1章の2
この村には祠がある。
広場から少し離れた場所に建っており、基本的に立ち入り禁止となっている。
この祠には誰もがうかつに近寄れないある理由があった。
危険なのである。古い祠のだがきちんと整備されているので崩落の危険はない。
では何が危険なのか。
それは、この祠の主である。
祠には地下につながる転移用の魔方陣が置かれている。
その魔方陣を利用し転移した先は祠の地下につながっており、祠の主が住んでいるのだ。
祠の主は気分屋であり、下手に刺激すると大変なことになる。
具体的には村が滅ぶ。ちょっとした癇癪で森が消し飛ぶ。気まぐれで山が吹き飛ぶ。
本気で怒らせると国が消滅する。
この祠にはそんな『神』と呼ばれる存在が祀ってあった。
実在し、言葉を交わせ、意思の疎通ができる神である。
神は古代より存在していた。
神話によると、この世はまず『無』だけがあった。
神はそこにいずこからか現れ、『光あれ』といった。
ついでに『いい感じの世界もあれ』と言うとこの世に星々が生まれた。
『できれば私の暇な時間を埋めるモノや楽しそうなことを生み出すものもあれ』と言うと星々に命 が生まれた。
そしてその命が幾千の月日と共に進化と衰退を繰り返し、やがて人と呼ばれる存在が生まれた。
人は様々な生き物から進化した。
虎と呼ばれる生き物や魚と呼ばれる生き物。
哺乳類や爬虫類と隔てなく、進化を経ると必ず人と呼ばれる形に行き着いた。
人は時に争い、時に団結して災害や苦難に立ち向かっていった。
神は人を観察するのが好きだった。
人に語り掛けたこともある。人に紛れたこともある。行く先を照らす存在として崇められたこともある。
神は人より知恵に優れ、人より強大な力を持っていた。
ゆえに古代の人々は神にすがった。
争いを仲裁してもらうため。
災害を乗り越える力を手に入れるため。
行き先を占ってもらうため。
交流を深めるたびに神は人が好きになった。
しかし人の中に神を私利私欲のままに利用しようとするものが現れた。
神の威を借り、他の人を支配しようとするもの。
自分は神に選ばれた、と他人を虐げるもの。
挙句の果てに神など不要と殺しに来ることもあった。
神は怒りと共に暴れた。
そのたびに森は焼け、国は滅び、生物が息絶えていった。
そうしてはじめて人々は神とは触れてはいけないものだと理解した。
人々は神の住む土地に近寄らないようになった。
触らぬ神に祟りはないであろうと。
しかしここで重大な問題が発生した。
神は寂しがり屋だったのだ。
人々が離れてくことに孤独を覚えたのだ。
そこで神は4匹の子を創り、自らの強大すぎる力を分け与えた。力を分けることで人々に少しでも近づこうとした。
4匹の神の子は聖獣と呼ばれ、人を導き人と共に在るためにそれぞれの国を興した。
北の寒き山々に、南の熱き砂漠に、西の広き平原に、東の深き海原に。
神は今、その4つの国の真ん中に座している。
そうすればもう寂しくなんてないのだから。
「これがこの村に伝わる言い伝えだ。詳しくはこの10000ページから成る聖典を読め。神様自らが編纂し100年かけて作られた本とのことだ。珠玉のエピソードが満載で感動と興奮に満ち溢れた傑作選・・・らしい。」
読み切るのにはどんなに頑張っても10年はかかるだろう。なんせ神様の神子である俺でさえ1割しか読めていない。どこの言語かわからない文字で書かれているから解読に時間がかかるのだ。
とりあえず解読に成功した部分だけを子供たちに読み聞かせをしていた。
村には10歳以下の子供が6人いる。
いつもは老人たちが子供を見ていてくれるのだが今日は誰もいない。
どうやら昨日の宴で酒を飲みすぎたり、肉を食いすぎて臥せっていたりしているみたいだ。
この村の老人たちは元気すぎる。
「ねーアレン兄ちゃん。僕たちは神様には会えないの?」
6歳の大人しめの男の子が聞いてくる。牧場長の息子でいつも羊の群れの中で寝ているリプトンだ。
「神様に会えるのは10歳になってからだね。そこで神の加護を授かることができる。それから魔法の勉強をしながら大人のお手伝いをするんだよ。」
「加護ってあれでしょ、配達のおじさんの速く走る加護とかでしょ?」
「配達のゼンゾーさんめっちゃ足はやいよね~」
「俺!俺はマッスル兄ちゃんの力持ちになれる加護が欲しい!」
「あたしは勉強ができる加護が欲しいなぁ」
「そんなことよりおうどんたべたい」
「ばぶー」
子供が口々に欲しい加護を言い合う。
