悪女と共犯者の反逆劇
短編小説初投稿です。長ったらしい小説になってしまいましたが、最後まで読んでくださると嬉しいです。
「ウォレルナ・セロクト嬢、僕と共にこの国を壊してくれないか?」
夜空を映した様な髪を靡かせたとある男は、史上最低最悪のプロポーズに人生を掛けた。
「勿論、お受け致しましょう。エリーグ・フォルス様」
プロポーズに頷いた令嬢もまた、心が闇に染まってしまった人間だった。
事の発端は、ほんの数刻前まで遡る。
ーーーーーーーー
「ウォレルナ・セロクト公爵令嬢!!!お前との婚約を破棄する!!」
シリュース王国第一王子である、ショールッツ・フォン・シリュースの婚約者であったウォレルナは、学園の卒業パーティーで婚約破棄を突きつけられた。
月の女神と呼ばれる程の美貌を持ったウォレルナ・セロクト。絹のような金髪、新緑の瞳、しなやかな体躯、絶世の美女とは正にウォレルナの事だった。
自嘲気味に笑い、呆れきった顔ですら彼女にとっては1級の装飾品だ。
周りの貴族達は、『遂に来たか』『まさか公爵令嬢が婚約破棄されるなんて』『ようやく悪女が追い出されるか』などとウォレルナを見世物扱いしていた。
「何故ですか?ショールッツ殿下」
「とぼけるな!!お前が聖女レティカにしてきた事は全てお見通しなのだぞ!!」
そう言ってショールッツは傍らに控えていた令嬢を抱き寄せる。彼女は1年前、神殿から選ばれた聖女であり男爵家の養女だった。
レティカ・マールティ。この国で1番特別な存在だ。
この国では10年に1度、神との親和力が高い人物が聖女又は聖者として選ばれる。選ばれた者は神と国を繋ぎ、国を守る重要な役割を担うのだ。神殿で結界の祈りを捧げ、時には神へ直々に謁見したりと、国民であれば誰もが羨む名誉ある役職なのだ。
そして親和力は努力や血筋で決まるものでは無く、生まれながらに持っている力。故に、必ずしも貴族から選出される訳ではない。
だがしかし、最近ではもっぱら貴族から選ばれていたので、貴族以外の聖女は実に100年振りだった。
だがウォレルナは、それが気に入らなかった。
「してきた事とはどれですか?」
「な…っ!どれとは、それも分からぬ程に危害を加えていたのか!!」
激昂したショールッツは更に顔が赤くなる。外野の貴族当主共は『公爵令嬢ともあろうお方がそんな非道な行いをするとは!』『人の心が無いのか!』『この悪女め!』と野次を飛ばす。心做しか楽しそうだ。
「えぇ、まぁ。ですが、制服を破ったり聖書や教科書を破いて捨てたりなんて子どもの様な事はしてませんよ。神への冒涜ですから。
私がしたのは、聖女が行う仕事を私が行ったり、集めろとお告げがあった魔石を私が先回りして集めたり、それに伴い神への謁見を強要したことくらいですかね。そうすれば神は私とお会いして下さるかと思ったのですが、そんなことございませんでした」
「そんな戯言、誰が信じるか!!」
「おや、先程はお見通しと仰っていたではないですか。でしたらした事としてない事、分別つくのでは?」
「だっ黙れ!!どちらにせよ、レティカを貶めようとした事は事実だ。例によって、貴様を国外追放する!」
ショールッツは、してやったりと言わんばかりのドヤ顔を披露する。これで、こいつはみっともなく取り乱すだろう、そうなれば貴族達には醜聞として広がり、どの道この国には居られなくなる。そう確信しての行動だった。ショールッツだけでなく、皆が望んでいた展開だった。
だが、ウォレルナはそうしなかった。
「分かりました。では退場させていただきます」
流れるようにカーテシーを行ったウォレルナは、すぐさま振り返ってスタスタと出口へ向かう。周りにいた貴族達も動揺し、思わず道を開けてしまう。あまりにも、堂々としすぎて。
「待ってくださいウォレルナ様!!あたしはウォレルナ様を追い出したい訳ではありません!!」
腕に抱かれていただけの聖女レティカが漸く口を開いた。アプリコットの髪を揺らし、桃色の瞳をウォレルナに向ける。
声に立ち止まり、振り向いたウォレルナと目が合い、レティカは向き合う様に体制を変える。
(あぁ、貴女のその目が嫌い、その、全てに希望を持っている目が)
ウォレルナの冷たい視線は、どこまで伝わったのだろうか。レティカは一瞬だけ怯み、負けじと1歩踏み出した。
「ウォレルナ様、あたひは貴女に何をしたと言うのでしょうか。聖女に選ばれてからというもの、毎日神殿で祈りを捧げ、投げ出したい日々の鍛錬も必死に耐えてきたというのに……!!」
レティカの嘆きに、涙を滲ませる者もいた。それすらも、ウォレルナはうざったかった。
「祈り方が下手でしたか、勉学が疎かでしたか、立ち振る舞いがみっともなかったですか、一体どれですか!!?」
「でも、平民だから仕方ないじゃないですか!!!少しくらい、許してくださっても良かったじゃないですか!!」
遂には自らも涙を流し、悲痛な叫びを訴える。レティカが息を荒らげた姿を見て、ウォレルナはため息を吐いた。
「何故って、」
「貴女の様な余所者が、聖女に選ばれたからです」
ウォレルナの発言に、会場はシンとなる。貴族達の中にはウォレルナを睨みつける目をしている者もいたが、本人はまだ続ける。
「毎日神殿で祈りを捧げる?可笑しいですね、私は物心ついて神に忠誠を誓って以来、体調を崩してでも神殿に出向いておりました。日々の鍛錬?私は公爵令嬢として生まれたからにはと、半ば監禁の様な教育を受けておりましたが」
