伸二を涼はいじらしく思った。

           ・

「ただいま」

 涼はそう言って茶の間に入った。洸哉は新聞を読んでいて、龍太は携帯をいじっていた。

 涼はそのまま買ってきた餌とケースを床に置き、座った。伸二も涼の後に続いて床に座った。

 龍太はなんとなく二人を見た。夏に照らされた二人はいつの間にか夏の人になっていた。そして洸哉も夏の人になっていることに気づいた。

 龍太は自分の手を見た。そして自分も夏の人になっているのだと思った。

 夏の人とはなんだろうと龍太はふと思った。夏に生まれた人ではない。夏が似合う人でも無い。

 そうかと龍太は心の中で呟いた。

 龍太は夏の人が夏色に染まっている人のことだと気づいた。だが、今度は夏色とはなんだろうと考えた。しかし龍太はそれはわからなくても構わないと思った。わからないことがあった方が楽しいと思ったのだ。

 そして龍太は携帯を再びいじり始めた。

「お昼だよ」

 翔子が言った。

 気がつけばもう十二時を回っていた。

「うし、じゃあ食うか」

 龍太はそう言って自分の分のお昼を持ってきた。

 お昼ご飯は肉と白米だった。四人と翔子と長治は机に座った。

 六人はご飯を食べ始めた。

 龍太は肉を多めに食べた。その肉は牛肉だった。

「そういえば、この後、伸二くんを柿崎駅に送るんでしょう?」

 翔子が言った。

「え?そうなん⁉︎」

 伸二が言った。そして洸哉が伸二に指を差した。

「伸二、帰るのか。というか伸二も知らなかったのかよ」

 伸二の言葉に五人は笑った。その後すぐに来る悲しみのことは考えなかった。

 そして昼食が終わると伸二は帰る準備を始めた。

 荷物を玄関に置き長治はそれを見た。

「伸二、荷物を車に入れるこて、来い」

「あいよ」

 伸二はそう言って自分の荷物を持って外へ出た。すると後ろから声が聞こえた。そして後ろを振り向くと龍太達がそこにいた。

「手伝うよ。伸ちゃん」

「ああ、サンキュー」

 伸二は笑顔で言った。恐らくこれは本当の笑顔なのだろうと龍太は思った。

「伸二はじじの車に乗るのか。免許は持ってないの?」

 洸哉は荷物のせいで伸二があまり見えなかったが、伸二の頭らしき物が見えたのでそれを伸二と思って言った。

「俺は伸二じゃねえぞ」

 そう言ったのは涼だった。

「悪い悪い」

「まあいいけど」

 涼はそう言った後、間を置いてまた喋り始めた。

「あと、伸二はまだ十七歳だなら免許は無いぞ」

 涼はそう言った。涼と伸二は歳が一年違いだけでなく誕生日も一日違いだった。涼が平成十年一月六日生まれなのに対し、伸二は平成十一年一月五日生まれだった。

「あ、俺。免許無いぞ」

 伸二が声を少し大きくして言った。

「そっか」

「ほらな」

 その事を知った洸哉を涼は自慢気に言った。

「まあ、もし俺がもう免許取れたとしても学校が厳しいから乗れないけどな」

 伸二はそう言って荷物を車に乗せた。

「真面目だなお前」

「真面目が一番だよ」

 洸哉が言った皮肉を伸二は明るく返した。

「バレないだろ」

「まあ、でも俺まだ十七だから、車は来年だな」

 伸二はそう言って、荷物を運ぶ為に家に戻った。そしてそこで龍太のぶつかった。

「おっと」

「わ、悪い」

 伸二はそう言って龍太が持っていた荷物を拾った。

 龍太はそんな伸二を見てこう言った。

「伸ちゃん、家に戻ろうぜ」

「いや、でも」

「いいから」

 龍太はそう言って伸二と家に戻り、二階に行った。

 二階に行った伸二は龍太を見た。

「龍ちゃん?」

「俺もさ、友達が自分から離れていったことがあってさ。そいつらを見返してやるって気持ちで新しいところではさ、いっぱい友達を作ったんだ。大丈夫さ。お前は優しいからさ」

