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路上ライブ――金欠とアルバイト

「はーい、只今!」

 リーンは黒い瞳をきらきらさせ、肩まである黒髪を揺らして麦酒(ビール)の入ったジョッキを二つ、トレイに載せる。

 器用にバランスを取り目的のテーブルへ。



「お、随分若いな(ねえ)ちゃん、最近この店に?」

「えーと、先月からですね」

 テーブルで待っていたのは二人の中年男。リーンを見るや途端に下品な顔つきになった。




「可愛いな、おい。どうだい、俺らと一緒に飲まねぇか?」

 男の一人が手を伸ばしリーンの腕を掴む。



 「ちょ、やめて下さい」

 「いいじゃねぇかよちょっとくらい」

 リーンは引っ張られ、よろめく。



 「さあこっちに来い」

 もう一人の男も下卑(げび)た笑い。



 酒場は満員、誰もこのテーブルに注意を向けない。



 ――ああもう。

 リーンは大きく息を吸い『悲鳴』を上げようとする。



 「困るな、お客さん」

 リーンから男を引き剥がす青年。




 「ここは健全な酒場なんだ」

 「あ、ファンテ」

 ファンテと呼ばれた青年は中年男の腕をねじり上げた。




 「いてててっ」

 「さあ、出て行ってくれ」

 もう一人の男を睨み付けるファンテ。

 鋭い眼光だ、同性(おとこ)でも思わず見惚(みと)れる程の美形でもある。




 「やんのかこの野郎!」

 「ん? いいぜ、さあ外に出よう。あ、他に仲間がいるのなら呼びに行った方がいいな」

 ひどく騒がしい店内にあって、ファンテの低い声が力強く響く。

 「お前ら二人じゃ、一瞬で終わりだからな」












 「いや、悪かったな。気付くのが遅くて」

 男達を追い出し、リーンは後片付けの終わったテーブルを拭いている。



 「いいよいいよ。いざという時は『悲鳴』、上げるつもりだったし」



 ――ああ、『あれ』ね。

 何ヶ月か前、彼女が音の攻撃で敵を撃退した時のことを思い出すファンテ。




 ――何とも奇妙(おかし)な光景だった。

 耳を押さえ、よろめきながら退散していく男達。




 リーンは、自分の声を狙った相手に自在に飛ばせる。耳障(みみざわ)りな声から秘密の小声まで。




 「全くあいつら、思わず気絶させてやろうかと思ったよ」

 テーブルを拭き終わり、振り返ってにこやかなリーン。




 「物騒だな」

 「ふふ。でもまあ、ファンテが助けてくれる方がいいかな」

 「それはどうも」




 「何やってるの二人とも、持ち場に戻って!」

 先輩店員の鬼気迫る声。




 「あっ、ごめんなさい」

 リーン、ファンテは慌ててその場を離れた。









 数ヶ月前から二人は旅をしている。

 もともと旅をしたがったのはリーンだ。ファンテは、彼女に金で雇われた護衛(ボディガード)




 初めの内はお金のあったリーン、(ファンテ)にも順調に給料を払えていた。




 だが、前の街――ザルナック城下――を出発してしばらくした後、リーンは金欠に陥った。




 ファンテとしてはどちらでも良かったのだが、どうしても給料を支払う、と言うリーンの気持ちを無碍(むげ)にするわけにも行かず、始めたのが今の臨時雇い(アルバイト)だ。