「そして、両親からの聖女に選ばれろと言う圧。いえ、呪い。その呪いから解放される為に死に物狂いで努力した日々を、伸び伸びと暮らしていた呑気な貴女は奪っていきました」
「私は神に選ばれる者として、必死だったと言うのに」
それを聞いたレティカは、困惑した。だって選ぶのは神殿。自分は何もしていないのに。
しかし、今までただ黙って聞いていた貴族の令嬢令息は思い当たる事があったのか、目線を下げる者がチラホラいた。
そんな中婚約者であったショールッツは、今になってやっと理解した。ウォレルナという人物を。
何でも習得出来、全てにおいて完璧な婚約者。王妃となるに、素晴らしい器。
しかし、ショールッツだけは気付いてしまった。この言葉に隠れた、憎悪が。そして、怯える程の信仰心が。
自分は神に選ばれて当たり前だという思考、その為なら何をするのも厭わない、何故こいつは……それ程までに神に執着するのか、と疑問が湧き出てくる。
「では皆様、御機嫌よう」
ウォレルナへ同情に似た感情を向けた者が過半数を超えた時、ウォレルナはクルリと出口へと向かう足を早めたのだった。
ーーーーーーーー
瑠璃色の夜空の下、パーティー会場を後にしたウォレルナは学園の中庭に来ていた。
中庭にある薔薇の花壇だけは、いつ来てもウォレルナの心を癒していたから。この時も、僅かであろうと傷ついた心に癒しを求めていた。
ボーッと花壇を見つめていると、背後に人の気配を悟る。音の感じからして1人だが、もしや暗殺しに来たのか?と身構え振り返ると、1人の男が影から姿を現した。
「やぁ、君がウォレルナ・セロクト公爵令嬢かな?」
貴族にしては質素だが、平民にしては生地が良質だと分かるシンプルな服装。出で立ちは貴族らしさを感じないが、顔の雰囲気や色素は高貴なものの血を感じる。怪しさ満点だが、不思議な男だった。
「おや、貴方は?」
「エリーグ・フォルス」
エリーグ・フォルス。聞いた事ない名前だ。エリーグは勿論のこと、フォルスと言う家名も今ある貴族の中で思い当たる家はない。かと言って平民ではないはずだ。何故なら平民は家名、所謂苗字が無いのだから。
「エリーグ・フォルス様ですか。お初にお目にかかります。私こそウォレルナ・セロクトです。
それで、私に如何なるご用事で?」
貴族なのか平民なのかもよく分からないが、カーテシーをするウォレルナ。対してエリーグと名乗った男は、適当にお辞儀をするだけだった。
この立ち振る舞い、やっぱり貴族ではない。
自分に対しての敵意や殺意は感じられないが、王子が送ってきた刺客かもしれないと警戒する。
だが、エリーグと名乗ったその男に、何故だかほんの少しの既視感を覚えた。
初めて出会った。それは紛れもない事実だ。記憶力が良いと自負しているウォレルナは、幼少期からの記憶を辿って確信した。
モヤモヤしていると、エリーグはフッと笑い出した。
「あぁ、心配しないで。僕は暗殺者とかそんな不躾な輩じゃないよ。なんなら、この場で着てる服を全部脱いでも構わないけど?」
「いえ、流石にそれは結構です」
「ははっ、まぁそっか」
どうにも掴めない態度ばかり取るエリーグに、流石のウォレルナにも疲れが現れてきた。
先程のパーティーの件もあったのだろうが、それ以上に貴族でない者と接するのは体力がいる。
無礼だと叱りつけるのを抑えているからだ。叱責すればまた悪女だどーの言われるのが目に見えてるので、ウォレルナはそれを回避すべく普段から平民や同等の人間との接触は可能な限り避けてきた。
面倒だな、と心の中の声が顔にも出ていたのか、エリーグは『おっとごめんよ』と小さく謝罪をした。
「用事が無いなら帰りますが」
「用ならあるさ。ウォレルナ嬢」
エリーグは1歩、また1歩と足を進める。
ウォレルナとの距離を詰め、やがて手を前に出せば触れられるくらいの近さになる。驚きのあまりその光景をボーッと見ていたウォレルナの顎を、エリーグは指で軽く掬った。
「僕と共にこの国を壊してくれないか?」
「……は?」
何だコイツは。と言わんばかりに顔を歪める。貴族が感情を露わにするなんてみっともないと思いつつ、眉間に皺が寄ってしまう。
「そんな顔しないでよ。綺麗な顔が勿体ないよ?」
「貴方が変なことを仰るからでしょう?」
「えー、でも君はきっと頷いてくれると思うよー」
「何故そんな確信があるのですか」
「それは簡単。僕が企んでいる事と、君が望むものはほとんど同じだからさ」
月明かりが、不気味にエリーグの顔を照らす。目を細め、口元をニヤリと歪めた表情が、途端に負の感情に染まっていくのを感じる。その不気味さに、ウォレルナは思わず距離を取ろうとするも、いつの間にやら腕の中に囚われていた。逃げようにも逃げられない。ウォレルナは、諦めてエリーグの話を聞くことにした。
「貴方が…企んでいること、とは………?」
畏怖で声が震えるも、しっかりと瞳を捉える。
そして、初めてその目をハッキリと見て、既視感がなんだったのかを思い知った。
「僕が企んでいるのはね…………反逆だ」
ウォレルナは目を見開く。しかしエリーグは、そんなことを気にも留めないで話し続ける。
「僕の母上は20数年前、王宮に仕えるメイドだった。だけど、酔っ払った国王サマに手篭めにされちゃってねぇ。王サマは『覚えてない』『そんなことしてない』の一点張り。王妃サマも嫉妬で狂って身一つの母上を追い出した。
だけど、生まれてきた僕はこの国で唯一の色を持っていた。
この真っ赤な目、見覚えは無いかい?