「龍ちゃん....」

 龍太の言葉に伸二は少し目が潤んだ。

「新しい所での友達の事も怖いんだけど」

 伸二は話し始めた。

「俺は、新しい所が怖いんだ。友達の事もそうだけど、新しい所へ行かないで今のままでいたい。例え、一人でも寂しくも無いし、痛くも無い。新しい所はわからない。寂しい思いをするかもしれないし、痛い思いもするかもしれない。新しい所は何も見えない、暗い、怖い。大人になるってこういう事なのかな?」

 龍太は伸二に自分が大人になる時の不安を打ち明けた。

「俺も怖かった。実際は怖かった。だから逃げたんだ。でもそれじゃだめなんだよな。わかってるけどやっぱり怖いんだ。俺はこの恐怖のどこかに希望を持っていた。だけどそれは無かった。そして怖いと思ってる内にいつの間にか大人になっていた。大人はみんな怖いものなんて何も無い。悩みなんてあってもすぐに解決すると思ってた。大人って子供より何十倍も弱虫なんだよ」

 そして龍太は伸二の顔を見た。

「今を怖がって怖がって怖がり切れても怖がっとけ。社会は怖い。それはどうする事もできない。だからたくさん怖がっとけ。それだけだ」

 龍太はそう言って一階に降りた。

「怖がる....か」

 伸二はそう呟いて龍太の後を追った。

 一階に降りると龍太と洸哉と涼がいた。

「忘れ物はないか?」

 洸哉が聞いた。

「ああ、何も....あ⁉︎」

 伸二はそう言って虫籠からカブト虫を持ち出した。

「こいつ忘れてた」

 伸二はそう言って土の入ってるケースにカブト虫を入れた。

「よし、行くか」

 伸二はそう言って外を出た。そして長治が運転する車に乗り込んだ。

「柿崎駅だっけ?」

 長治が言った。

「ああ」

 伸二はそう言い、車の外にいる三人を見た。

「じゃあな伸ちゃん」

「ああ」

「また来年な」

「元気でやれよ」

 三人の言葉で伸二の目には涙が出た。

「まあ、じゃあいつか酒を飲もうぜ」

 伸二がそう言うと車は走り出した。

 そして車が見えなくなると三人は顔を合わせた。

「伸二の奴、泣いてたな」

 涼がそう言うと、二人は笑い、そして家に戻った。

 一番最後に夏に来た伸二が一番最初に夏から離れて行った。

「この三人ってのも何年振りだろうな」

 龍太が蝉の鳴き声だけが響く中、言った、


「さあ、いつ振りだろうな」

「十二年振りだよ」

 洸哉の言葉の後に涼は言った。

「そっか十二年振りか」

 龍太はそう呟いた。

「大きくなったなお前ら」

「はあ?」

「当たり前だろ。何言ってるんだよ龍ちゃん」

 龍太の突然の変な言葉に洸哉と涼は不意を突かれたように感じた。

「悪い悪い」

 龍太は笑いながらそう言い、そして二人の姿をじっと見た。

「いや、でも大きくはなった。最近は昔ほどは会えてないけど、それでも少しは会っている。少しずつじゃわからないが、十二年前と比べると大きくなっている。体も心も」

 洸哉と涼は何を言ってるかわからなかったが龍太が自分達に伝えたい事は僅かだが伝わった。

 三人は何も言わず部屋全体や外の景色を見回し、夏を思う存分感じ取った。

 夏というのは孤独なのだと龍太は思った。

 春や秋や冬のは違い苦しくない孤独だ。寂しいという感情に似ている。昔の日本の美しさと似ているが夏の美しさとは今の日本の美が作り出したものだ。だから今がものすごく夏を感じ取れるのだ。恐らく時が経ってしまうと今、感じ取れる夏は昔懐かしく感じてしまうのだ。

