1章の5
幕間
「アレン坊が神様のところに行ったから後は任せて帰るべ~。」
「そうだな、また飲みなおすか。村長の家にまだ酒が残ってただろ。」
「おう、村長の家の地下の隠し扉に3樽あったぞ。」
「隠し扉とか作ってたのかあのじじぃ。」
「おお、流石は村一番の酒飲みエロじじぃだ。酒と一緒にエロ本も大量に・・・。」
「何それ詳しく。」
アレンが神様の祠に走って行ったのを見計らい村人は三々五々に散っていった。というか半分は村長の家に走って行った。
残ったのはミアとイヌーオ一団だけである。
「アレンに任せておけば大丈夫でしょう。感謝しなさい。」
「うむ、迅速な対応痛み入る。」
「この村で困ったことがあったらアレンに相談するのが一番早いのよ。流石私のアレン。早く結婚してほしいわ。」
ミアがイヌーオに腰掛けながら、頬に手を当てうっとりとした表情をしている。
「ハッハッハ。アレン殿を信頼しているのですな。神の神子ともなればさぞ優秀な方なのでしょう。もしなにか武術を収めているなら武人として一度手合わせ願いたいところですな。」
イヌーオが笑いながら腰に佩いている剣を叩く。
「ああ、武術はある程度使えるけど1対1ならそんなに強くないわよ。でもそうね、50対50とかならアレンが圧勝ね。」
「ほほう、つまりアレン殿は味方を率いて戦う軍師タイプということですかな。」
「違うわ、50対50ならアレンが一人で戦って50人全員蹴散らして勝つのよ。」
「むむ、1人で?それはつまり50対1という事では、いや1対1では強くないのに50人を蹴散らす?複数専用の武術など聞いたことがないですが・・・。」
「ふふふ、貴方にアレンは理解できないわ。私が彼に惚れた理由でもあるのだけどね。」
「うーむ何が何やらさっぱりですな。」
「いいのよ、貴方は気にしないで。これはアレンの味方だけが知る秘密みたいなものだから。どうしても知りたかったらアレンの下僕にでもなりなさいな、豚。」
ミアが紅茶を傾けイヌーオの頭にかける。
「ああ、私は騎士です。国を裏切るわけには!ああ、あああああ、ああああああああ!!はぁあああああん!!」
あたりに豚の鳴き声が響き渡った。
しかし反応するものは誰もいなかった。
イヌーオの部下たちは従騎士としてきっちり訓練された男達だったのである。
しかし、その兜の奥では冷たい瞳がイヌーオに向けられていたことを彼は知らない。
祠に着く。
祠に入ると床に魔方陣が描かれている。中心に『全世界が尊敬すべき神様』と書いた簡素な丸い魔 法陣だ。ぱっと見た感じでは魔方陣には見えない。だがこの絵には恐ろしく複雑な術式が組み込まれ ているとミアが言っていた。ミアは薬学だけでなく魔法の知識にも造詣が深い。
おもむろにそれを踏むと光に包まれ自動的に神様のいる神域にたどり着く。
動力は神様の御力であり、神様が認めていないものは入ることできない。
だがこの村の住人はいつも気軽に入っては雑談をして帰ったりしている。この村の住人限定だが神 様はとても身近なものでみんなに慕われている存在なのだ。
神域に踏み込むと天井から光が差し込み美しい黒髪の女性が羽衣を纏い降りてきた。
今日は女神風だが実は来るたびに姿を変えている。昔理由を聞いてみたら趣味だと言っていた。
頭に直接声が響く。あ、今回はこんな感じで行くんですね。了解です。
((我が眷属にして最愛の神子アレンよ。よくぞ参った。糧を望むか、身を清めるのが先か。それとも・・・我を望むか。))
ご飯にするか、お風呂にするか。みたいなノリで聞いてくる。
「緊急の報告があります」
跪き頭を垂れる。
((む、緊急というとついに我を望むか。そうか。初めて子供のころのアレンに逢って苦節18年。ついにこの時が。結婚式の日取りはいつがよかろうか))
「いえ、結婚はしません。というか緊急事態なんですよ。」
((我は神前式で着物を着ていくのが夢。たしか異世界には白き着物に角隠しという物があったはずだな。取り寄せねば。))