そう。王族の証でもある、
……深紅の瞳だよ。しかも、第一王子ですら持ってない、ね」
第一王子であったショールッツは、国王陛下譲りの黒髪に、王妃殿下譲りの碧眼。現在の王家は王子1人しか産んでない為、他にこの瞳を受け継いで生まれたものはいない。
エリーグはウォレルナにグイッと顔を近付け、薄暗い場所でも色が見えるように目を見開く。それは確かに、国王と全く同じ色の瞳、血のような真っ赤な瞳が映っていた。
彼を見た時の妙な既視感は、この事だったのだ。
「この国では、例え妾の子であったとしても深紅の瞳を持つ者が継承権を得られる。だから今の王子は王太子になれないんだ」
「本当に笑っちゃうよね。僕は真実を知った時から、母上を不幸にしたアイツらに復讐しようと思っていた」
「君も、苦しいんだろう?神が創ったこの国を、創り直してやろうと考えるくらいには」
心臓がドクンと大きく脈を打つのがわかる。これは図星だ。自分の野望を、まさか初対面の相手に見抜かれるなんて思ってもいなかったのだ。
「手を組まないか?」
ウォレルナを見上げる様な形で、エリーグは中庭の整えられた地面に膝を着く。
「君は自分に虐待をした両親と神サマ至上主義のこの国を、僕は母上を侮辱し僕共々存在を抹消した王族を」
「共に滅ぼす、共犯者になろうではないか」
「それは、プロポーズですか?それとも脅迫ですか?」
先にプロポーズを出したのは、無意識だろうがそれを強く願っているからだろう。戸惑った様な、期待した様な瞳は、エリーグだけを見据えていた。
そんな不器用なウォレルナを見てエリーグはふっと笑い、
「プロポーズみたいなもんだよ」
ウォレルナの左手に自身の唇を引き寄せた。ウォレルナが目を見開いたと同時に、唇を離し更に言葉を繋げる。
「それではもう一度聞こう」
「ウォレルナ・セロクト嬢、僕と共にこの国を壊してくれないか?」
その言葉を聞いたウォレルナは、初めて年相応な笑顔を見せた。
ーーーーーーーーーーー
「どうして……ウォレルナ様。あたしは何にもしてないのに…」
ウォレルナが去っても尚、その場で固まって立ち尽くしているレティカ。それは王子と貴族達も同様だった。
「ショールッツ殿下、分かってくれますよね。あたしは何もしてない。あたしは何も悪くないって!」
「あ、あぁ。分かっている。レティカは何も悪くない」
レティカは自分の味方をしてくれたショールッツに擦り寄り、自らその胸に飛び込んでいく。多少の違和感を抱きながらも、小柄な身体を引き寄せる。その行動を見て、貴族の特に若い人達は段々と目付きが鋭くなっていった。
「…………いえ、本当にそうでしょうか」
そして遂に、ある1人の令嬢がポツリと呟く。
「私はウォレルナ様に同情いたしました」
「私もです」
次はその隣にいた令嬢も同じ様に呟いた。
「ここ最近は貴族から選ばれていた聖女や聖者。次はお前か選ばれろという圧は、私も身に覚えがあります」
「人によっては、監禁まがいの教育を受けたと聞いておりますわ」
「まぁ、ではウォレルナ様も?」
「僕も同じだ!高熱を出しても神殿へ引っ張られ、読むものは全て聖書と限定された」
「俺なんて、選ばれ無かった時に鞭で打たれたぞ!!」
1人、また1人と、貴族の中でも令嬢令息といった若者たちが声を上げ始める。皆、不満に思っていたのだ。皆、疑問に思っていたのだ。
何故、自分が選ばれずにこいつが選ばれたのか、と
声を上げた貴族の保護者たちは皆、顔を背けたり目を逸らしたり、中にはそそくさと退散する者もいた。
「そもそも、レティカ嬢だって聖女に選ばれて男爵家として貴族に入ったならば、貴族らしい振る舞いを身につけるべきだよな」
誰かがそう口に出した途端、
怒りの矛先は、聖女サマにも向けられる。
「全くもってその通りですわ!何度警告しても『あたしは平民出身だから〜』なんてヘラヘラと笑って誤魔化して!!ならむしろより一層の努力をせねばならぬのに!」
「食べ方がみっともないと注意すれば、『こうやって食べる方が美味しいですよ〜』ですって!?そんなはしたない庶民の食べ方なんて、貴族に求められておりません!」
学園のマナー講習でレティカと同席になった令嬢達は、普段レティカがどれだけ不躾か目の当たりにしてきた。心に封印していた、『聖女なのに』というモヤモヤは、不満となり爆発する。
「王族でなくとも、国の貴族として平民の上に立つ以上、その一挙一動は他国からの評価に繋がります。男爵家の養女であろうと、例外ではありません。
貴女は貴族になる時、その覚悟と自覚がありましたか?」
「あ、だって、あたし…」
レティカがしどろもどろになっていく。それもそうだ。どの話も、身に覚えがある話。当時は、『お高くとまってヤな感じ〜』と無視していたのだが、それがこんな形で返ってくるなんて思って無かった。
「で、でも、私だって好きで選ばれた訳じゃ…!」
「あら、知りませんこと?聖女や聖者は、辞退する事が可能ですのよ」
コツコツと、高貴な雰囲気を纏った1人の令嬢が前へ出る。
チェチーリア・インソニー。ウォレルナと同じく公爵令嬢である彼女は、冷たい視線をレティカに向けてそう言い放った。
「……え?」
「貴族ならまだしも、平民の方は荷が重過ぎると強く拒否した者が過去にいた為です。むしろここ100年程、貴族から選ばれていたのは実際に選ばれた平民の方々が拒否したからですの。だから今回も、貴族の方々は平民が拒否するものだと大変勝手ですが思い込んでいた訳ですわ」