 時というのはとても恐ろしいものである。

「ただいま」

 その時、長治が伸二を柿崎駅に送り戻ってきた。

「おかえり、伸二無事に送れた?」

 涼が聞いた。龍太は涼が伸二の事を本当に心配しているんだなと思った。

「大丈夫だこてそんなん」

 長治はそう言って先程まで洸哉が読んでいた新聞を取り、それをまじまじと見た。

 龍太は平和について無自覚ながらに考えていた。

 色々と人によって平和な違いはあるが自分に取っての平和は今なのだと龍太は心の中で結論に行き着いたことが少しおかしく思った。

 夏は一刻一刻と終わりに近づいている。それは夏の音が段々と消えている事がそう思わせた。すぐそこでは秋が顔を覗かせた。

「夏」

 龍太はそれだけ呟いた。

           ・

「じゃあ、また今度な。いつ会えるかわからないけどさ」

 駐車場で龍太はそう言ってこれから家に帰る洸哉と涼の顔を見た。

 洸哉と涼はやはり大人だった。身長なんかも自分をとっくに追い越しているし、顔つきが覚悟を決めている顔だった。洸哉は来年、涼は再来年に社会に足を入れるのだ。

 龍太はそう思うと社会から足を遠ざけた自分が恥ずかしく思えてきた。

「ああ、いつかまた会おう」

 洸哉はそう言った。その言葉一語一語が龍太には大きく重く感じられた。

「てゆうかその車お前らのだったのか」

 龍太はそう言って長治の車の隣にある車に指を差した。

「ああ、俺の車。今日は洸哉が運転するんだけどさ」

 涼はそう言って笑った。その笑いが大人の笑いに見えた。

「そういえば涼、カブトをちゃんと持ってるか?」

 龍太はふと気になり言った。

「あ、そうだった」

 涼はそう言って小走りで家に戻り、そして一つの大きなケースを持ってきた。ケースの中には一匹のオスのカブト虫がのそのそと動いていた。

「じゃ、元気でな。いつ会えるかわからないけどさ」

「無職のくせにそんなこと言うなよ」

「今度会う時は仕事してるさ。多分な」

 涼のからかいを龍太は大人っぽく受け流すつもりだったが、結果的には子供っぽくなって少し赤面した。

「ああ、もうお前らさっさと帰れよ。ったく」

 龍太は照れ隠しでぶっきらぼうに言った。二人にはそれがわかっていた。

 その時、長治と翔子が来た。

「おまんた梨持っていきな。あと、お母さんによろしく言っといてくれ」

 翔子はそう言って梨を涼に渡した。梨は妙に瑞々しかった。

「はいよ。ってばか重いなこれ」

「たくさんあるからねぇ」

 翔子はそう言って笑った。懐かしさを感じた。

 洸哉は窓越しにこう言った。

「じゃあ行くわ」

「そうかい元気でね。仕事決まったらちゃんと連絡してね」

 翔子の言葉に龍太は何か考えるものがあった。祖父母を安心させてやりたいという気持ちが高まった。

「じゃあな、龍ちゃん早く仕事就けよ」

「お前もうここに来んな」

 涼が笑いながら言うからかいを龍太は冗談で返した。

 エンジンの音が静かな吉川に響き渡った。

 車が少しずつ動き、そして道路に出ると思い切り動き出した。

「じゃあ」

 窓越しから洸哉はそう言って車を走らせた。

 車が見えなくなるとそこに残ったのは三人と車のエンジンの音だけだった。

 龍太は車の窓越しから挨拶する洸哉がひどく大人に見えた。

 吉川に残るカブト虫は龍太だけになってしまった。

「あいつらももう立派な大人だな」

 今まで言葉を発さなかった長治がそう言った。

「ああ」

 龍太はそれだけ言った。

 長治の言う通りやつらはもう立派な大人なのだと龍太は思った。悩みが無い事が大人なのではない。何かに夢中になれなくなるのが大人なのでは無い。大人だと無自覚ながらでも思う事が大人なのだ。