「ちょっと何言ってるかわからないので真面目にお願いします。」
この神様はたまに理解できない言葉を使う。やはり人と神とでは精神性にも隔絶した壁があるのだろうか。
いやいやそんなことよりイヌーオさんから聞いた話を急ぎ伝えねば。
「神様、この村に、いえこの大陸に危機が迫っています」
((え?この平和な世の中で危機?あらあら?いったい何があったのかしら。))
神様の口調が急に崩れたものになる。
「はい。西のゼスト王国国王と聖獣グリフォン様が幽閉されたとの情報が入りました。」
((あらあらまあまあ。ん~・・・たしかにグリフォンのベリエールと念話が通じませんね。))
神様が困惑する気配が伝わってくる。
((では別の者に聞いてみましょう・・・あーあー、ゴホン。おおフレアよ、聞こえますか・・・))
フレア様、ということは南のギーグ王国にいる聖獣である炎虎フレア様と話しているのか。
((そう、私です。え?なんですかその言い草は。たまにはあなたの方から連絡をよこしなさいといつも・・・))
何やら言い争っているのだろうか。語気が強くなっている。
((だからベリエールと連絡が取れなくて困っているの。あなた何か知らない?・・・またそんなこと言って!それでもお姉ちゃんなの?まったくもう。・・・はいはいそれじゃあね。))
念話が終わったようだ。
((次は北のクマちゃんは・・・お昼寝中。東のミタケは・・・無視られてますね。お母さん悲しい))
神様がこちらに視線を向ける。
((え~・・・アレンよ。何も分かりませんでした。))
「あ~、何も分かりませんでしたか。」
神様も万能ではないということですね。
しかし情報の確度はともかく内容が内容だ。早急に手を打たなければいけないだろう。
「今回はゼスト国王だけでなくグリフォン様も捕らえられたとのこと。このようなことは今まで一度もありませんでした。そもそも聖獣様を捕らえるなど普通ではありえない話。よってかなりの危機である可能性が高いと具申いたします。」
ゼスト国王は武闘派の国王で剣の達人として有名である。しかし所詮は人間。数で押せば何とかなるだろう。しかし聖獣のグリフォン様はそうはいかない。聖獣とは神の眷属である。その力は計り知れない。それが捕まったということは尋常なことではない。
「早急に事態への対処が必要だと思われます。神様のお力で何卒!」
((そうですね。これだけの事を起こせる存在に心当りは~・・・・ぁっべー。忘れてた))
神様がボソッとつぶやいたのが聞こえた。
「神様また口調が崩れてますよ。」
神様に後光が照らし出しいい感じの雰囲気になる。
後ろの方でラーラーというなんかバックコーラスも聞こえてくる。
((アレンよ。神託を授けます。))
「!」
神託とは数年に1回あるかないかの神様からの指令である。この指令を成し遂げることこそ神子の一番大切な使命なのだ。それ以外は基本雑用しかしない。
((勇者よ。我が子、グリフォンのベリエールを救う旅に出るのです。))
「え?勇者ってなんですか突然。というか旅、ですか!?しかし神子として御身を離れるわけには・・・」
俺は今まで隣の村に行くことさえ禁止されていた。なのに旅なんて・・・。
((よいのです。恐らくこの件は裏に我が宿敵(として作ったまま忘れていた)邪神の仕業。勇者である其方でなければ解決はできまい・・・。我が神子よ、今こそ旅立ちの時なのです))
「今またボソッとなんか聞こえましたが・・・」
((気のせいです))
「というか勇者とは一体なんですか?」
((勇者とは世界を救うものの称号。勇者として世界を回り、成長の果て見事邪神を討てばそなたには神格が宿ります。))
「はぁ、よくわかりませんが神格が宿るとどうなるのでしょうか。」
((それは秘密です。))
「え、秘密ですか?」
((時が来れば分るでしょう。))
「神格を得たら神様に近い存在になって結婚できる~、とかじゃないですよね?」
((時が来なくても分かっていたでしょう。))
おい。
((ふぅ・・・察しのいい子は嫌いですよ?))
