1章の9
蝋燭に火が灯るとイヌーオさんの瞳から光が消えていった。
微かに動く口元から何かが聞こえる。
「・・・きどき・・・・つき・・・まりょ・・・」
なんだ?何を思い出しているんだ?
「どきどき・・・つきの・・・まりょく・・・あなたに・・・あなたに・・・あな・・あ・・あ・・あああああああ!」
なんか叫びだしたぞ。大丈夫か?ちょっと離れようかな。
「思い・・・出した!!」
おお、なんだろう。何を思い出したんだ?小さい時の記憶とかかな?
「ドキドキ!月の魔力よ貴方に届け!ラブリー!星の願いよ夜空を照らせ!光も闇も天も地も!すべてを包む愛の力!」
イヌーオさんが光に包まれ始める。なんだなんだ何が起きたんだ。
「光の魔女!ホーリーシャイン!」
光が収まったと思ったら可愛い魔女っ娘衣装に包まれたおっさんが現れた。
「愛と正義で照らしてあげる。」
なんか変な方向を向いてポーズをキメている。めっちゃドヤ顔だ。
正直言葉が出ない。
脳が全力で現実を拒否し始めている。
可愛い衣装のおっさんがこちらを向いた。
ビクっとなる。怖い。やべぇ。近づいてくる。どうしよう。なんか。はやく。はやく。どうにかしないと。
「アレン殿。」
「うわぁああああぁあああああぁあああああああ!!!!」
反射的に精霊を呼んだ。
右手から火のトカゲ・サラマンダーが現れ火炎を吹く。
左手から土の小人・ノームが現れ石礫を飛ばす。
火炎を纏った石が次々とイヌーオと思わしき存在に命中する。
時間にして10秒くらいだろうか。数十発の攻撃を終えて我に返った。
「はぁはぁ、俺は・・・何を・・・。はっ、イヌーオさん(?)お、俺はイヌーオさんと思われる物体に何て事をしてしまったんだ。」
(見た目的にたぶん)魔物に近い存在だとしても無防備な相手に攻撃をしてしまうなんて。
「大丈夫ですか!?」
土煙で姿が見えない。
近づいて手当をしないといけないのに近づけない。近づきたくない。
「大丈夫ですよアレン殿。」
土煙が晴れてイヌーオさんらしき魔物の姿が見えてくる。
そこには無傷のおっさんが立っていた。可愛い衣装を纏い笑っていた。
「ふう、ラブリーアブソリュートシールドが間に合ってよかったですぞ。はっはっは。」
よかった。怪我は無いらしい。
「でもその恰好はいったい。」
あとラブリーなんとかシールドっていうのは何ですか?
「はい。実は思い出したのですよ。」
「思いだした?」
何を?自分が変態だということを?
「そう、どうやら私は前世で魔法少女ホーリーシャインこと日野本 輝12歳だったのです。」
「ちょっっっっと意味が解らないですね。ホントのところ聞きたくはないんですが説明していただいてもいいですか。」
「ホーリーシャインとはこことは別の世界で戦う魔法少女です。5人の仲間と共に悪の侵略者と戦いました。私は最後の戦いで敵のボス、グレート闇魔王の放った聖魔殲滅邪気ビームから仲間のホーリーフレアこと煉獄 晴火11歳を庇い命を落としたのですがどうやら魂がこの世界で転生し生まれ変わったみたいですね。ちなみに魔法少女になったのは10歳のときで学校に襲ってきた敵を倒すために魔法の国のマホホと契約したの。マホホは魔法の国からこっそり遊びに来てたんだけど、一人の少年に見つかってしまって保護されてたんだって。それがたまたまあたしの隣の席の真くんだったのよ。真くんは成績優秀で運動神経も抜群。サッカー部のエースでね。マホホのおかげでお近づきになれてラッキーとか思っててぇ・・・」
「ストップ、ストップ、ストーップ!イヌーオさん一旦、一旦落ち着きましょう。俺も貴方も。ね。うん。」
情報が質も量も想定外すぎて理解が追い付かない。
誰か助けてくれ。
ひたすら困惑しているとミアが助け舟を出してくれた。
というかミアの存在を忘れていた。ショッキングすぎて。
「つまりこういう事?貴方は異世界から転生してきた魔法少女とやらで、おっさんに生まれ変わったけど前の世界の魔法はそのまま使えると。」
「どうやらそのようね。ではない、そのようだ。・・・ううむ急に記憶が戻ったせいで自分が『イヌーオ』なのか『きらり』なのかよくわからなくなるな。」
なんか自我が安定してないみたいだ。考えてみたらかなり怖い。
ある日突然自分以外の人生の記憶を植えつけられるようなもんだろう。
精神を病んでもおかしくない。
「ちょっと質問するわね。その魔法って言うのはどんな力を使ってるわけ?自分の生命力?それとも外部の力かしら。」
おっとミアの悪い癖が出てきたぞ。研究者がモルモットを見る目つきだ。
ちなみにモルモットとはネズミ型の魔物で水をかぶせると分裂するのが特徴。普段は大人しいのだ が夜に食べ物を上げると進化して狂暴化する。なのでエサはほとんど与えられずに水をかぶせて分裂 したら研究に使われるという悲しい生物だ。
「魔法は魔法よ。愛の力を具現化させるの。このドレスとか杖も愛でできてるわ。」
「愛?精神力を元に現実を書き換えるのかしら。それとも脳内物質を元にエネルギーを召喚する?興味深いわ。」
なにやら楽しそうに話す二人を見ているとイヌーオさんが一瞬、一瞬だけだがかわいい女の子に見えた。
・・・・ありえん。ありえんはずだが確かに見えた。
幻視か、それともこれも愛の魔法とやらか。
目をこすってもう一度イヌーオさんを見ても変態か怪物にしか見えない。
深く考えないようにしよう。それが精神衛生上、間違いなく正しいことだろうから。