「正しくはゼンゾーさんのは『走破の加護』。マッスルのは『剛力の加護』だな。」
『走破の加護』は地形に左右されずどこだって走れる。絶壁だって水の上だって走って渡れる。
『剛力の加護』は単純に腕力が数倍になる。加護は自分でON・OFFができるぞ。
「ねえねえ、アレン兄ちゃんはなんの加護をもってるの~?」
「ああ俺はな。え~と・・・」
周りを見渡し薪木を見つける。
「これがいいかな。よく見てろよ。」
俺は薪木を手に取ると加護を発動した。
薪木が形を変え木のお皿とコップに代わった。
「あ~わかった~。食器を作る加護だ~」
「あはは、ほぼ正解。自慢じゃないがこの村のコップやお皿はほとんど俺が作ってるんだぞ。」
「そうなんだ~。フォークとかも作れるの~?」
「いや、実はナイフもフォークも作れないんだよ。かろうじて深めのスプーンを作るので精一杯だ。」
「え~しょぼーい。俺はもっとカッコいい加護が欲しいな~。」
「ね~。」
俺は苦笑しながら子供たちを見渡す。
「まぁ加護は何をもらえるかは分からないからなぁ。でも魔術や精霊術は別だ。努力次第で色々なことができるようになる」
この世界には「加護」と「魔術」と「精霊術」というものがある。
「加護」は人間の上位存在から与えられる力だ。この村では10歳になったら神様から授かれる。 ほかの国では聖獣様や力ある魔獣などから授かることがあるらしい。
「魔術」や「精霊術」はその昔に異世界から迷い込んだ人間が広めた技術だ。
万物に宿っている力、魔力を魔道具や魔術陣を介して操ることで様々な現象を起こせる「魔術」。
異世界にある「精霊界」より来た不思議な存在である精霊達と契約し呼び出す「精霊術」。
基本「魔術」は世界に漂う魔力を操り行使する。竈に火をつけたり甕に水を張ったりと 様々なことができ生活に根差している。魔術具や魔術陣といった「物」や「呪紋」を介してじゃない と行使できないので錬金術師や魔術師などが日々研究をしている。
そして「精霊術」。こっちはこれと決まった契約方法があるわけではない特殊な術で、この世界に 遊びに来た精霊に対価を渡し気に入られたら向こうから契約を持ち掛けてくる。契約したらいつでも 呼び出せるが術を行使するのに必ず対価を払う必要がある。先払いや後払いも可。対価は様々で、そ の精霊の好みによって決められるのだ。一般的なものでお菓子や料理、宝石を渡すなどがある。変わ ったものでは寿命や生命エネルギーを渡したり、踊りや祈りを捧げたりなんかもある。
ちなみに俺は複数の精霊と契約している。変わり者な精霊が多い気がするが。
世界には広くいろんなことができる人もいれば一つの専門分野を極める人もいる。
世間では「精霊術」や「魔法」の種類が多いほうがいいとされているが結局は使い方次第で有能に も有害にもなる。
「だから勉強はとても大事なんだ。加護に頼らずにみんな自分で考えて自分に合った才能を磨かなくちゃならないよ」
「えー勉強めんどくさいよ。勉強しなくてもいい加護を神様に頼もっかな~」
7歳の活発すぎる男の子でマッスルの甥っ子にあたるマスキュラーが生意気なことを言う。あまり 勉強を馬鹿にすると自分が困ることになるぞ~。俺みたいに神様の命令で村のすべての職人に弟子入 りしてこき使われるなんてこともあるんだからな。
というわけでここは村に伝わる言い伝えを教えてあげよう。子供は誰もが一度は聞かされるよくある話だ。
「いいか、神様は基本的に優しいけど厳しいときもある。みんなが良い子にしてたら手助けしてくれることもあるかもしれない。でも・・・」
一度子供たちを見渡しながら少し声を落として続ける。
「夜中にお化けの姿になって悪~い子を探しているときもある。攫われて食べられそうになった子もいるんだぞ~。」
なにを隠そう昔の俺です。竜の姿をした神様の口の中で一晩過ごしました。
この村の悪ガキは大体一度は通る道だ。
がおーっ、と悪い顔をしていると子供たちが体を寄せ合い泣きそうな眼をしている。おっとやりすぎたか。
「だからお父さんとお母さんの言うことはきちんと聞いて良い子にしてないと駄目だぞ。」
一人一人の頭をなでてあげながら笑いかけると子供たちもホッとした顔になった。
「さあ、昼飯の時間だ。みんな一度家に帰って食べてこい。」
「「はーい!」」
子供たちが元気に走って家路につくのを見送っていると何やら騒がしい声が聞こえた。
広場の方からだろうか。気になって行ってみる。
広場につくとそこには30人くらいの武装した騎士が並んでいた。