1章の3
武装した騎士が整然と立っており、その先頭に指揮官らしき男が村人数人と何やら話しているのが聞こえてきた。
「村人風情が我々に逆らうか!いいから村長と神子を連れてこい!」
歳は40くらいかな。指揮官らしき男がフルフェイスの兜の前面を開け喚き散らしいる。
「だから村長の爺様は今酔いつぶれてるんだよ。昨日の宴で調子こいてな。朝までずっと飲んでたらしい。」
この村の村長は齢80を超えている。酒と肉と婆様を何より愛する爺様だ。
「ならば神子だけでも良い!さっさと連れてこぬか!」
「なんだあんた突然来て偉そうに。ただの村人だと思ってなめてんのか?やんのか?勝負すっかゴラァ」
村の血気盛んな若者が食って掛かる。雑貨屋のグッチの息子でこの前18になったばかりのビートンだ。
「私はゼスト国、カマセ子爵家の長男イヌーオであるぞ!この村は貴族に対する礼儀も知らんのか、まったく」
イヌーオとやらが顔を真っ赤にして怒っている。
そこに穏やかな口調の女性が仲裁に入った。ミアさんだ。
「まぁまぁ、二人ともまずは落ち着いて。カモミールティーでも飲む?採れたての茶葉があるの」
「そんなババ臭いもの飲めるか!引っ込んどれ」
空気が凍り付いた。
目にも止まらない速さでミアがイヌーオの頭を兜ごと右手で鷲掴みにする。
金属の兜がひしゃげ、めきめきと音を立てている。
ミアがそのままゆっくりと持ち上げ宙づりにする。
「私は、まだ、18歳よ。ババ臭く、なんて、ないの」
子供に言い聞かせるように笑顔で言葉を紡ぐ。往復ビンタで鼻血が出ているのだろうか。ミアの手が真っ赤に染まっている。
「ハイ。すみませんでした。女性に対して配慮が欠けていました。死にたくありません。うちの故郷ではババ臭いは家畜の糞みたいに臭いという意味で、田舎者の肥料臭いお茶など飲めないという意図で言ったんです。殺さないでくださいお願いしまああばばばばば」
いかん。助けないと。人殺しはさすがにまずい。
走ってミアの手にそっと触れる。
「駄目だぞミア。お前の手は人を救うためのものだろう?綺麗な手を血で汚しちゃいけないっていつもいってるだろう。ほんとに一日三回は言ってるだろう。たまには血にまみれていない日も必要と思うぞ?」
「あ、アレン。そんな綺麗だなんて。そんな本当のこと。うん。分かったわ。そのプロポーズお受けします」
「なにを分かったのかわからんが早く手を放してやれ。顔色が紫を超えて茶色くなってきた。」
どさっ、とミアの手からイヌーオさんが落ちた。
横たわっているが呼吸をしているので大丈夫だろう。股間のあたりに水たまりができているのは見ないふりをしてあげよう。
ミアがイヌーオさんに近寄り耳元で囁いている。
「あら、あなた大勢の前でおもらしなんて赤ちゃんみたいね。恥ずかしい。お望みの神子様が来てくださったわよ。早く立ち上がりなさいこの豚野郎。」
「はい女王様!」
イヌーオが立ち上がる。女王様?
「この方がこの村の神子であらせられるアレン様よ。私の将来の伴侶なのだから粗相のないように努めなさい。」
「はい女王様!」
イヌーオがこちらを向き、笑顔で握手を求め右手を差し伸べてきた。・・・女王様?・・・伴侶?
「失礼した神子アレン殿。お初にお目にかかる」
きらりと白い歯が光る。
「様をつけなさいなこのデコ介野郎」
ミアがにらむと
「ヒュウッ!」
イヌーオの背筋がピンと伸び一瞬恍惚の表情を浮かべたと思ったら笑顔に戻っていた。
「重ね重ね失礼しましたアレン様」
「いや様はいりません。アレンで構いませんよ。」
敬語を使われるのは苦手なんだよね。
「本日はどのようなご用向きでこの村に?」
イヌーオさんは居住まいを正すと驚くことを口にした。
「ではアレン殿と呼ばせていただこう。うむ、実はな、とても言いにくい事なのだが。」
イヌーオさんは一度息を吸いはっきりとした口調で言った
「・・・我らは戦争をしに来たのだ」
・・・・・・・・・・・・・・・なんだって?