「え、なんで!なんでみんな拒否するんですか!?もしかして、あなた達貴族が脅していたんじゃ!」
「『私共の様な平民よりも、国の中枢である貴族様に是非とも選ばれて欲しい』、それが大半の意見ですわ」
「う、嘘よ!!!だって聖女になったらいっぱい優遇して貰えるのよ!!!お金だって、貴族になったら不自由無く使えるし!!!ほら、このドレスだって平民の時じゃ考えられなかった!!」
そう言って、レティカは美しい桃色のドレスを翻した。このドレスは、国一番のブティックである『マダム・エステル』のドレスであった。
「平民なんて薄汚い存在、嫌だったのよ!あんな農作業しか脳のない生活、バッカみたい!!貴族になれば美味しいものいっぱい食べれて、綺麗なドレスにイケメン王子達だって侍らせられる!!正に理想の生活よ!!」
会場がまたもシンとなる。いや、レティカの荒らげた息だけが木霊する、冷ややかな空間だ。
「まさか平民出身の貴女が、自身の故郷である平民を蔑ろにするとは」
「本当にこれが聖女?悪魔に取り憑かれた方がマシですよ」
「私達貴族が、何もせずただ金だけを貪って生きているだなんて、勘違いもいいとこですわ」
「平民への感謝あってこその貴族なのに」
「私は、ウォレルナ様に着いて行きますわ」
公爵令嬢が1人、ウォレルナの様に出口へ向かう。
「私も行きますわ」
「私も」
今度は侯爵令嬢。
「俺も行こう」
「僕も。もう、ここに居たくない」
今度は侯爵令息。
「私も行きます!!」「私も!」「俺も!」「待ってくれ!僕も行く!!」
遂には、貴族の若者全員が、ウォレルナに着いて行く事を決めた。
「あぁ、そう」
最後に出口へ向かったチェチーリアが、思い出したかのように振り向いた。
「レティカ嬢に嫌がらせをした犯人は、平民の方々ですのよ」
「なっ!嘘をつくな!!あれは全部ウォレルナが…っ!」
「凡愚な第一王子と違って、私はしっかりと信頼のある神殿に調査を依頼したので、間違いではありません。後ほど調査書類をお送り致しますので、疑うのでしたらどうぞそちらをお読みくださいな」
「し、神殿だと……!?」
神殿。聖女の保護や神への謁見が行われるその場所は、国家と同等の権力を持つ。ショールッツは今更ながらにそれを思い出した。
「でも……どうして平民の人があたしを虐めるんですか!?」
事実を認めたくないのか、レティカは物凄い剣幕でチェチーリアに問い質す。もうそこには、聖女と呼ばれた頃の面影は無い。
「さぁ。貴族が聖者として選ばれるべきとお考えの方は多くいらっしゃいますから……それは貴族平民関係無く、ね」
チェチーリアはニッコリと笑みを浮かべる。その笑みは、傍から見たら美しい聖母の様な表情だが、ショールッツやレティカからは悪魔の笑みにしか見えなかった。
身分関係無く、聖者聖女は貴族から選ばれるべきだと考える者が多い………つまり、レティカを虐めたのもその一派なのだろう。レティカは、平民が聖者として選ばれる事がどういう意味を持つのか、覚悟が足りなかったのだ。
言いたいことを言い終えたチェチーリアは、カーテシーもせずにその場から去った。
その場には王子と聖女以外、若い者は1人も残っていなかった。
ーーーーーーーーー
「何をやっているんだショールッツ!!!」
「ち、父上!?」
事の次第を聞きつけた国王が、漸く玉座から駆けつけてきた。王妃も急いで来たのだろうが、化粧や装飾品はバッチリだった。
「あぁ陛下、一体どうしたらいいのでしょう」
「こんな事になるなんて……早く神殿へ行かねば!!」
急げ!と家臣達に馬車を準備させる。急いでいるのなら馬車より馬に乗って行った方が早いのだが、汚れるのを酷く嫌がった現国王は、馬の乗り方を知らなかった。
用意された馬車に国王と王妃、そしてショールッツとレティカが乗り込む。家臣たちも他の馬車に乗り込み、国王陛下御一行は神殿へ向かった。
……ちなみに、これらの移動は全て極秘でと国王は命令したのだが、居心地を優先とした一級品の馬車が目立たないはずもなく、真夜中に国王が夜逃げでもするのかと平民のコミュニティでは話題となってしまった。
「神官長よ!頼む!開けてくれ!!」
神殿に着いて早々、真夜中であるのにも関わらず扉をドンドンと大きな音を立てて叩く。神殿の中に入るには、まず門の前にあるベルを鳴らさねばならぬという常識は、この国王には備わっていない。勿論、周りの臣下達も。
心底迷惑そうな顔をして、初老の神官長は扉を開ける。眠たげに目を擦っていることから、睡眠中であったことが伺える。その証拠に、服は着替えずに部屋着のままだ。
「一体何の騒ぎですか」
「神官長!!急で悪いが、神への謁見をお願い出来ないか?」
厚かましいにも程がある国王の発言に、神官長は溜め息を吐き、頭を抱える。
「それは無理なお願いです」
「何故だ!緊急事態なんだ!!早く通さないか!」
「はぁ………国王陛下がそこまで無知とは思いませんでした」
「何だと!?バカにしているのか!?」
顔を真っ赤にして激昂する国王を、真逆の温度で一瞥する神官長。その冷ややかな目に加えられた感情は、疑念か、軽蔑か。
「………神への謁見は、期間が定められております。月に1度、10日間程しか神は謁見に応じて下さらないのです。本日は三ノ月の25日ですので、次の謁見はあと20日ほど先でございます」
「私は王だぞ!!!それくらいどうにか出来ないか!!」