 ここは宗教都市アケシュナー。

 都市の中央に荘厳(そうごん)な大聖堂を構え、聖堂(それ)を起点に沢山の道が放射状に伸ばされ街を形成しており、まさに信仰と共にあるような場所だ。




 二人は街の最南端、大聖堂からは遠く離れた酒場で先月から臨時雇いの仕事をしている。




 リーンは配膳係(ホール)の仕事だ。やったことなかったから楽しい、と嬉々として働いている。



 ファンテは厨房の仕事。旅の間、野宿する事もあるがその際の料理はファンテの担当――やりたくてやってるんじゃない、と言いながらも彼は器用に調理をこなしている。




 住み込み可能な臨時雇い、宿の心配も要らない。

 ただし、二人とも働くことが条件。

 リーンは働くのは私だけでいいと主張していたのだが、そういう条件ならと、ファンテも働くことになった。









 「今日もお疲れ様」

 「ああ、リーンもな」



 深夜。

 ようやく今日の終業となり、二人は酒場の二階へ上がる。



 ぎしぎしと階段が(きし)る。

 ――うー、お風呂入りたい。



 リーンは汗をかいた自分の臭いを気にする。

 酒場の近くに公衆浴場があるが、今日はもう時間が遅い。



 二階で向かい合わせの部屋に入る間際。

 「――ねぇファンテ?」



 彼女はドアノブに手を掛けたまま、後ろのファンテを見た。

 リーンにしては珍しく、目を伏せ、かなりの()を空けた後、ゆっくりと口を開いた。




 「や、お金の切れ目が縁の切れ目ってこと、あるじゃん? ファンテは、さ……」

 ――ああ、そういうこと。




 ファンテは振り返り、彼女の目をまっすぐに見る。

 「大丈夫、給料(かね)はいつまでも待つよ」

 「それは本当にありがとうと思うよ。でも、じゃあ――今の私達って、どんな関係?」




 雇用者と被雇用者から何に変わったの? 問い掛けに、ファンテはにこりとした。




 「そりゃあ、俺達は旅の仲間。二人の冒険者――だろ?」

 「そっか、そうだよね」リーンの呟くような声。

 そうさ、ファンテはまたにこりとする。


 「ごめん、変なこと聞いて――お休み、ファンテ」

 「お休み、リーン」













 同じ頃。

 大聖堂近くの屋敷。

 イズナルトはベッドに入り、半身を起こし書類の束に目を通している。彼は毎晩こうしてアケシュナーの住民からの陳情、報告などを読むことにしている。




 ランプの明かりを頼りに紙に書かれた小さな文字を追う――歳のせいか、その作業が年々(つら)くなるイズナルトであった。





 ――今日は……、いや、今日も、か。

 報告の大半は隣の家がうるさいから何とかして欲しいとか街の物価が高いとか、人々の不満の羅列だ。




 これは日々、大司教である彼が街で何も起きていないことを確認する作業とも言えた。




 が、今日はイズナルトの目に止まった報告があった。

 「奇妙な、声?」

 それは先月、南教区(きょうく)からの報告。





 現れた男女二人連れの内、女の方が往来で奇妙な声を出した、と言うものだ。その場にいた民衆が大勢足を止め、往来(そこ)は一時大混乱になったという。




 幸いにも巡回中の警備団員が排除したため混乱は短時間で済んだが、立ち去った男女は行方がわからない――報告はそう伝えていた。



 ――ふむ。

 これがどの程度(ていど)街の治安に影響があって、(ただ)ちに調査すべき案件かどうかを彼は考える。



 ――それほど危険ではない、ようだが。

 だが、奇妙な声、と言うのがどうにも気になるイズナルトは、明日、誰か人を()って詳しい話を聞いて来てもらおう、と決めた。











 先月。

 リーンとファンテは南門からアケシュナーに入った。

 その時点で殆ど金はなかったのだが、リーンはいやに余裕のある顔をしていた。



 「で、どうする? もう宿にも泊まれないぞ」

 「ふふん。まあ見てて」

 リーンは辺りをきょろきょろ見回し歩いていく。




 ――何するつもりだ?

