1章の22
牢獄に向かう通路、そのおよそ真ん中に人影が見えた。
人影はこちらに気付き手を振ってくる。
「こーんにーちはーー♪」
誰だろう。手を振りながらこちらに走ってくる。
「!!!」
皆がその姿をみて固まった。
少年だった。
にこにこと人懐っこそうな少年だった。
整った顔。茶色の髪に帽子をかぶっている。
少年が俺たちの近くまできた。
「この先に御用ですか~?」
少年が話しかけてきたが誰も反応できない。
「グリフォンは寝てますよ~。アゴー君はもう話せません。いや~残念でしたね。」
少年が左手に持っていたものを差し出す。
男の生首だった。
恐らくだがアゴーの生首だろうか。
首がねじ切られていた。
「ごめんね。僕に分かることなら答えてあげようか?それとも・・・。」
背筋が凍る。肌が泡立つ。
「もう死ぬんだからどうでもいいかな?」
感じる、ここで、みんな、・・・・・死ぬ。
「総員戦闘態勢!!」
ホホーさんが突然怒鳴り声をあげたことで我に返る。
腰につけてたナイフを取り出し戦闘態勢に入る。
ショー君が持っていた槍で真正面から少年の腹を刺す。
ホホーさんが相手の右に回り込み、帯剣していたショートソードで喉を貫く。
俺が屈みこみ少年の背後に回りしな、アキレス腱をナイフで薙ぐ。
何者か分からないが少年を殺す。
その罪悪感に苛まれる暇もなく異常を感じる。
手ごたえが無い。足の健を斬ったはずなのに。
まるで豆腐を切ったような感触。
「ごめんね。普通の方法で僕は死なないんだ。」
にやりと口元を歪めるのを感じる。
「だって・・・。」
後ろにいる俺に首だけを回して目線を合わせてくる。
「僕は邪神だから。」
恐ろしいほどの殺気を感じた。
間違いない。
本物の邪神だ。
本能が危険信号を発している。
全身で恐怖を感じている。
駄目だ。勝てない。俺はここで死ぬのか?
邪神が体を向きなおす。槍やショートソードに貫かれている事実など存在しないように。
俺は殺気にあてられて身動きができない。
邪神がこちらに手を伸ばしてくる。
あの手が触れたとき、俺の首はねじ切られる。
容易にその場面が想像できた。
逃げなければ。早く。動け。動け。死ぬぞ。
死にたくない。
動け。動け動け動け来るなやめろ動け早くはやく動け!!!!
「アレン殿!!!!!」
イヌーオさんが俺の前に立ちはだかる。
駄目だ!逃げろ!!
イヌーオさんが殺される。そいつに攻撃は効かない。
みんな逃げないと。
邪神がつまらなさそうな顔をしてイヌーオさんの首に手を伸ばす。
イヌーオさんが死ぬ。
俺の代わりにイヌーオさんが死ぬ。
首をねじ切られて死ぬ。
ああ、やめろ。逃げて。
俺が、代わりに死ぬから、その間に、みんな、逃げてくれ。
立ち上がれ!俺は立ち上がれる!
イヌーオさんを救え!きっと間に合う!
早く体よ!動き出せ!じゃないと、イヌーオさんが、イヌーオさんが!!!
「ラブパンチ!!」
イヌーオさんの右拳が邪神の左頬にめり込んだ。
「え?」
邪神が一瞬あっけにとられた表情をしたのが見えた。
かぶっていた帽子がスローモーションで飛んでいく。
「ラブボディブロー!」
イヌーオさんの左拳が邪神の脇腹をとらえる。
「ぐぇっ」
横にくの字に折れ曲がった邪神をイヌーオさんが追撃する。
「ラブアッパー!」
邪神のあごに刺さった拳が、その体ごと空中に持ち上げる。
イヌーオさんの体が左右に揺れる。頭の位置が∞の軌道を描き始めた。
「ラブ・デンプシー!!」
イヌーオさんの拳が右から左から立て続けに邪神を殴り飛ばす。
何発も何発も拳を放ち邪神が右に左に揺れている。
邪神は体を丸め脇を閉めている。防御しているのか。
「ラブ獄」
イヌーオさんが突然体を左右に振るのをやめ肘を使い邪神のあごをかちあげる。
そしてその手で手刀を放ち側頭部を強打。
またその手で脳天を打ち抜く。
崩れ落ちそうになる邪神の髪をつかみ、膝でみぞおちに蹴りを入れる。
その足で次は金的。と流れるような動作で次々と攻撃を当てていく。
連撃に次ぐ連撃。
次第にガードしていた邪神の腕が下がってくる。
その倒れそうになる体をイヌーオさんが無理やり引き上げて攻撃を続ける。
1~2分くらいだろうか静かに響く打撃音がふと止んだかと思うと邪神は天を見上げて立ち尽くしていた。
意識がほぼ無いのであろう。立っているのが不思議である。
そしてイヌーオさんがほんの少しバックステップしたかと思うと地面に対し水平に前に進みだす。 それはまるで浮いているかの如くスーっと進んでいた。
イヌーオさんが邪神にぶつかりそうになった瞬間、肩に手を添えるようにつかむ。
「ラブ・獄・殺」
刹那、イヌーオさんが霞んだようにぶれて見えた。いや、何も見えなかった。
光のような速さで連撃を放ったのだろう。
音だけが十数回聞こえたような気がした。
気付いたらそこには倒れ伏しボロ雑巾と化した邪神が倒れていた。
「イ、イヌーオさん?」
掠れたような声が出た。イヌーオさんは背中をこちらに見せるような形で立ち尽くしている。
その大きな背中には一瞬だが『愛』と書かれているように見えた。なんて大きな背中だろう。
「あの、ありがとうございます。」
助けてくれたお礼が口を出た。ホホーさんでなくてもこの背中には惚れてしまうかもしれない。
「我、愛を極めし者。」
なんかよく分からないことを言うイヌーオさんのスカートが風でめくりあげられた。
その瞬間、俺の憧れの心は霧散していくのを感じた。
あぶねー。この人に憧れるとか血迷うところだったわ。
でも命を助けてもらった事には感謝です。
今度お礼にプレゼントでもあげてようかな。
角砂糖でいいか。よ~しよしよししてあげよっと。