「だから無理なお願いだと申しているではありませんか。それと、ここは神殿です。一国の王よりも、世界を創りし天上の神の方が立場は上ですので、神のご意向が優先です」
「貴様……っ!!王を侮辱しよって!」
国王が拳を握りしめたのと同じタイミングで、慌てた様子の若い神官が神官長に向かって駆けてくる。
「神官長殿!!少し宜しいですか」
「どうなさいました?この時間は就寝と定められていると言うのに」
「実は…ゴニョゴニョ」
若い神官は神官長の耳に顔を近付け、か細い声で話す。耳を澄ますと、神官長は次第に驚いた顔になっていく。
「なんとそれは……!!」
「一体何の話だ!!私にも教えないか!!」
話を聞き終えると、神官長は若い神官に対して軽く頷く仕草をする。それを見た若い神官も頷き、奥の方へ去っていく。それは、覚悟を決めた様な、何かを決断した様な表情だった。
「国王陛下、謁見よりも先に国を守る事を優先した方が良いのでは?」
去っていくのを見送った後、神官長は国王に向き直る。
「先程先代の聖女様へお告げがありました。
内容は、
『シリュース王国は、王族の証を継ぎし真の王によって破滅の時を迎える。』……と。
お心当たりがあるのではないですか?」
「……え?」
国王、王妃、ショールッツ、レティカ、家臣その場にいた者全員が驚愕と絶望の感情に染まる。中でもレティカは膝から崩れ落ちる程にショックを受けた。
尤も、レティカがショックを受けたのはお告げの内容では無かった。
「え、嘘………先代の聖女!?」
「神のお告げが、今代の聖女でなく先代の聖女へ告げられたと言うことは、どういう事か分かりますよね」
「そんな、そんなはず……!」
「貴女にはもう、聖女の資格がございません」
ピシャリと神官長が言い放った後、ヒュッとレティカの喉から音が漏れる。絶望、失望、そんなものでは言い表せない程の衝撃に、顔が歪む。声にならない叫び声を上げ、レティカは狂った様に泣き出してしまった。
「っっ!!!皆の者!引き返すぞ!!今すぐ王宮を護衛するんだ!!!」
はい!と返事をして、悲しみに顔を歪ませる王妃や呆然となっているショールッツ、狂ったレティカを馬車に乗せる。王城へ引き返す国王とその一行。神官長は、黙って見ていた。
真の王が一体誰なのか。その問いかけは、きっと数年以内に明らかになるだろうと神官長は胸に仕舞う。どうせ数年の内にこの国王も王国も、全て終わるだろうとも。神官長は、ただ1つ溜め息を吐いて神殿の中へ戻っていくのだった。
ーーーーーーー
ウォレルナをエリーグが家まで送り届けていると、同じタイミングで突然大勢の令嬢令息達が公爵家に駆け付けてきた。
「ウォレルナ様!!」
エリーグはなんの騒ぎだと首を傾げたが、ウォレルナはその者達に見覚えがあった。
「あなた方は確か、同じ卒業生の?」
「はい!」
先頭にいた伯爵家の令嬢が、代表して返事をする。彼女は、先程の断罪劇の時に1番最初に疑問の声を上げた令嬢だった。
「突然の訪問、誠に失礼致します。実は、どうしてもウォレルナ様に聞いて頂きたいことがございまして、皆揃ってお話に来たのです」
「お話……とは?」
ウォレルナも首を傾げる。伯爵令嬢がすぅと息を吸い込むと、そこに居た令嬢令息全員に伝わる様な声量で言った。
「私共は、ウォレルナ様に着いていきたく存じます!!」
すると、後ろにいた者たちも口々に声を上げる。
「私も!」「僕もです!」「俺もウォレルナ様に協力します!」
「貴族のマナーがなっていないと叱責頂いて構いません!!ですが、お話だけでも聞いて頂けませんか?」
お願いします!と皆が頭を下げる。驚いたが、きっと自分が去った後に何かあったのだろうと察した。
「へー、君たち熱心だねー」
ひょこ、とエリーグが集団の前に顔を出す。
「あ、僕はエリーグ・フォルス。長くなるから説明は省くけど、国王の隠し子なんだ」
突然の登場に突然の告白。皆は文字通り目を丸くし、硬直させている。中には、口まであんぐりと大きく開けた令息もいた。
「エリーグ様、そんな急に言われては皆さん驚いてしまうでしょう」
「そっか、それもそうだね」
「とりあえず、ここだと目立ちます。応接室へお通し致しますので、どうぞ中へ」
ウォレルナは、固まっている人々を呼び起こして公爵家の中へ案内した。
「ウォレルナ、帰ったか」
「お父様」
中へ入ると、如何にも性根の腐っていそうな男が出迎える。ウォレルナの父親だ。
「それらは一体なんだ」
くいっと顎で令嬢令息達の集団を指す。
「学園の同級生です。お話があるとの事なので、応接室へ案内するところです」
「同級生か、くだらん」
ふんっと鼻で笑い、ウォレルナの背後を睨み付ける。睨まれた側は、一瞬その悪意に怯んだが、エリーグが小声で『大丈夫』と呟くと、平静を取り戻した。
「先程耳にしたが、第一王子に婚約破棄されたのは本当か?」
「はい。婚約破棄されたので、承った次第でございます」
「馬鹿者!!!」
ギリっと歯を食いしばり、眉間にこれでもかと皺を寄せ、今度はウォレルナを殺気の籠った目で睨み付ける父親。すると、後ろからコツコツと公爵夫人……ウォレルナの母親がやってきた。
「はぁ、王家との大切な繋がりを切るとは、一体何のつもりなのウォレルナ」
「お母様」
「貴女みたいな可愛げの無い女、政略結婚でしか相手にされないと言うのに……本当にろくでもない娘ね」
「………」