 ファンテは彼女の後を着いて行く。




 と、大通りに出た所でリーンは立ち止まる。街区と街区の境目で、かなりの人通りがある。




 ――よし、ここらでいいかな。

 人通りの邪魔にならぬようにリーンは(はし)に寄る。

 どこかの屋敷の外壁を背にし、人通りの方を向いた。ファンテは何となく彼女の隣に立つ。




 「えーと……。あ、あったあった」

 背嚢(バックパック)から取り出した小さな木の箱を、蓋を開けた状態で足下に置いた。




 「じゃあ、()るね」

 誰にともなく呟き両手を組み合わせるリーン、軽く息を吸って歌い出す。

 道を行き交う人、最初の歌い出しで何人か足を止める。

 次の瞬間、また何人か。




 そうやって数十秒。

 ――とんでもないな、リーン。




 腕組みをして彼女の隣で壁にもたれ掛かっていたファンテは、目の前にいつの間にか集まっている人々に目を丸くする。




 ――けど一体これでどうするつもりだ。

 歌で人を集め、それで何か起きるというのか。




 ファンテが考えあぐねていると、一曲目が終わる。

 「おい(ねえ)ちゃん、今のおかしな音(・・・・・)は何だ!」

 「歌です! 歌」

 「歌ぁ?」

 当然の反応だな、とファンテは思う。



 ――誰だって、初めて(・・・)歌を聴けば(・・・・・)そうなるよな。




 「はい、『歌』です! じゃあもう一曲、聞いて下さい!」

 リーン、二曲目の歌唱に入る。

 先程より足を止める群衆が増える。もはや大通りの通行にも支障が出るレベルだ。だが、リーンの歌に好意的な人が多いかと言えばそうでもない。どちらかと言えば得体の知れないものを見る目が大半だ。









 

 「貴様ら! 何をやっているか!」

 黒山の人だかりを掻き分け、リーン、ファンテの前に武装した男が三人現れた。

 「いや、俺達は――」

 「ここでの宣伝活動や演説などは禁じられておる。早々に解散せよ!」




 三人の内、年配の男がファンテに告げる。

 「わ、分かった――リーン、行こう」

 ファンテの背後で、彼女は木箱を片づけ立ち上がる。




 リーンと同じ歩幅でファンテは大通りを進み、群衆から離れる。彼らの背後では、三人の男が集まった人々を解散させていた。












 「路上ら、らいぶ?」

 取り敢えず入った酒場で二人は軽食を()ることにした。これでもう本当に一文無し、とリーンは呟く。




 「そう。何曲か()ってさ、場が盛り上がったところで」

 木箱(これ)にお金を入れてもらうの、とリーン。ファンテはパンをかじり、リーンを呆れた顔で見つめた。




 「イアシスとかではこれで上手く行ったのに」

 不服そうだ。



 

 「イアシスとは街の規模が違う。それに、ここは他所(よそ)よりも厳格な風土なんだよ。お前も見ただろ、あの大聖堂を」


 「えー、でも次の街へ行きたくてもなぁ」

 「ま、先立つものが必要だわな」

 リーンは頬杖をつく。




 まだ夕方前。客は(まば)ら。

 ――下手に歌わせてくれって言うと、ややこしいか。

 以前住んでいたイアシスでは住民の歌への関心が高く、皆が受け入れてくれた。だが、ここでは。





 先程の反応では期待しない方がいい、とリーンは判断する。

 ――ほんと厄介だわ。歌のない異世界(せかい)




 誰も歌というものを知らず、耳にしたこともない。

 リーンは、もう一年以上この世界を旅していた。




 ――歌は、求められないこともあるのかな。

 少し悔しいリーン。だが、自分の(ちから)がまだ足りないのかも知れない。

 『そんなことはない』

 不意に頭に響く硬質な声。




 いつだったが父親が発した言葉。

 それがどういう状況で出た言葉なのか、リーンが思い出そうとする前に記憶は呆気(あっけ)なく揮発(きはつ)していく。




 諦めて思考を現在に戻す。

 ――でも、別の方法で稼ぐって言ってもなぁ……。



 「ん? ああっ」

 「何だ、どうした」

 リーンがファンテの背後、壁を指さす。




 「決めた。私、取り敢えず酒場(ここ)で働く」

 (ファンテ)が振り返った先には貼り紙があり、そこには臨時雇い(アルバイト)の募集が記載されていた。

良ければ他の歌声シリーズもお願いします!

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