「さて、家に戻ろう。こんな所にいたら蚊に刺されるよ。龍ちゃん」

「あ、うん」

 翔子の言葉に返事をして、龍太は大人の自覚を少しだけ感じ、家に戻った。

「あ、そういえば、ばばは伸二に梨渡してなくね?」

 家に戻った龍太が台所にいる翔子を見て気がつきそう言った。翔子は夕飯の支度をしていて龍太を見ずにいた。

「ああ、ばばね忘れちゃったんだよ。だから今度送るこて」

 翔子の言葉を聞いて龍太は空返事をした。

「そういや龍ちゃん。今夜は食べていくのかい?」

 翔子は相変わらず龍太を見なかった。

「え?ああ、どうしよ」

「早く決めてくれないと困るから早く決めてくれ」

「あ、じゃあ食ってくわ」

「はいよ」

 翔子がそう言うと龍太は玄関に行き、外へ出た。

 まだ夕方前である吉川はどことなく寂しさや懐かしさを感じつつもほんの僅かに都会的な懐かしさもあった。

 それはきっと小学校の頃にここでカードゲームや

ホビーやらで遊んでいたからだろうと龍太は思った。

「あ、あの時のカード伸ちゃんどうしてるんだろ」

 あの時のカードとは龍太が小学六年だった時、来年中学生になるので持っていたカードを伸二に上げた時のカードの事である。

 龍太は一人寂しく青い青空を見ていた。

 この青い青空には何故こんなにも自由を感じられるのだろうと龍太は思った。青い青空は大きければ大きい程、自由の広さが広がっていく。そして青ければ青い程、自由というのは美しいのだ。白よりも美しい。白は雲。雲は綺麗な青さを汚す。それが良いと思う時もあるが、雲一つ無い青空を見た時の気持ちはやはり美しいという気持ちだろう。良いという気持ちよりも美しいという気持ちの方が心持ちが良いだろう。

 その後、夕方になり、オレンジ色の光が高原家の窓にも差し込んでいた。

 あれから家に戻った龍太はそのオレンジ色を見て火事でも起こっているのかと思って一瞬立ち上がった。そして立ち上がった時、少しばかりの夕陽が見えてしまった。

 なんだと龍太は思いながらその場に座ったが、その時見たオレンジ色はいつもと違い殺気立っていた。

「何か俺に伝えようとしているのか」

 龍太はそう言った瞬間、胸が急に痛み出した。何かから遅れていると龍太は痛みと共にそう感じた。

 その遅れは龍太と同年代の人との遅れだった。少しばかり歩んでいるものの、立ち止まってしまい今はコースから外れている。

 それではダメだと龍太は思った。そしてオレンジ色の夕陽を浴びながら立ち、眩しい夕陽を見つめ覚悟を決める事にした。

 就職をしよう。

 龍太は一言心の中で呟いた。

 その後、時計が時を回ると翔子が龍太にこう言った。

「あんた今晩泊まるの?」

「いや、泊まる気はない」

 龍太は寂しく言った。

 長治が風呂から出ると夕飯になった。龍太はビールを飲んだ。龍太は車の免許は持ってはいるが、車は持っていなかった。

 食事をした後、煙草を吸ったりしながら一人でいた。そしてふと思い立ち、外へ出た。

 時間は七時くらいで外は暗くなり始めた。

「あ、花火やってなかったな」

 夜を見て龍太は思い出した。龍太は花火を持って帰る気はなかった。

「あの花火はどうなるんだか」

 誰一人姿が見えない吉川で龍太は独り言を言った。言葉を言えば言う程、寂しさが増えるばかりだった。

 夜も龍太も黙り込んだ。昨夜はあれだけ賑やかだったのが嘘のようだった。

 家に戻り、龍太は翔子に帰ると言った。

「そっか、帰るのかい」

「うん」

「元気でね」

「うん」

「仕事就いてばば達を早く安心させてくれ」

「....うん」

「じゃあなばば」

 龍太はそう言って荷物を持ち、家を出た。これから龍太はバスに乗る予定だった。そして龍太はふと上を見上げた。上に美しい夜空があった。

「おお!」

 黒も美しかった。黒の中に光る星が青空の中にある白い雲と違い黒い美しさを引き立てていた。

 そんな時、龍太の服に何かがくっついた。

「ん?」

 龍太はそう言ってそれを取り上げた。それは一匹の大人なオスのカブト虫だった。

 だが、龍太はケースを持っていなかった。そしてそれ以上に龍太は大人になる覚悟を決めていた。

「おい、ビッグ。俺の事なんてほっといて夏を飛びまくれよ。俺はもう大人だ。悲しい事にな。だからお前とはいられないんだ。ごめんな。それ、振り向かず真っ直ぐに行け。また会おうな、ビッグ」

 龍太はそう言ってビッグを飛ばした。ビッグは勢いよく飛び出し、そして夏の夜に隠れて見えなくなった。

 龍太はコースに再び足を入れ、再スタートを切ろうとしていた。

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