客が居ることを分かっているのだろうか、母親はくどくどとウォレルナを侮辱する。後ろの人々は居心地悪そうな空気になる。そして、優しい母親しか知らなかったエリーグは、腸が煮えくり返りそうな怒りを感じたが、ウォレルナが目線で訴えた為に抑えた。
本当は、ウォレルナに可愛げ無いと言ったことにブチ切れてやりたかった。
「まぁいいでしょう。話はその後ろにいる腰巾着共が帰ってからにします。だから、さっさと済ませてね、ウォレルナ」
「後で覚悟しておけよ、ウォレルナ」
吐き捨てる様にそう言うと、2人は屋敷の中へと消えていった。漸く緊張の糸が切れ、皆は深い溜め息を吐く。
ウォレルナは、いつも家でこんな扱いを受けてきたのかと、胸が張り裂けそうな思いになった。
「さて、では行きましょうか」
「え、ウォレルナ嬢タフ過ぎない?大丈夫?」
「あんな腐った肉の塊みたいな人達の話なんて、聞くだけ時間の無駄ですよ」
さ、行きましょうと笑みを繕うウォレルナ。エリーグは、乾いた笑いを漏らして、
「………流石、僕の誘いを受けただけあるなぁ…」
と人知れず呟いた。
応接室に着いた後、一先ず全ての情報を話して置こうと、ウォレルナとエリーグは口を開いた。
エリーグの出生、計画、更にウォレルナの野望に至るまで全てを話した。エリーグの話を聞いて、中には『酷い…』と声を漏らす者もいた。
「って事で、出来れば直ぐにでも王宮を攻めたいなーって思ってるんだよね」
「であれば今日です」
「え、今日?ってつまり今から?」
「はい。私の見立てだと、恐らくこの後騒ぎを聞きつけた国王陛下達が神への謁見をお願いする為に神殿へ向かうはずです。しかも、あの王子の父親です。きっと、馬ではなく馬車を使って向かうと思うので、直ぐに引き返したとしても帰って来るまでにはかなりの時間を要します」
「なるほど、そこを狙う訳か」
「はい。大丈夫ですか?」
ウォレルナは、エリーグ達令息組に問い掛ける。急に今からと言われても、武器だったり装備だったりの準備が大変だと思ったのだ。
「あっ、それなら!ウチが管理している武器庫をお貸ししまます!!」
声を上げるのは、騎士団を所有する侯爵家の令息だ。
「ウチの武器庫、父上がもったいぶって使わないんです。何度言っても、ただ宝石のコレクションの様に眺めるだけなんです。だから、どうぞお使いください!」
「それはありがたいですね」
ウォレルナは侯爵令息に微笑む。令息は同じように笑顔で返し、親指を立てる仕草をして応えた。
その光景を、エリーグは冷ややかな目で見ていたのだが、それに気付く者は誰もいなかった。
コホン、と咳払いして場を持ち直すエリーグ。
「じゃあ、僕と令息組は国王達が王宮を出るのを見計らって攻め立てよう」
「分かりました。では私達は?」
伯爵令嬢がウォレルナに問い掛ける。
「神殿へ向かいます。新たな国を建ちあげる為にも、神殿の協力は不可欠ですから」
それぞれのやるべき事が決まり、さてと皆一斉に立ち上がる。
「皆さん、舞台は整いました」
うむ、と全員が頷いて返事をする。
「これから、反逆の時を迎えましょう」
ウォレルナがそう言うと、エリーグを始めとする令息達は王宮に、ウォレルナを始めとした令嬢達は神殿へ向かった。
ーーーーーーーー
国王御一行が王宮に着いた時、既に城内は混乱を迎えていた。
城を守る兵士達が、倒れ、縛られ、死んでいたのだ。
城内の荒れ具合を見て、国王は呆気にとられる。王妃やショールッツも、自分が過ごしてきた城がこんなにも荒んでいる事実に頭がクラクラしていた。
「こ、国王陛下!!」
残っていた兵士が、戻ってきた国王に駆け寄る。その兵士も、目立つ様な大きな怪我は見られないが、骨折でもしたのか左腕を押さえ込んでいた。
「ど、どうした。この有様は一体何なんだ!」
国王が兵士に寄り添う様に問い掛けると、震える身体を落ち着かせてこう告げた。
「実は………国王陛下が神殿へ向かったと同時に、1人の男が攻めて来たのです!!しかも、それを皮切りに大勢の令息達が武器を持って城に流れ込んできて……!!」
「1人の男……!?それは一体誰なんだ!!?」
「分かりません……。ただ、貴族ではない格好をしていたので、身分の低い平民だとは思いますが……………」
そう言うと、兵士は急に口を噤んだ。何かに怯えるように、国王達から目線まで逸らしていく。
「何だ!?なんでもいいから早く言え!!」
決死の覚悟で兵士は、真っ青にした顔を上げて口を開く。
「ッ!!……ふ、深い藍色の髪に…国王陛下と同じ、深紅の瞳をした男でした………ッ」
その言葉に、国王と王妃は更に真っ青な顔で硬直する。ショールッツとレティカは、意味が分からないと言いたげな顔だ。
もしかして、と国王は思った。頭に浮かぶのは、まだ自分が王太子だった頃に酒に酔ったと嘘をついて迫ったメイドがいた。彼女も確か、深い藍色の髪をしていたはずだ。
国王以上に顔色の方が悪かったのが、王妃だった。顔は真っ青を通り越して真っ白。冷や汗が頬を伝い、口ははくはくと痙攣している。
心配そうに顔を覗き込む兵士に、スっと軽く手を上げて無言で平気だと合図をする。
「分かった。すまない、お前はもう休んでおれ。王妃、ショールッツ、レティカ嬢。玉座の間へ急ぐぞ!!」
切羽詰まった国王は、声を荒らげて他3人を正気に戻す。予想するなら、そいつの狙いは恐らく自分。いや、自分達。
ショールッツとレティカは訳も分からず着いていくだけだが、国王及び王妃は今にも走り出しそうな程に急いだ。豪華な装飾品やドレスが、今だけ忌々しく思った。
そして
バンッ!!