「悪役のセリフじゃないですか」
((どちらにせよ貴方じゃないと世界は救えません。これは神託なのです))
う~ん。神託か~。どうしよう。
((世界が滅びますよ?))
「そういわれると・・・うぅ仕方ないですね。」
結婚うんぬんは後で考えよう。
((よろしい。ではこの本を授けます。」
空中から突然一冊の本が現れた。
それはきらきらと光りながら落ちてきて手の中に納まる。
「これは・・・?」
((その本にはあなたのすべきことや、行くべき道に迷ったときのヒントが書かれています。))
「いや、こんなものくれなくても神様自身で解決とかできないんですか?」
((めんどくさいから無理です。撮り貯めたアニメもあるし、色々忙しいので。))
「また訳の分からないことを。」
((いいですか、今回の旅であなたは強くならないといけない。それはいつか邪神をも超える力を持った者と対峙するために。))
「邪神を超える力を持った者・・・それは一体?」
聖獣様を超える力を持った者をさらに超えた存在。そんなヤバイ存在が神様以外にいるのだろうか。
((私です))
「おまえかよ」
((・・・今、タメ口))
「きいてません。気のせいです。」
反射で口から出てしまった。
((そうですか・・・。まぁいいでしょう。とにかく詳細は明かせませんが、近い未来、この世界に大変なことが起きます。というか起こします))
「起こさないでください。」
((これは決定事項です。そうしないと因果が巡らないみたいですし。これは神託ですよ。神託。逆
らうなら世界滅ぼしちゃいますよ?))
おのれ邪神様め。邪神より邪じゃねぇか。
((あ、そうそう。それとこれも持っていきなさい。))
また空中から何かが現れた。
鞄のようである。
((これは空間収納能力を付加してある鞄です。なんでも入れれて取り出しも自由自在、本人認証機能も付いた優れものです。私が趣味で作ったアイテムとかも入っているので旅に役立てるといいですよ))
「ありがとうございます」
鞄はリュックサックタイプで背中に背負える形状になっている。うーん、すごい便利そうな物をもらった。無くさないようにしよう。
それにしてもこの村に生を受け初めての旅・・・。
「はじめて・・・・・・この村を出られる!!」
生まれてすぐに神子として選ばれた俺は村から離れることを許されなかった。
旅人や商人の話を聞くたびにうらやましくて仕方がなかった。
その憧れの外の世界に触れることができるのか・・・。
ああ、わくわくが止まらない・・・!!!
色々な村や都市を訪れその場所特有の文化や料理を知ることが夢だったのだ。冒険譚も大好きだ。冒険に憧れない男の子はいないのだ。そして男はいくつになっても冒険心を大切にせよ、って村長が言ってた。酒と女を侍らせながら。
((未来に夢を褪せているところにごめんなさいね。旅の注意点があるの・・・))
「っは、はい。」
いかんいかん。一応だけどこれは神託。気を引き締めねば。
((女性にむやみに近づかない。優しくしすぎない。恋をしない。されない。以上を必ず守ること。))
「はぁ、女性にですか・・・解りました。気を付けるようにいたします。」
女難の相でも見えたのだろうか。都会の女性は怖いのかもしれない。
((では後でこの村に我が許可なき者は侵入することができなくなる結界を張っておきます。))
「ありがとうございます。これで騎士達が進行を遅らせる理由になりますね。」
((ええ、では出立なさい。そして・・・必ず無事に戻るのですよ。))
「はい!」
((旅先で恋人とか作ったら許しませんからね・・・))
・・・からね・・・からね・・・。と声が遠ざかるように聞こえる。
気付けば祠の外に立っていた。
・・・よし!
世界の平和のために、聖獣様とゼスト国王の御身のために、何より神様を怒らせないように・・・。頑張らなければ!!