「………おやおや、やっとお出ましかい?国王サマ?」
玉座の間の扉を開けると、兵士が告げた深い藍色の髪に深紅の瞳をした男が、玉座の前に立って振り返った。
ブラウスとスラックスという簡素な服に身を包んだ男は、右手に剣を、左手には兵士の頭を掴んでいた。ブラウスや顔には返り血と思われる汚れがついていた。
男は、左手で掴んでいた兵士の頭を放すと、物凄いスピードで国王に近付いた。
「初めまして、お父さん。とでも言っておこうかな?」
近付いた事でハッキリと見える深紅の瞳。彼が国王の血を引いている事が、嫌でも理解出来る。
「どういう事だ……!?深紅の瞳は、王族の血を引いている者しか現れないのに……!」
「君は……僕の腹違いの弟くんかな?話には聞いていたけど、まさか王妃譲りの偉そうな性格してるとはねぇ」
「弟……?まさか、俺の兄だと言うのか!?」
今まで自分が長男だと信じて生きていたショールッツ。腹違いとはいえ、兄がいた事にショックを受けていた。
何故なら、深紅の瞳を持つ者がいなかった場合、王位継承権は自然と第一王子に与えられるからだ。自分は碧眼だったものの、このままいけば自分が王にと鼻を高くしていたのだ。それなのに、自分より年上の、しかも深紅の瞳を持った人が現れるなんて。自分の王としての未来は散ったと同然だった。
男は、横から憤怒を感じ取った。それは勿論、王妃から漏れ出していたものだった。
「あ、あんた!やっぱりあの下賎な女の………!!」
「おやおやこれはこれは!!国王の寵愛を得たからと怒り狂ってか弱いメイドを身一つで追い出した王妃サマではありませんか!!!いやはや、その傲慢さは現在のようで安心したよ!!!」
フーッフーッと興奮が感じ取れる荒々しい息をする王妃を、めんどくさいので男はそのまま無視した。
男は、持っていた剣を王の首に突きつける。
「長ったらしいのは嫌だから、手短に話そう」
愕然とするショールッツも、突っ立ってばかりのレティカも、煩いのが収まった王妃も、突きつけられている国王も、全員がゴクリと生唾を飲む。一触即発。少しでも反論したら終わりだぞ、と脅しが聞こえた気がした。
「僕は、そこにいる第一王子の元婚約者、ウォレルナの協力者だ」
今度は王子が目を見開く。
「実はここに来る前、突然貴族の令嬢令息がウォレルナのとこに押しかけてきてねぇ、僕達に協力してくれるって言ってくれたんだ!
丁度人手が欲しかった所だから、ちょっと手伝って貰ったんだよ」
ニッコリと花を咲かせる様に放ったその言葉に、王子だけでなくレティカも顔を歪ませた。
「でね。聞いたらさ、この国では、聖者として選ばれなかった貴族は鞭打ちにされるとか?選ばれる為に手荒な教育もしてるとか?色々教えてくれてねぇ」
「お陰で、この国をぶっ潰す算段が取れて良かったよ」
「……」
国王は、ボンヤリと男を見つめる。見れば見るほどあの母親の面影を感じると、現実逃避していた。
「ねぇ聞いてるー?」
「あ、ああ。もちろんだ」
「手伝ってくれる代わりにととりあえず約束したのは、聖者制度の廃止と貴族王族の総引き継ぎ。って事で、今日から王はあんたじゃなくて僕が務める事になったから」
「は!?」
喉元に剣を突きつけられているのも忘れ、素っ頓狂な声を出す国王達。
「待て待て。総引き継ぎとは、一体!?」
貴族の総引き継ぎ。それは、国の新たな発展の為に革命を起こす名目で行われる行事だ。学園では歴史の授業で必ず習うはずだが、勉強をサボっていた王子は初めて聞いた言葉らしかった。
「ん?だから、今いる貴族の当主達は全員、半強制的にその家の令嬢令息達にその座を譲るって事だけど…知らないの?」
最後に行われたのが50年前だからと言って、貴族の間ではそれは常識。いつどんな時に行われるか分からない故に大事な行事なのだ。
「そんな、無理よ!」
「大丈夫。自信ないって人は爵位返還するか良さげな人見つけるかしてもらって、前当主はその娘息子達に今後を任せることにした」
不躾にもまだ口を開こうとする王妃や王子を剣で黙らせて、男もといエリーグは剣を振り上げる。
「言いたいことは終えたから、もういいよね」
「僕と母上を消したこと、後悔するといいよ」
その声は、地獄の底から舞い戻った悪魔の様だった。
ーーーーーーーー
それから数週間後。
晴れ晴れとした青空の下、ウォレルナは生まれ変わった王宮から国を見渡していた。
「ウォレルナ嬢」
「エリーグ様、お疲れ様です」
そこに仕事を終えたエリーグがやってくる。疲れてる様なスッキリした様な顔がそこにはあった。
「手筈通りに進んだよ。顔や生殖機能を潰して国外追放にしたから、誰も彼らが元王族貴族だとは思わんだろうね。あとはアイツらが野垂れ死ぬのを待つだけだ」
アイツら、それは元王族とウォレルナの両親、そして元聖女のレティカだ。
「処刑ではなくて良かったのですか?」
「ただ処刑するだけじゃ勿体無い。アイツらには死んだ方がマシだと思える処遇にしないと。ま、ゆーて良くて餓死。最悪、タチの悪い賊に殺されるだろうけどね」
「おや、私の記憶が正しければ、貴方が決めた行き先は賊がわんさか残っている無法地帯ではないですか」
「はは、バレちゃったか」
ケラケラと笑うエリーグにつられて、ウォレルナもクスクスと楽しそうに笑う。
「まぁ良いでしょう。貴方に任せると言ったのは私ですから」
「ウォレルナ嬢の寛大な心に感謝するよ」
「他の貴族達も、次々に罰を受けておりますね」
「そうだね。僕らが反逆を起こしたと同時に、家出した令嬢令息達も親に復讐し出した。王族までとは行かずとも、そこそこ酷い罰は受けてるだろうね」
「今までの鬱憤を晴らす様に怒り狂った方もいらっしゃるらしいですね。『俺と同じ痛みを味わせてやる』と意気込んでおりました」
「元気だね〜」
「この出来事は、歴史上初の王族含めた総引き継ぎとして語り継がれて行くでしょう」
「さて、僕と君の復讐は果たされた。君の両親と王族は罰せられたし、国も滅んだ。これからどうするんだい?」
「今度は、神殿を中心とした新たな国を創ります。教会も増やして、平民でも儀式を行いやすい環境にすれば、次第に信仰心も増していくと思うのです」
「いいねぇ。それなら、聖女とか言う立場も無くしちゃおうか。シスターとして神殿や教会で働いてもらえれば、神殿の人手不足と平民の働き口不足は同時に解消出来そうだ」
「農業も確かに大切です。ですが、決められた職だけではなく、もっと平民の方々が様々な場所へ働きに出やすい国にしなくては。
エリーグ様、まだまだやらねばならぬ事は沢山ありますよ」
「そうだね。じゃあまずは、そこら辺の調整から入ろうか」
エリーグとウォレルナは晴れ渡った澄んだ空を見渡す。心も随分と軽くなり、あとは自分達がこれからの国を考えねばならない。そう思うとちょっと面倒くさそうたが、この人とならなんとかなりそうだ、とそれぞれが心の中で呟いた。
「……ねぇ、ウォレルナ」
「なんです?エリーグ様」
ウォレルナがエリーグを見ると、その頬は仄かに赤く染まっていた。
やがて、覚悟を決めた顔をしてエリーグはウォレルナと向き合った。
「…僕と、結婚してくれませんか」
跪いてウォレルナの手を取り、照れくさそうにポケットから小さな箱を取り出す。その中には、キラリと輝く指輪が入っていた。
「………プロポーズは済んだのでは?」
ポカンと口を開けて呆気に取られるウォレルナ。結婚とか、あの日に似たような事を誓ったじゃないか。それなのに今になって、改めて言われてしまうと、顔に熱が篭っていくのを感じる。
「あんな最低なのじゃなくて、ちゃんとしたプロポーズしたかったんだよ」
「…本当に、私でよろしいんですか?」
「当たり前だよ」
「愛嬌なんて欠片も無い女ですが」
「それでもだよ」
フッとエリーグの顔が綻ぶ。ウォレルナと初めて会った時よりも、柔らかい笑顔だった。
「君のその、他者をも魅了する高潔な立ち振る舞いに僕は惚れたんだ」
「君が頼るのも、弱音を吐くのも、笑顔を見せるのも、全部僕がいい」
「だから、どうか僕と結婚してくれませんか」
と、エリーグはウォレルナの顔を覗き込む。その顔に、エリーグの心拍数は更に上がる。ウォレルナの今の顔は、本当に女神かと見紛う様な美しさだったのだ。
「ふふっ、そのプロポーズお受け致します」
それは、本当に恋してるかのような幸せな笑みを浮かべていた。
この日、ウォレルナはウォレルナ・セロクトからウォレルナ・フォルシウスと成り、エリーグ・フォン・フォルシウスと共に新たにフォルシウス聖国を築く。
生まれ変わったフォルシウス聖国は、その後何百年もずっと栄え続けていくのだった。
ーーーーーーー
一方その頃天界では
「アシリウス様、本当に宜しかったのですか?」
「ん?何がだ?」
白銀の長髪もそのままに、だらけながらも顔を向けて返事をするのは、シリュース王国の守護神でもあり最上位の全知全能の神、アシリウスだ。神の証である金の瞳は、先程欠伸でもしたのか少し潤んでいる。
そのアシリウスに声を掛けたのは、金の髪に金の瞳をした、彼の側近でもあり天地を司る神、ディアルーペ。
ディアルーペは、天界の執務室的な空間のソファに腰掛ける。勿論、これはアシリウスが持ってきた座り心地抜群のソファであり、持ってきた張本人はベッドの様に扱っている。
「下界の事ですよ。シリュース王国が滅んでしまったではありませんか」
「えー?神は直接的に下界に手出しは出来ぬのだから、仕方ないだろう?
それに、我に依存してる時点であの国は終わりだったのだよ」
「それにしたって、聖女に選ばれる為に必要な親和力は神への信仰心の事。一定以上あればそこまで差異はないのに、何故いつも平民から選ぶのですか?」
「えーだって、テキトーに選んだのがいっつも平民だったってだけだもん。我悪くないもん」
「全知全能でもあられるお方が、もんとか言わないでください。威厳が消滅します」
「冷たいなぁ〜、ディアルーペくんは」
イラッ
ディアルーペの眉間に深い皺が出来る。
「はぁ、そんなんだからその適当に選んだ聖者が国を滅ぼすキッカケになってしまったのでは?」
そう言って、ディアルーペは1枚の書類を取り出す。それは、レティカ・マールティの全てが記載されている履歴書の様なもので、元シリュース王国の国民全員分ある。
そこに書いてある情報によると、
レティカ・マールティ
親和力:37
ちなみに一般的な親和力は78である。
「いやー、昔は92も持ってたのに、権力手に入れたら急に親和力下がるんだもん。分かんないもんだね、人間って!!」
ワッハッハ、と言わんばかりに大口を開けて乾いた笑いを零す。良く言えば豪快、悪く言えばはしたない言動は、ディアルーペの頭を悩ませる種にしかならない。何度目かも分からない溜め息を吐きながら、書類を持っていない手で頭を抱えた。
「それに、あのウォレルナ・セロクト…今はウォレルナ・フォルシウスでしたっけ?あの方からの謁見は1度も応じ無かったではないですか。あそこまでの信仰心なら、1度くらいお会いしてもよろしいのでは?」
諦めた様にレティカの書類を手放し、代わりにウォレルナの書類を探す。新国の女王となった上に元々は高位貴族だったウォレルナの書類は、案外直ぐに見つかった。
「あぁ、彼女ね。いやでもビックリだよ?ウォレルナって子、1ミリも信仰心無いんだもん」
「えっ!?信仰心無いって……それ分かるもんですか!?」
「えー?自分を心から好いてくれてるかなんて、目ぇ見れば結構分かるでしょー?」
「では、これは一体……?」
ディアルーペは、ウォレルナの書類を凝視する。細かく言えば、ある項目を。
「あるのは、自分は神に選ばれて当然だという傲慢さだけだよ。そんな奴に会うなんて、流石の我でもこっわいよ?」
そう言うと、アシリウスはウォレルナの書類をディアルーペの手から引っ張る。そこには、昔から変わらずずっと同じ親和力が記載されていた。
「これが所謂、ヤンデレってやつ?w」
「知りませんよ」
ウォレルナ・セロクト改め
ウォレルナ・フォルシウス
親和力:999
最後まで読んで頂きありがとうございました。
好評であれば、後日番外編を投稿しようと思います。